日医ニュース 第996号(平成15年3月5日)

日本の優れた医療保険制度を破壊する規制改革の推進には反対
規制改革会議答申の問題点を探る

 小泉首相の諮問機関である「総合規制改革会議」は,昨年十二月十二日に,「規制改革推進に関する第二次答申」を公表した.この答申の内容についての問題点は何か,この答申はどのような意味を持っているのか,この答申に基づいてどのようなことが起きると考えられるかなどについて,櫻井秀也常任理事に一問一答を試みた.

 この「第二次答申」の出された経緯について説明してください.

 政府は,平成七年より規制緩和推進計画の策定・改定に取り組み,平成九年十二月に出された「行政改革委員会」の最終意見に基づいて,平成十年三月に「規制緩和推進三か年計画」を閣議決定しました.
 さらに,その後設置された「規制改革委員会」の報告を踏まえて,平成十三年三月に「規制改革推進三か年計画」が閣議決定されました.この時点までは,たびたびの日医の意見陳述が生かされた形で,一部に問題はあるものの,ほぼ妥当な「規制改革」の内容が計画されていました.
 ところが,その後に設置された「総合規制改革会議」に論議が引き継がれ,平成十三年七月に公表された「重点六分野に関する中間とりまとめ」,平成十三年十二月に出された「総合規制改革会議第一次答申」には,日医をはじめ医療関係者の意見を無視した形で,医療に関連してきわめて問題の多い規制改革案が盛り込まれ,平成十四年三月に「規制改革推進三か年計画」の改定が閣議決定されました.
 このような経緯で,今回の「第二次答申」が公表されたわけで,これを踏まえて,新たな閣議決定が下される可能性があり,その内容に十分な注意が必要です.

 この「答申」の内容,特に医療分野の「具体的施策」について説明してほしいと思いますが,まず全体的な問題点をあげてください.

 この「答申」が最終的に決定される前に,答申(案)を入手して,いろいろなルートを通じて,日医の正しい意見が反映できるように努力しました.その結果,十分とはいえないまでも,一部に修正が行われ,日医の意見が反映されたことは評価できると考えています.以前から何回も出てきて否定された「株式会社の医療への参入」問題は,答申(案)では堂々と一つの項目として書かれていましたが,最終的には,項目からは削除されました.しかし,前文の部分に,「株式会社の医療への参入」問題は今後も検討を続けたいというような形で書きこまれたことや,いわゆる「混合診療」の項目が本文に残ったことは,きわめて遺憾なことであると思います.
 この答申は,現在進められている「構造改革特区」と密接な関係があり,長野県から提案された医療関連の特区は,この答申の概要版みたいな内容になっています.また,公正取引委員会が出した研究会報告書の内容とも酷似しているなど,特定の経済人や御用学者の偏った意見が中心になっていることは大きな問題点だと思います.

 医療分野の具体的施策の七項目について,その内容と日医の考え方を解説してください.

 答申のなかに盛られた七項目の具体的施策について,その〔内容〕を要約したものと,それに対する日医の考え方の重要ポイントを,〔解説〕という形でまとめたものが,下の一覧表です.なお,一部の〔内容〕は,修正前の答申(案)のままにしてあります.

 最後に,総合的な問題点について指摘してください.

 日本の医療保険制度は,国民皆保険,現物給付,フリーアクセスという優れた三本柱によって支えられています.その結果,国際的にみてきわめて安い費用で,健康寿命は世界一長く,乳幼児死亡率は世界一低く,総合健康達成度世界一という素晴らしい成果を得ているのです.日本が取り組むべき医療改革は,この優れた医療保険制度を維持し,さらに発展させるものでなくてはなりません.株式会社の医療への参入やいわゆる混合診療の導入などは,世界に冠たる日本の医療保険制度を破壊するものであり,断固として排除する必要があります.
 二月十七日に,総合規制改革会議は「規制改革推進のためのアクションプラン」として重点検討事項を公表しました.医療分野については,(1)株式会社による医療機関経営の解禁(2)いわゆる「混合診療」の解禁(3)労働者派遣業務の医療分野への対象拡大(4)医薬品の一般小売店における販売をあげています.また,現在進行中の「構造改革特区」でも,ほぼ同じような内容が進められようとしています.
 一月末に発表された米国大統領の一般教書には,その第二の目標として,日本型の医療保険制度の確立が書き込まれています.あの米国の大統領でさえ模範として考えている日本の優れた医療保険制度,この制度を維持し,さらに発展させることが,国民の健康を守るために絶対に必要なのです.

医療分野の具体的施策の7項目

1.医療のIT化の推進による医療事務の効率化・質の向上
(1)電子カルテ等の診療情報の医療機関外での保存
〔内容〕民間企業でも電子カルテ等の診療情報の保存ができるようにする.
〔解説〕守秘義務や個人情報保護が確保できないので,民間企業での保存は認められない.カルテ等の診療情報は,個人情報のなかでも最も守られなければならない情報である.
(2)医療分野における個人情報の保護
〔内容〕医療分野における個人情報保護について抜本的な体制整備をする.
〔解説〕抜本的な体制整備というより,守秘義務を含めた法整備が先決である.
  医療機関の事務員や健康保険組合の職員にも法的に守秘義務を課すべきである.

2.保険者機能の強化
(1)保険者によるレセプト審査・支払
〔内容〕保険者にレセプト審査方法に多様な選択肢を認める.(保険者が直接行う.民間委託する.従来通り)
〔解説〕保険者による直接審査には反対する.患者情報の保護,審査の公正性の確立,審査ルールの透明性,紛争処理への対応などクリアしなければならない問題が多い.
(2)保険者と医療機関の協力関係の構築
〔内容〕保険者と医療機関がサービスや診療報酬に関する個別契約を締結できる.
〔解説〕反対する.国民が自由に医療機関を選べるフリーアクセスの阻害,保険者の医療への干渉が起きる.国民は保険者を選ぶことができないのだから,国民皆保険の主旨からして,フリーアクセスの確保は重要である.

3.患者(被保険者)の主体的な選択の促進
(1)公的保険と保険外診療の併用による質の高い医師・医療機関が適正に評価される仕組みの導入
〔内容〕保険診療と保険外診療の併用について抜本的改革を図り,併用を大幅に拡大する.
〔解説〕いわゆる混合診療には断固反対する.いわゆる混合診療も特定療養費制度の拡大も,結局は保険はずしの国民医療費抑制政策であり,日本の優れた医療制度を破壊することになる.現時点で行うべき対応策は,国民医療費を,せめてドイツ,フランス並の対GDP比10%程度(金額にして40〜45兆円程度)に増やして,必要な医療を公的保険に取り込むことである.仮に脳死による臓器移植を全部公的保険で給付したとしても数億円で賄える.

4.診療報酬体系の見直し
(1)包括払い・定額払いの制度の導入促進
〔内容〕急性期医療にはDRG/PPSを導入,慢性期医療には定額医療を導入する.
〔解説〕この問題は,現在中医協で審議中である.DRG/PPSの導入には反対する.

5.多様なマネジメント手法の活用
(1)派遣規制の見直し
〔内容〕麻酔医と病理診断医,さらに医師・看護師以外の医療従事者を先行して派遣可能とする.
〔解説〕医療機関における医師(何科の医師でも),看護師等の派遣は認められない.

6.医療提供制度
(1)地域医療計画(病床規制)の見直し
〔内容〕医療費を抑制できる環境整備と併せて,急性期病床については病床規制を撤廃する.
〔解説〕地域医療計画は,地域特性に基づく「計画」であって「規制」ではない.おのおのの地域で十分に検討した結果に基づく「計画」を尊重すべきで,国がとやかくいう問題ではない.
(2)専門職医療従事者の充実
〔内容〕専門職医療従事者が行える医療行為を見直す(一定の看護師は麻酔ができる).
〔解説〕専門分野の医師が不足しているなら,その適正な養成方策を考えるべきであって,他職種で代替えすることは許されない.このような考えは,医療の本質をまったくわきまえない考え方で,このような考えを持つ人たちが,医療の問題を討議していること自体が大問題である.
(3)遠隔医療の促進
〔内容〕対面によらない診療を,多様な場面での診療としても可能とする.
〔解説〕多様な場面への応用は可能だが,あくまで補完的診療であって,無診察診療は許されない.

7.医薬品に関する規制緩和
(1)医薬品に関する情報提供の推進
〔内容〕医療用医薬品に関する情報提供を推進する.
〔解説〕最初は,医療用医薬品の一般消費者に対する広告を禁止している通達を廃止するという内容であった.知識の非対称性等の観点から,患者(国民)に健康被害が及ぶ危険性があるとの理由で,安易な規制緩和に反対した.サプリメントによる健康被害は,その実例である.最終的には,情報提供の推進という内容に修正された.
(2)後発医薬品の使用の促進
〔内容〕後発医薬品使用を促進する.
〔解説〕最初は,先発品の商品名の処方でも,患者の選択で後発品の調剤を認めるという内容であり,処方内容は医師に責任があり,調剤は処方どおり行われるべきであるとの観点から反対した結果,後発医薬品使用の促進ということに修正された.
(3)医薬品販売に関する規制緩和
〔内容〕医薬品の一般小売店での販売規制をさらに緩和する.
〔解説〕安易に規制緩和して範囲を広げることは,国民に健康被害を与える可能性があるので,慎重に対処する必要がある.


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