坪井会長は,冒頭,次のように述べた.
本日の講習会の案内をしたところ,非常に関心が高く,四百名もの多くの先生方に集まってもらい,大変心強く思っている.
診療情報提供の法制化の問題については,過去二年間,大きな論争があった.
この間,日医は,診療情報の開示について反対だといったことは,一度もない.日医が診療録の開示に反対している,あるいは,頑なに診療録の開示を拒んでいるという報道は完全に間違いである.
日医が,反対しているのは,診療情報の開示に関して,官僚が法律でそれを縛って,われわれに強制的にプレッシャーをかけることである.医師としてのプロフェッショナルフリーダムのなかでの仕事を,官僚が規制しようとすることに異議を唱えたわけである.
そもそも,患者さんが自分の病気を治したり,あるいは,家族とともに今後の生涯計画を立てたりするときに,今,自分が身体的・医学的にどういう状態にあるのか百%知っていなければ,これは不可能なことである.
しかも,その情報というのは,医師が診療をした結果であるが,それはあくまでも患者さんのものであることは間違いない.医療情報に関しては,すべて患者さんに開示すべきであるし,患者さんも積極的にその情報を得て,治療方法を選択するためにしっかりと勉強するべきであると,常々申し上げている.
われわれは,カルテに患者さんの医療情報をすべて記載しているが,そこにさらに,いわゆる専門職として長年培った知識を加えて,カルテを作成している.すなわち,カルテには,われわれが医療として,あるいは,プロフェッショナルなアートとして,患者さんのためにわれわれの専門職を捧げている部分がある.そのことを一般の方々にも,マスコミにも,弁護士にも知ってもらわなければならない.
また,それがあるからこそ,われわれは専門職として,生きがいをもって患者さんに尽くすことができるのだということを理解してほしいと考えている.
国民皆保険制度という世界に例のない,九九・七%のカバー率をもった保険制度のなかで,患者さんは,いつでもどこでも医療を受けることができる.しかも,OECD(経済協力開発機構)加盟二十九カ国のなかで二十番目にランクされるぐらいの低医療費(一九九七年)で,世界に誇れる医療が提供されている.
その特殊な日本の医療事情というものを踏まえたうえで,患者さんの利益と医療の信頼を確保するために,診療情報の開示に対しては,われわれ医師の倫理規範として,十分に国民の期待に応える体制を作っていくので,われわれ専門家に任せてほしいと主張してきた.そして,実際に本年一月一日から,日医の診療情報の提供に関する指針のもとで,これを積極的に実施している.このことは,日医が考えている患者さんのための診療情報開示という事業が,一歩も二歩も前進したことの国民に対する担保であると私は考えている.
一方,診療情報の提供をしていくには,今までと変わった新しい思想とかテクニックがなければできないと思うかもしれないが,決してそのようなことはないと考えている.むしろ,どのようにカルテを書いていくかは,これはプロフェッショナルなアートであるから,専門的な知識によって,今までやってきたことを整理する,あるいは,看護などほかの職制との情報の把握に対する整合性を図っていくということが,テクニカルに必要になってくるのではないか.そういうことを知っていれば,全体的に同じようなレベルのカルテができるし,それによって,医師同士の情報の交換も可能となろう.
診療情報提供の問題は,われわれのプロフェッショナルな部分に抵触することであるから処理しやすいが,その他に今後はマーケットの理論や,いわゆるペーシェントセーフティー(患者の安全)の問題など,いろいろな問題が出てくることが予想される.日本でもその対策,および見識を持っていなければならない.さらに,次から次と出てくる難問題に対しては,医療を担当する者として,国民のために,立派にこれをクリアして,今まで以上に国民との間に信頼関係を作ることが肝心である.医療については,世界一信頼感のある国であるけれども,それをさらに高めていく努力をしていきたい.
次に,三名の講師による詳細な講演が行われたが,その内容については,日医雑誌六月十五日号の特別号「医療の基本ABC」を参照されたい.
(一)「診療録の記載とその管理」(木村明日本診療録管理学会理事長)
(二)「POSとPOMR―問題志向型手法に基づく合理的記載をめざして―」(橋本信也国際学院埼玉短期大学副学長)
(三)「電子カルテと今後の診療情報」(熊本一朗鹿児島大学医学部医療情報管理学教授)
つづいて,櫻井秀也常任理事を座長に,三名の講師と宮坂雄平・西島英利両常任理事を加えて,フロアとの間で活発なディスカッションが繰り広げられた.
そのなかでは,「今後,電子カルテなどの普及に際しては,統一システムの検討やメンテナンスの料金の軽減を図るような検討をしてほしい」「カルテの記載用紙に関しては,健康保険・労災保険・健康診断・自由診療などと,それぞれ別個に書かなくてはならないという決まりがあるが,今後,一患者一カルテとした場合にどうなるのか」「診療所でも対応できる診療録管理士などのマンパワーについて,どのように取り組んでいくのか」「電子カルテや情報の共有化を図るに当たっては,万全の保護対策を取る必要があるのではないか」などといった質問が寄せられた.
最後に,西島常任理事が「個人情報保護法の制定の動きなど,社会情勢はますます厳しくなってきており,カルテについて改めて考えなくてはならない時期にきている.日医の診療情報提供に関する事業を円滑に進めるためにも,地域に密着した現場の先生方の意見をお寄せいただきたい」と述べ,終了となった.