日医ニュース 第988号(平成14年11月5日)

「診療情報の提供に関する指針」の改定について

 去る十月二十二日に日医会館で開催された臨時代議員会において,「診療情報の提供に関する指針」(以下,「指針」という)を一部改定することが決定され,平成十五年一月一日から新しい指針が実施に移されることとなった.本欄では,新しい指針に至る経緯,改定のポイント,その他特筆すべき点について紹介する.
 なお,新指針の全文は,日本医師会雑誌平成十四年十一月十五日号の付録として冊子にして,全会員に配布されるほか,日医ホームページでも近日中に閲覧可能となる.

改定の経緯

 今回の改定は,本年八月二十七日に「『診療情報の提供に関する指針』検討委員会」(委員長・大輪次郎愛知県医会長)が坪井栄孝会長に答申した報告書に基づくもの.指針では,診療録の作成をはじめとする医療界および社会の諸状況の変化に本指針を適合させるため,二年ごとに見直しをするよう定めている.この定めに従い,平成十三年八月,同委員会が設置され,同十四年三月に中間報告が,次いで同年八月に前記最終報告がまとめられた.
 最終報告書は,現行の指針に,後記のとおり主として五つの改定を加えることを提言,末尾には改定後の指針案を提示したもの.
 最終報告の答申を受けて日医執行部では,九月三日開催の常任理事会ならびに九月十七日開催の理事会で検討を加え,報告書どおりに指針を改定することが相当と判断,正式な改定案として十月二十二日開催の第百七回臨時代議員会に「第五号議案『診療情報の提供に関する指針』改定の件」として上程された.同代議員会では,特別委員会(委員長・篠川賢久代議員―富山県医会長―)による審議を経て,本会議において原案通り承認され,平成十五年一月一日からの施行が確定した.

改定の五つのポイント

 今回の改定は,検討委員会報告書によれば,「必要限度にとどめ」られた.これは,現行の指針が漸く全会員に浸透・定着しはじめた段階であることを考慮してのこと.以下,指針の主な改定点を紹介する.
 改定の第一点は,指針[一−一 この指針の目的]に「医師,患者間のより良い信頼関係を築くことを目的として」との表現を加えた点.本項は,指針の基本理念ともいうべき部分であるが,従来の指針では,医師と患者が情報を共有し「信頼関係を保ちながら,共同して疾病を克服」していくことを目的としていたところ,今回の改定ではさらに踏み込んで,より良い信頼関係の構築をめざすものとした.
 改定の第二点は,診療記録等の開示に関する定義から「要約書を交付すること」を削除した点.従来の指針では,診療記録等の開示を,閲覧,謄写,または要約書の交付と定めることにより,開示を求められた医師は,そのいずれを選択することも可能であった.今回,選択肢から要約書の交付が削除されたことにより,患者は特段の事情がない限り,診療記録の全面的な開示を受けることが可能になる.
 三点目は,平成十二年の民法改正および任意後見契約に関する法律の新設を受け,指針[三−四 診療記録等の開示を求めうる者]として「診療契約に関する代理権が付与されている任意後見人」を追加した点.任意後見人とは,平成十二年の法制定により設けられたもので,公正証書によって作成される個々の任意後見契約のなかで具体的な権限が示される.新指針では,その権限として診療契約に関する代理権が明示されていれば,家庭裁判所の手続き(任意後見監督人の選任)を経た後に,その任意後見人を法定代理人と同様に扱うものとしている.
 四点目の改定点は,医師および医療施設の管理者が,診療記録等の開示を拒否した場合にとるべき措置を明示した点.改定指針では,患者が診療記録等の開示を求めて来た場合には,全面的に開示することが原則だが,例外的な場合として,開示によって第三者の利益を害したり,患者本人の心身の状況を著しく損なう恐れがあるとき等には,開示を拒むことができるとしている.この場合,開示を拒否された患者が非開示の理由についての説明を聞き,あるいは不服を申し立てるために,医師および医療施設の管理者は,都道府県医師会等が開設する「診療に関する相談窓口」などの苦情処理機関があることを,患者に教示する必要がある旨の定めが新たにおかれた.
 改定の五点目は,患者が死亡した際の遺族に対する診療情報の提供について定めた点.従来の指針ではこの点について言及せず,各医療機関および医師の判断に委ねられていた.今回の改定では,「医師および医療施設の管理者は,患者が死亡した際には遅滞なく,遺族に対して死亡に至るまでの診療経過,死亡原因などについての診療情報を提供する」と明確に定めた.患者死亡後の遺族に対する状況説明は,指針としては初めて触れる内容だが,医療の現場では,これまでも極めて当然の行為として行われてきたし,またそうすることが医師としての責務と考えられてきた.今回,指針がその点に踏み込んで定めを設けたのは,会員の倫理規範としての位置づけを重視したことによる.また,説明の過程で,遺族が診療記録等の開示を求めた場合には,指針の一般原則に準じてこれに応じるべきものとしている.これは,「前項の診療情報の提供については,[三−一],[三−三],[三−五],[三−六],[三−七]および[三−八]の定めを準用する」との定めに基づくもの.

個人情報の保護にも配慮

 遺族への診療情報の提供を指針に盛り込むにあたっては,亡くなった患者が有していた名誉・プライバシーの保護といかに両立させるかが難しい課題となる.患者が存命中であれば,患者本人に関する診療情報を本人に無断で,家族に提供することは原則としてあり得ない.
 たしかに刑法の医師の守秘義務規定は,生きている人の秘密を正当な理由なく 漏らした場合に処罰の対象とするとしているし,現在国会で継続審議中の個人情報保護法案でも,保護すべき対象は「生存する個人に関する情報」に限っている.
 しかし,法的な議論はさておき,旧くヒポクラテスの時代から患者の秘密を固く守り続けてきた医師が,その団体の指針において,亡くなった患者の名誉・プライバシーに十分な配慮をすることは当然であろう.
 新指針では亡くなった患者が有していた名誉・プライバシーを最大限に尊重しつつ,遺族への診療情報提供を実現するために,死亡した患者の診療記録等の開示を求めうる者を法定相続人に限定した.また,指針末尾の「指針の実施にあたって留意すべき点」のなかに,「本人の生前の意思,名誉等を十分に尊重することが必要である」との一文を盛り込み注意を喚起している.患者本人が生前に,自分の死後,診療情報を一切家族に告げないよう明確な意思表示をしていた場合などは,その意思を尊重すべきとの趣旨である.

新指針の実施は来年一月から

 新しい指針は,平成十五年一月一日から実施に移される.今回の改定は,従来の指針の基本路線に変更を加えるものではないので,各医療施設が現在実施している診療情報の提供,診療記録等の開示に関する手続き規定等を抜本的に改める必要はないであろう.ただし,遺族からの診療記録等の開示請求があった場合への対応など,いくつかの項目については,あらかじめ各医療施設で準備しておく必要がある.
 日医では新指針の内容および留意点に関する説明,情報交換の場として,「都道府県医師会診療情報担当理事連絡協議会」の開催を予定している.同協議会での伝達事項をもとに,今後各地域で新指針の内容に関する説明会,講習会が開催されることが望まれる.
 各会員はこれらの催しに積極的に参加し,今までにも増して患者の立場に立った診療情報の提供に努めることが期待される.


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