日医ニュース 第977号(平成14年5月20日)

青柳俊副会長に聞く
「医療のグランドデザイン2016年版」について

 日医が平成12年8月に,医療の中期的ビジョンを描いた「2015年 医療のグランドデザイン」を発表したことは周知のとおりである.それに続いて,今回,「医療のグランドデザイン 補遺 2016年版」を発行した.両者の関係および違い,今回の特徴などを,作成に当たった青柳俊副会長に聞いた.

Q&A1 今回のグランドデザインの位置付けは?

 「二〇一五年医療のグランドデザイン」は,総人口の減少と,高齢者人口,特に七十五歳以上の後期高齢者人口の増加が同時進行する時期に焦点を絞り,わが国の医療の中期的ビジョンを描いたものである.このグランドデザインは,賛同ばかりではなく,厳しい意見や批判もあったが,これが呼び水となって,各団体から独自の改革案が発表されたことは,大きな成果だと思う.
 しかし,構造改革を旗印に誕生した現内閣も,医療に関していえば,患者負担増による国家財政の調整を最優先した従来の手法を繰り返したに過ぎなかったことは残念である.本当の医療制度改革は,従来の制度の変えてはいけない優れた部分の維持確保と,変えなければならない部分の改革を本質的に見極めることが前提とならなければならない.そのうえで,国民が求める医療の分析を行い,さらに人口構造の変化を勘案した的確な需要予測等に基づく医療提供体制や,持続可能性のある懐の深い公的医療保険制度の構築を考えるべきである.
 医療のグランドデザインは,予測能力の向上や社会環境の変化等を反映させながら,常にバージョンアップさせていくことを基本原理としている.その意味からも,今回は補遺という形をとったわけである.

Q&A2 「国民の医療ニーズ」を取り上げたねらいは?

 二〇〇〇年に発表された世界保健機関(WHO)のワールドヘルスレポートによると,日本の医療の質は平均寿命や乳幼児死亡率の観点では,高い評価であった.ところが,その一方,健康に対して不安を持つ高齢者の割合が高く,精神疾患が原因の一つとなる自殺率も他諸国に比べて高いのが現実である.
 WHOの評価が高いことは喜ばしいが,果たして消費者である国民が必要としている医療サービスが,本当に提供されているのであろうか.そのためには,まず,国民のニーズを明らかにする必要がある.そこで,今回は,国民側からの視点として「国民の医療ニーズ」を取り上げた.
 しかし,国民の医療ニーズを潜在的なニーズまで含めて把握するには,受療行動の分析だけでは不十分と考えられる.例えば国民生活基礎調査によると,何らかの症状がある人のうち受療したのは平均二人に一人である.したがって,受療行為から推測されるニーズだけではなく,受療以前に存在するニーズにまで立ち入って検証を行うことが求められる.さらに,供給側である医療提供者,研究者,医療関連メーカーのニーズに加えて,社会的ニーズ(感染症の予防など)も理解しておく必要がある.
 国民が考える重要医療サービス分野を聞いた調査によると,長期入院医療,救急医療,慢性疾患医療,そして,こころの健康を保つための医療に対するニーズが高かった.本稿では,すべての世代にとって重要と考えられている救急医療と,近年の新しい動向を反映するとみられるこころのケア,予防と医療提供者や情報提供に関するニーズについて,健康全般に対する国民の意識を取り上げた.

Q&A3 将来推計が前回(二〇一五年)に比して減少した理由は?

 「二〇一五年医療のグランドデザイン」において推計した二〇一五年の国民医療・介護費は,一般医療保険が三十六兆千二百九十億円,高齢者医療制度が十九兆九千四百八十五億円,合計五十六兆七百七十五億円であった.推計の前提条件は,(1)高齢者医療制度の創設によって医療と介護とを統合する(2)高齢者医療制度においては,老人医療費の出血を止めることが重要政策課題であるとの観点から,一日当たり単価の伸びを年率〇・五%程度と設定する(3)一般医療保険制度の一日当たり単価の伸びは,医科診療費および歯科診療費は年率二・五%程度,その他は年率〇・五%と設定する(4)上記単価の伸びにはインフレ率を考慮しない―である.
 今回の推計においても,同様の前提条件を基に試算を行った.その結果,二〇一六年国民医療・介護費は,五十一兆七千九十四億円となり,うち一般医療保険制度で三十三兆三百七十二億円,高齢者医療制度で十八兆六千七百二十二億円となった.一九九六年から一九九九年までの実績を基にすると,外来受診率の減少が予測され,医療・介護費の将来推計が減少した.
 現在,医療保険と介護保険は独立した制度になっている.医療保険は原則現物給付,介護保険は原則現金給付で,患者または利用者の立場でみれば,現金給付はフリーアクセスの障壁になる.手元に現金がなければ介護サービスを受けることができないからである.一方で,医療保険と介護保険とのすみ分けは十分明確ではない.医療と介護との定義を明確化できないのと同じである.今後も明確に区分できることはないだろう.以上のような背景を踏まえると,医療保険と介護保険を統合するべきである.
 医療保険(含介護保険)は,国民の生活を支え,かつ影響を与えるものである.高齢化社会の進展が待ったなしであるとはいえ,小手先の財政改善案の接ぎ充てではなく,国民の納得できる抜本的な改革を指向していくべきであろう.

Q&A4 自立投資の具体化ならびに実現の可能性は?

 わが国の人口構造は,二〇一五年前後から特徴的な変化を見せ始め,総人口の減少と高齢者人口(特に七十五歳以上の後期高齢者)の増加が同時に進行していくなかで,今後医療技術等の飛躍的進歩が予測される.これらの医療技術は,先端的であると同時に個別性,選択性が強いという性格を持つ.
 社会全体で個々の国民を支える公的医療保険の役割を充実・安定させ,かつ進歩への対応を図るためには,個人の責任と選択において個別性,選択性の強い先端的な医療を受けられることを可能とする必要がある.その実現のために提案したのが,自立投資という概念である.
 自立投資は,国民個々人の備蓄(あるいは保険)を財源とし,個人の選択と責任において,健康保険で給付されない医療,例えば,遺伝子治療,再生医療,臓器移植等の先端的な医療を受けられることを基本とした仕組みである.健康保険制度が社会全体で個々の国民を支えるシステムであるのに対し,自立投資は個人の責任で自らの健康リスクを回避し乗りきることにある.
 基本的な考え方としては,対象患者数が希少な疾病であっても,対応する診断・治療法が限定されているものについては保険給付すること,対象患者数が多数の疾病であっても,対応する診断・治療法が複数あり,そのなかで医学的有効性・安全性の比較の観点から一定の比率で選択されるものについては,保険給付することを原則とする.
 健康保険給付から除外されたもののうち,選択性の強い医療を自立投資の対象とすることになるが,治療を目的としない入院時の食事や,患者のアメニティに係るものは自立投資の対象としないことを前提とする.つまり,あくまでも医療行為と位置付けられるもののみを自立投資の対象とするという考え方である.
 自立投資医療は,自由診療窓口で支払われる方法と,もう一つは,次の手段で審議・決定する方法論が考えられる.
 (1)当該費用が個々人の備蓄を財源とすることから,国が関与しない機関に設置する(以下「センター」という)(2)センターの中に,関係者(医療提供者,ファンド投資者,ファンド管理者)の代表と学識経験者により構成する審議会を設置し選定する(3)ひとつの自立投資医療に対する医療機関間の医療費の格差が大きくなることを回避するため,審議会が自立投資対象医療算定基準を設定し,その結果を医療機関,ファンド投資者,ファンド管理者に周知する.
 現物給付とは,保険者が当該治療に要する「医療サービス」を保険医療機関から買い上げ,被保険者に給付することである.この基本原理に則れば,現物給付制度下においては,制度の建前上,混合診療はあり得ないことになる.
 このことからわかるように,混合診療とは,診療行為自体が混合するのではなく,保険給付(一部負担金を含む)と保険外の患者負担との混合,すなわち「費用の混在」を指すということを理解しておく必要がある.一方,自立投資は個々人の備蓄を原資としており,健康保険制度とは切り離して考える必要がある.
 保険医療機関が健康保険診療継続中に,医療に関する費用を一部負担金以外に患者から徴収することを「費用の混合」と整理すれば,自立投資対象医療を採用・実施した時点を境にして費用を完全に区分することによって,この問題も解決可能と判断できる.
 わが国の医療制度が,公平性・平等性,健康達成度の効率性等で国際的な高い評価を得ている背景には,国民皆保険体制と現物給付制度による医療機関へのアクセスのよさがあると考えられる.わが国の公的医療保険において,この二つの優れた特徴をより高いレベルで維持していくことは,社会保障制度を構築する国の当然の責務といえる.
 この基本的な考え方に基づけば,現金給付である特定療養費制度は廃止し,普遍性のあるものを健康保険給付に組み入れ,選択性の強いものを自立投資の対象に区分することが妥当ということになる.特定療養費制度は橋渡し的な役割を過渡的に残すとしても,制度自体を極小化することが可能であり,将来的には廃止する方向に向かうべきである.


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