日医ニュース 第974号(平成14年4月5日)

第106回 日本医師会定例代議員会
2002年4月2日
会長所信表明
日本医師会長 坪井 栄孝


 本日は,第百六回日本医師会定例代議員会並びに第六十回日本医師会定例総会の開催をお願いいたしましたところ,年度替わりのお忙しいなか,また,遠路ご参集を賜り,誠にありがとうございます.
 今回ご審議をお願いいたします案件は,平成十四年度日本医師会予算関連の議案等,第一号議案から第七号議案まで七件上程いたしております.慎重ご審議のうえ,ご承認賜りますようお願い申し上げます.
 さて,今回は六年ぶりに投票による会長選挙が行われました.幸い代議員諸先生のご信任をいただき,四期目の会務執行をさせていただくことになりました.ご支持いただきましたことに心から深く感謝申し上げ,御礼申し上げます.一方,今回多くの先生方からのご批判をいただいた事実に対しましては謙虚に受け止め,日本医師会の健全な発展のための貴重な意見として会務に反映していきたいと考えます.今回のご批判の焦点は,極端な医療費抑制による診療報酬のマイナス改定と,それに対する対応の不透明さについてのご批判と認識しておりますので,この機会に今回の経緯の全貌をご報告いたし,ご理解を得たいと思います.

診療報酬のマイナス改定について

 今回のマイナス改定の発端は,小泉総理の国債発行を三十兆円に抑えるという支出抑制策のなかで行われた甚だ強硬なシーリング枠設定であります.このため,厚生労働省の平成十四年度予算の概算要求五千五百億円についても,「聖域なき構造改革」,あるいは「三方一両損」の名の下に,二千八百億円の減額査定がなされ,残り二千七百億円で十四年度の医療費の当然増その他を賄う難題が突きつけられました.しかし,この財源では現実的には不可能ですから,この減額分二千八百億円の財源を調達しなくてはなりません.いかに国家経済の疲弊があるとはいいながら,財政的な抑制策のみで国民が安心して生活できる社会保障政策が可能であると考えている政府の誤謬のままで,果たして日本は,国家百年の計を策定する能力があるのだろうかと疑わざるを得ない甚だ憂慮される状況下にあります.小泉総理の「米百俵」の思想とは大きく矛盾するものであります.
 シーリング枠案が提示されてから以降,再三にわたり厚生労働省に対して予算枠の拡大を要求いたしましたが,再検討する意志はまったくなく,政府は問答無用とばかりにシーリング枠を決定しました.何とも納得がいかないこの政策決定の原点には,内閣府の市場原理主義者と旧大蔵官僚の関与があり,医療の本質を無視した横暴な行動が露呈されたわけですが,いずれにしろトップダウンで決定された概算要求の減額分二千八百億円の捻出方法を,日本医師会と厚生労働省との争点とせざるを得なかったわけで,その過程で診療報酬のマイナス改定による財源調達の方法が具体的に表面化したわけです.
 早速,財務省は引き下げ幅を五・八%必要であると主張し,中医協の支払側は少なくとも四%程度の引き下げが必要だと主張してきました.日本医師会は,このような社会情勢から診療報酬の引き上げを要求することは社会的反応も考慮せざるを得ないという考えに立ち,今回の診療報酬改定は引き上げを要求せず,据え置きを主張しました.この時点では,すでに中医協の薬価調査の結果から約一・〇から一・五%の値下げがほぼ確定的になっていましたので,これを勘案しますと,実質的なマイナス改定は避けられないということになります.しかも,追い打ちをかけるように,厚生労働大臣から,減額査定を受けた医療費枠の補充のためには,どうしても薬価引き下げ分に加えて医療本体部分の引き下げを含めた財源調達の方法を実行せざるを得ないという要請を受け,具体的に三%の引き下げ案が提示されました.しかしながら,国民に適切な医療を提供するためには,現状維持が限界であることを主張し,医療本体の減額には断固反対を続けてきましたが,最後は総理の意向であるというトップダウンを理由に,自民党医療基本問題調査会 丹羽会長から二・八%の引き下げ案が提示されました.
 このような論議の末,医療本体の引き下げ率一・四%の原案を一・三%に修正させ,薬価・材料の一・四%と合わせて二・七%の引き下げで合意せざるを得なかったものであり,社会的影響を配慮した苦渋の選択であったことをご理解いただきたいと思います.

今回の診療報酬改定について

 この財源により改定作業に入ったわけです.できるだけ引き下げのリスクが軽くなるよう,配分作業にあたっては厚生労働省保険局と長期にわたり詳細な検討の下に折衝を行いました.しかし,実際に改定案が現場に提示されますと非常に大きな波紋が広がり,再診料逓減制の問題,とくに整形外科領域の極端な減収予測の試算結果,手術件数と手術料の評価の矛盾などが露呈され,これらはいずれも医療の本質を無視した屈辱的な政策として怒りを覚えるものでありますし,特定療養費の拡大は国民皆保険制度の崩壊につながるものとして容認すべからざるものであるという怒りの意見を多数いただき,私としてもまったく同感であると考え,早速,修復作業に入りました.
 これらの政策課題は,すべて日本医師会の医療構造改革構想のなかに具体的な政策として提示されているにもかかわらず,これを無視した配分は官僚専制政治の横暴であります.取り敢えずは,一部を通知で対応し修正したところもありますが,他の部分についても,なるべく早い時期にリスクの高いところをターゲットにして修正を図りつつあることをご報告いたします.しかし,今回の改定は,部分的な修正作業では到底改善されないと考えましたので,さらに今,平成十四年度に再改定をすべく中医協に提案するよう厚生労働省保険局長に申し伝えてあります.

経済財政諮問会議および総合規制改革会議について

 一方,この診療報酬引き下げ論と同時に,皆保険の崩壊につながるような論議がかなり強硬に行われました.経済財政諮問会議(竹中平蔵大臣担当)では,医療費の総枠規制を打ち出し,老人医療費の伸び枠管理方式を出してまいりました.医療費の抑制のために医師の自由裁量権を蹂躙し,官僚管理体制をつくろうとするこの考え方は,断じて許すわけにはいきません.
 日本医師会は,厚生労働省を説得するとともに,医政活動の場でこの法案を全面撤回させました.
 また,総合規制改革会議(石原伸晃大臣担当)が提出した株式会社の医療参入や,公民ミックス論,医療機関と保険者との直接契約などは,まったく日本医師会に相談もなく閣議決定がなされました.これらは,すべてわが国の皆保険制度の崩壊に直接つながる法案であり,到底容認できるものではありません.これも断固拒否し,ほぼ撤回させましたが,まだまだ油断のできない状況であります.このように矢継ぎ早に難問題が出てまいりますが,国民医療の担い手としての正論をもって,小泉内閣に提言し,一つひとつ改革すべきものはするという是々非々の姿勢を固く守っていきたいと思っております.

広報活動について

 このように,国益をかえりみず自己の利潤を優先するような営利会社や,国辱的な改革論を振り回す市場原理主義者から,わが国の優れた皆保険制度を守るためには,日本の医師全員が一丸となって高い志と強い倫理観をもって,医療の提供を行っていかなければならないのは当然のことですが,われわれ医師の考えを国民にわかってもらい,一緒になって皆保険制度を継続していく力になってもらうことが必要です.
 医師会の広報活動は,従来からも会内,会外の両側を視野に入れ行われてはきてますが,現状の社会情勢に正確に合致した活動としてはややもすると弱体感が免れません.この状況を改善するために,今後は従来の広報活動と平行して,より戦略的な,かつ立体的な広報行動を起こしていくつもりです.
 すなわち,広報を一方向でなく双方向性を持たせるために,会内に情報・広報センターの設置も考えております.これは,例えば具体的な事例として,今回先生方のお手元にお届けいたしました「医療のグランドデザイン(二〇一六年版)」は,先般公表いたしました「二〇一五年医療のグランドデザイン」の補遺でございますが,このような形で日本医師会の政策を適時全会員に情報を提供し,これについての意見や質問を情報・広報センターの窓口が直接受けることで,情報の共有を図る機構と考えていただくとわかりやすいかもしれません.もちろん,このような会員向けのものに限らず,広く一般国民とのチャンネルも準備し,フレキシビリティのある情報・広報活動をしようとするものであります.このセンターは,従来から逐次整備を図っております日本医師会の情報ネットワークのキーステーションという位置付けになります.
 また,この戦略的広報パターンは,日本医師会の政策全般を浮き彫りにする効果があり,日本医師会の旗色が明快になり,一般国民にも,行政府にもわかりやすく読み取れるようになると思っています.
 もちろん,日本医師会全会員の合意を得るための手段としても有効な広報計画であることはいうまでもありません.

日医総研について

 現状のごとき内閣府を中心とする複雑怪奇な医療政策に翻弄されることなく,日本医師会の政策を確固たるものにするため,さらに日医総研の充実を図らなければならない時期であると考えております.前執行部の折,日医総研の将来構想についての検討委員会を設置し,貴重なご意見をいただきましたので,このご意見を基調にして専門集団のシンクタンクとしての資質を高め,さらに会員諸先生のご意見をいただきながら,第三期日医総研整備計画を作成し,医療政策のオピニオンリーダーとしての地位を確固たるものにしていく所存です.ご支援をお願いいたします.

学術専門団体としての日医のスタンスについて

 めまぐるしいばかりに進歩・発達している医学・医療技術を的確に把握し,国民の負託に応え,地域医療に適用させていく責務が,日本医師会にはあると考えております.
 高度先進医療を地域医療に橋渡しすることは,従来までの日本医師会の学術活動のみでは不十分になると思います.予防医学から先端医学までを広く地域に適用させる組織の体系化を図るべくプロジェクトを開始したいと考えております.
 また,国際レベルで難問題化している幹細胞の倫理面での合意,遺伝子操作により起きるリスク等を含めた具体的な意思表示など数多くの問題に対して,あるいは臓器移植についての日本医師会の主張など,国レベルでのオピニオンリーダーとしての活動を強めていく必要があります.
 医師の生涯教育を継続的に向上させていくとともに,これら先端医学・医療技術に対する見解を国際レベル,国レベルで積極的に主張していく基盤を作り上げる必要を感じております.各位のご協力をお願いします.

終わりに

 第四期目の出発に際し,会務をお預かりする日本医師会会長としての考えを申し上げましたが,日本医師会の新しい執行部としての行動パターンを三つの柱で明確にしたいと思います.すなわち,

一,学術専門団体として生涯教育に力を尽くし,専門家としての資質を高める努力を最大限に行うことを中心軸にして,日進月歩の医学・医療技術を自家薬籠中のものとして地域医療の場に橋渡しをする責務を果たすこと.
二,日本医師会会員が,情報を共有することによって,団結して医療専門職としての能力を発揮する努力をするとともに,受け身の広報活動から攻めの広報活動に重心を置くこと.
三,新しい時代感覚を持って医政活動を盛り上げ,政策集団としての位置を確保すること.

 恐らくここ一,二年は,日本の医療が二十一世紀を,従来持っている独自の姿で生き延びられるかどうかの正念場だと思います.そして,世界一いいと自負できる日本の医療を支える鍵は,日本医師会が意識構造改革を完成させられるか否かにあると私は考えています.
 日本の医療政策のオピニオンリーダーとして,高い志の下で,国民が最も望んでいる医療のあり方を見極めつつ,子孫末代まで日本に生まれてきてよかったと国民に思われるような医療制度を作り上げることに,日本医師会会員のみでなく日本の医師全員が,あらゆる困難に打ち勝ち,己の聖職をまっとうする努力をすべき時期であると考えます.各位のご尽力を切にお願いし,ご挨拶といたします.ありがとうございました.


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