日医ニュース 第939号(平成12年10月20日)

第52回世界医師会総会開催
坪井会長,世界医師会長に就任

 第五十二回世界医師会(WMA)総会が,十月三日から七日までイギリスのエジンバラ市で開催され,坪井栄孝会長が第五十二代世界医師会長に就任した.さらに,「ヘルシンキ宣言」の修正案が採択された.この宣言は,すでに三年間にわたり修正作業が続けられ,その間に日医も深くかかわりをもってきたが,今回,二日間の白熱した討議の末,総会において全員一致で可決承認された.

 総会には,日医から,坪井会長,糸氏英吉・石川高明両副会長,佐々木健雄・家崎智・岩砂和雄各理事,宮坂雄平・青柳俊・山田統正・西島英利・星北斗各常任理事,林幹三議長,坂上正道・畔柳達雄両参与が代表出席した.また,加盟七十一医師会のうち三十五各国医師会からの代表他,医療関連の国際機関のオブザーバーを含め,約二百六十名の参加となった.
 今回の総会で特筆すべきは,武見太郎元会長以来,日本人として二人目となる坪井会長の世界医師会長への就任(就任挨拶は二面を参照.なお,スピーチは自ら英語で行った).そして,ヒトを対象とした医学的研究に携わる医師に対する倫理原則である,ヘルシンキ宣言の修正作業が結実し,修正文書が採択されたことが挙げられる.
 六日の総会式典は,スコットランドのドナルド・デュオー第一首相列席のもと,ブラホス会長による開会宣言に始まり,坪井会長の就任式が厳粛に行われた.また,次期会長にはチリ医師会のアコルシ会長が選出された.
 各委員会で審議され,理事会承認を経て総会で議決された主な事項は,次のとおりである.

財務企画関係

 第五十三回WMA総会の開催

 次回のWMA総会は,二〇〇一年十月三日から七日までインド・ニューデリーで開催されることが確定した.

 新規加盟

 新たにベネズエラ医師会が加盟した.また,シリア医師会が会費滞納により会員資格を喪失した結果,WMAの加盟医師会数は七十一となった.

医の倫理関係

 新たに採択された文書

  1. ヘルシンキ宣言の修正版(詳細は左掲を参照)
    アメリカ医師会のDr.ディッキーを部会長とする,三名の女性医師委員で構成された作業部会による草案をもとに,各国医師会の理事およびアドバイザーからの意見が集約され,調整が図られた.採択された文書は,WMAのホームページ(http://www.wma.net/)上で公開されている.
  2. ヒト臓器と組織の提供と移植に関するWMA声明

 今回の理事会で議論された後に,各国医師会へコメントを求めるため回付される文書

  1. 女子胎児殺しに関するWMA声明案

社会医学関係

 新たに採択された文書

  1. 刑務所の環境と結核その他感染症の蔓延に関するWMA声明(この声明は,総会の開催地を冠して「エジンバラ宣言」として採択)

 各国医師会へコメントを求めるため回付される文書

  1. 医師の臨床家としての独立性と専門家としての完全性に関するWMA声明案
  2. 医療データベースについての倫理的考察に関する声明案

 作業部会を構成して検討される文書,報告

  1. 自己投薬に関するWMA声明案
  2. 韓国における医師のストライキに関する報告
  3. 専門的な医療実践上の干渉に関するWMA声明案

 なお,上記の1と2は日医を含めた作業部会で,医療の範囲と薬剤師の権限との明確な区分を中心に,一つの文書として再起草する予定である.
 学術集会は,全体テーマを「健康のための教育と支援活動」として,二日間にわたり開催された.それぞれのセッションでは,「医学教育」「健康のための支援活動」「保健政策の策定」をテーマに十一人の講師が講演した.日医からは,「保健政策の策定における医師会の役割−日本医師会の場合」と題して坪井会長が講演し,パネルディスカッションが行われた.
 また,ポスターセッションでは,日医は,「二〇一五年のグランドデザイン」「日本における医療政策の策定過程」「日医組織図」を掲示.準会員会議では,総会への二名の準会員代表の一人に星常任理事が選出された.

ヘルシンキ宣言修正案採択
日医の主張が大きく影響

 一九六四年にWMAが示したヘルシンキ宣言は,その後,四回の部分修正が行われてきている.東京修正(一九七五年)はインフォームド・コンセントと倫理委員会の重要性,ベニス修正(一九八三年)は未成年者であっても,可能ならば本人の承諾を受けるべきこと,香港修正(一九八九年)はこの宣言下にあっても,各国の法,規則に従うべきこと,そして,南アでの修正(一九九六年)はプラシーボもこの宣言のコントロールのもとに置く―とするものであった.
 しかしその後,科学技術の著明な発達,例えば,新薬の創造,ヒトゲノムの分析の発達などがあり,その制御が重要な問題となってきた.さらに,いつも根底にある医療における個人の尊重,それが患者にとって利益であること,さらには,正義の名のもとに行われるべきこと(ベルモントレポート),また,CIOMS(国際医科学協会)の国際的に集約したガイドラインなど,技術のよき制御の問題などが,世界的に目立ってきた.
 その間にあって,GCP(新薬開発のガイドライン)が横浜で開かれた国際会議を経て,GCP-ICH(国際的にハーモナイズしたGCP)として,薬剤の開発の基礎的ステップを国際共通化することになってきた.殊にGCP-ICHは,ヘルシンキ宣言に忠実であることをうたっており,ヘルシンキ宣言の修正作業は急を要するようになってきた.
 一九九七年,ハンブルグにおけるアメリカ医師会(AMA)の提案は,極めて大きい改変であり,また,アメリカの国情を如実に反映し過ぎていたともいえる.一方,ヨーロッパの各国は国情の差があり,おのおのの国内法の整備も進み,また,ヨーロッパの連合体でも,科学技術制御の論理化が進んでいた.
 そのなかにあって,大きな問題は,(一)患者に対するよく配慮された医療を患者への説明と承諾のもとに行われるべきこと,(二)医療上の研究も,被験者の十分なインフォームド・コンセントを基礎としてなされるべきこと,(三)いわゆる非臨床的研究は,やがて臨床研究の基礎となるように継続的であり,修正案では,この差を取り除いた,(四)したがって,被験者の人権を尊重するためには,インフォームド・コンセントについて詳細な手続きが決められた.大略すれば,これが今回のヘルシンキ宣言修正案の内容といえる.
 日医としては,国際的な合意が形成されるなかで,(一)当初は修正の必要なし,(二)ヘルシンキ宣言は,マニュアル的なものではなく,原理原則のみを明瞭に表すべきこと,(三)human subject(対象とする人体)のなかにゲノム,胎児,体液などという人体の部分的なものも含めるべきこと,などの発言を続けてきた.日医の主張は,ヘルシンキ宣言修正の方向に大きな影響を与えてきたといえよう.
 WMAは,各国医師会(NWA)の連合体である.したがって,この修正案の普及のためには,説明をする責任がある.この修正が,二〇〇〇年のエジンバラ総会で終わることはない.常に,現在の現場の適切な問題に関心を持ちつつ,今後もさらに医の倫理も,医学研究についても,有益な宣言であり続けるように配慮し続ける必要がある.


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