日医ニュース 第953号(平成13年5月20日)

勤務医のひろば
達意


 私の座右の銘は「達意」である.恩師加地正郎久留米大学名誉教授からご教示いただいた言葉である.角川新字源によると,―自分の考えをよく人に分かるように述べつくす―.今でいうインフォームド・コンセントに当たる.
 日常生活において,自分の思うこと,やりたいことを相手に伝え,理解を得ることは大変重要なことである.相手の理解が不十分な時に起こる不幸な出来事は,枚挙にいとまがない.
 診療に際しても,最近の医療事故,ニアミス(ヒヤリハット)の事例の多さには,目をみはるものがある.特に,医療事故,訴訟には種々の原因があるが,その根底にある共通点は,患者およびその家族との信頼関係が確立されていなかったのではないかということである.
 医学のめざましい進歩と相俟って,最近,患者への説明義務が盛んに唱えられ,また,実行もされていることは,喜ばしいことではあるが,その言葉が相手に果たして正確に伝わっているのか疑問が残る.
 医学,医療の専門家ほど難解な用語を駆使して話をし,また,聴く方にもそれを無理解に受け止め,納得してしまう風潮があるのも事実である.
 患者やその家族に対して,病気のこと,診断治療に関することなどを説明する場合,相手に分かりやすい言葉で話し,十分納得してもらうように心がける必要がある.それには,まず自分が思っていること,伝えたいことを正確に把握していなければならない.
 自分自身が,その事柄を十分に理解しないまま相手に伝えても,とても納得できるものではないことは当然であるが,このようなことはしばしば見聞きしたり,経験するものである.
 いずれにしても,意を尽くして人に理解を求めるということは,私ども医業を行う者にとっては,必要不可欠なことである.これは,経験によって培われることはいうまでもないが,若い人も,相手に話を理解させる努力や技術を,意識して心がけていくことが,「達意」につながる道ではないだろうか.

(社会保険久留米第一病院 副院長 南  浩)


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