日医ニュース 第976号(平成14年5月5日)

日医総研フォーラム24
医業経営における再生産費用の確保についての検証

 今回,医業がどのくらいの再生産費用を確保できるかを検証する.国民医療・介護費は51.7兆円,これに医科自由診療分の2.8兆円,歯科自由診療分の0.6兆円を加えて,医療・介護費の総額は55.1兆円である(医療のグランドデザイン2016年版参照).

1.再生産費用の定義
 事業者の立場で医療・介護市場を概括すると,おおよそ図表1のとおりとなる.図の(2)医業(売上)原価は,医薬品・診療材料など,売上に伴って直接的にかかる費用である.図の(3)粗利益は,売上高から売上原価を差し引いたものである.この利益で管理費(人件費や,物件費)をまかなうことになる.粗利益>管理費であれば黒字,粗利益<管理費であれば赤字である.そして,粗利益>管理費のときにのみ,再生産費用を確保できることになる.粗利益と管理費の関係を表す指標に「損益分岐点比率」がある.売上原価と管理費とをちょうどまかなう計算上の売上高を損益分岐点売上高という.損益分岐点売上高に対して,実際の売上高がどこにあるかを示したものが,「損益分岐点比率」である.実際の売上高からみて,損益分岐点売上高が80%であるということは,20%を再生産費用に回せることになる.
 また,損益分岐点比率は,次の式で示すこともできる.粗利益=管理費であれば,収支トントン,粗利益>管理費のときに損益分岐点は100%未満となり,再生産費用を確保できる.

図表1 費用構成 損益分岐点比率(%)

2.再生産費用の推計
 医療・介護費総額55.1兆円を図表1に当てはめてみよう.
 (1)売上高は55.1兆円である.(2)医業(売上)原価は医療・介護費の18.7%,10.3兆円とした.「2015年医療のグランドデザイン」では売上原価率を20%と見込んだが,平成14年度診療報酬改定において医薬品費・材料部分について6.7%の引き下げ(売上原価率▲1.3%)が行われたことから,売上原価率を2015年の20%から1.3%引き下げた.(4)人件費のうち,給与費は個人立を除いた病院1人当たり平均給与の5,556千円(1999年度)を採用し,年率0.5%上昇すると見た.また,給与費の18.5%を法定福利費等の付帯経費とした.(5)物件費は医療・介護費の20%と仮置きした.
 以上の前提のもとに計算すると,(7)再生産費用は医療・介護費の6.3%,従事者1人当たりでは812千円にしかならない.また,損益分岐点比率は92%であり,経営的には赤字に陥りやすい危険な状態である(四捨五入差のため合わないところがある).

図表2 再生産費用の推計

3.再生産費用の妥当性
 前項で計算した再生産費用は妥当といえるのだろうか.検討すべき視点が2つある.
 第一に再生産費用の水準である.医療と同様に価格設定の自由度がなく,現代社会においてはなくなれば生死にかかわるライフライン産業(図表3)と比較してみよう.前項の推計結果では,医療・介護市場の1人当たり再生産費用812千円は,ライフライン産業のなかで最も低いJR 3社の水準にすら遠く及ばない.十分な再生産を行っていけるとは考えられない.
 第二に給与水準である.今回は,中医協医療経済実態調査の1人当たり給与費を使用し,現状の1人当たり給与5,556千円を出発点として計算した.しかし,そもそも前述のライフライン産業各社の平均7,026千円に比べてきわめて低い.雇用市場において競争力を確保することは極めて困難である.
 以上の2点を踏まえると,1人当たり再生産費用はほとんど確保できないといっても良いレベルでしかない.これでは,将来にわたり継続的に事業を維持,成長させていくことはできない.
 ここでは,物件費を20%と置いている.今後,個々の医療機関が経営改革に取り組み,物件費をどこまで圧縮できるかが鍵になる.このためには,医療機器メーカーなど周辺産業の価格水準を引き下げる必要もあるだろう.さらには借入金の圧縮を図り,金利負担の軽減も実行しなければならない.
 しかし,何よりも再生産費用がここまで小さい根本原因は,医療・介護費(売上高)が小さすぎることにある.では,仮にライフライン産業最低水準の1人当たり再生産費用1,472千円を確保するとしたら,医療・介護費(売上高)はいくらでなければならないのだろうか.

図表3 ライフライン産業1人当たり再生産費用(2000年度)

4.再生産費用を確保するための医療・介護費
 そこで,1人当たり再生産費用1,472千円になるまで医療・介護費を引き上げてみた.その結果,59.7兆円の医療・介護費が必要であることが判明した.現行のままでは,2016年には55.1兆円と推計されているが,これよりも4.6兆円大きい(図表4).

図表4 2016年に必要な医療・介護

 2016年に向けては,再生医療,遺伝子医療など自由診療部分の展開によっても医療・介護市場のパイは大きくなるだろう.しかし,4.6兆円のギャップを埋めるためには,診療報酬の引き上げも不可欠である.さもなければ,医業経営は最悪の場合には再生産を行えない.すなわち,国民に対して安定的に医療・介護サービスを提供できなくなるのである.
 以上のような視点からも,医療・介護費の水準が検討されるべきである.

 今回,「医業経営における再生産費用の確保についての検証」を掲載しましたが,医療のグランドデザインAnnual Report【2016年版】では,この内容以外にも,さまざまな角度から検証を行い,まとめています.日医総研では,会員価格2,000円にて頒布していますので,ぜひこの機会にご一読ください.
 なお,日医総研では,経営について理解してもらうことを目的 に,問題点の把握からとるべきアクションまでをわかりやすく解説した,「すぐわかる・すぐ使える病院・診療所経営ハンドブック」を定価2,000円で頒布しています.併せてご一読ください.

問い合わせ先:日医総研 TEL 03-3942-7215 FAX 03-3946-2138


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