日医ニュース 第953号(平成13年5月20日)

坪井会長 平成13年春の叙勲
勲一等旭日大綬章を受章


 


 政府は,四月二十九日付で平成十三年の「春の叙勲」の受章者四千六百三十人を発表した.日医関係の受章者は別掲したとおりであるが,なかでも,坪井栄孝会長が,民間人では最高位といわれる勲一等旭日大綬章を受章したことが特筆される.
 坪井会長の受章は,「多年にわたり日本医師会長等として,また,世界医師会長として医道の高揚,医学・医術の進歩に尽力した」ことによるものだが,勲一等旭日大綬章は,昭和五十年秋に受章した武見太郎元会長についで二人目の快挙である.
 五月八日,宮中での親授式を終えて日医会館に戻った坪井会長は,役職員を前に次のように述べた.
「このたびの受章は,皆さんの協力と,日医会員の支持のおかげであり,心から感謝申し上げたい.受章の栄誉に恥じないように,引き続いて医療界の改革に全力を尽くしていきたいと考えている」

地域医療活動に尽力

 坪井会長は,昭和二十七年三月日本医科大学卒業.昭和三十七年九月から昭和四十五年九月まで国立がんセンター病院放射線部医長として勤務の後,昭和四十五年九月に坪井診療所を開設.昭和四十九年十二月から現在まで財団法人慈山会医学研究所理事長,昭和五十二年四月から財団法人慈山会医学研究所付属坪井病院長,同名誉院長を務め,現在に至るまで地域の保健・医療・福祉の向上発展に尽力してきた.
 地域医療活動の傍ら,昭和四十九年四月から昭和六十三年十月まで郡山医師会理事,昭和五十五年四月から昭和六十三年十月まで福島県医師会常任理事を務めた.その後,昭和六十三年十月から平成四年三月まで日医常任理事,平成四年四月から平成八年三月まで副会長,平成八年四月から現在に至るまで会長を務め,国民医療の向上のため医療政策の構築等に全力を傾注している.
 さらに,平成十一年十月に世界医師会次期会長,平成十二年十月に世界医師会長に就任し,人類の公衆衛生の向上に多大の貢献をした.

国際的立場で社会貢献

 坪井会長の功績はきわめて膨大かつ多岐にわたっている.
 中央における公職関係の功績は,優に四十を超える.主に,厚生労働省における医道審議会・人口問題審議会・少子化への対応を推進する国民会議・社会保障構造の在り方について考える有識者会議などの委員として,医学・医療の専門的立場から幅広い意見を述べ,その振興・発展に大きな力を与えた.
 日医役員に就任してからは,常に自らの専門分野を基盤とする高い識見と真摯な態度で各事業に当たり,会の運営推進に努めてきた.また,近年の人口の高齢化,大都市の進展を核とする社会経済の激しい変動のなかで,たえず冷静な目で事態を直視して問題解決に当たってきた.
 平成八年四月に会長に就任してからの活躍は著しく,特に,日本医師会総合政策研究機構(日医総研)の創設,医療構造改革構想等の各種政策提言,医療総合情報ネットワークの整備,国際交流の進展,診療情報の提供の推進,会員の倫理向上の徹底など,組織を挙げて整備・推進し,二十一世紀のわが国および国際的な保健・医療・福祉の発展向上に強い信念をもって貢献した.
 また,平成十二年には,ネパール王国「プラシッダ・プラバル・ゴルカダクシンバフ勲章」を受章している.


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