日医ニュース 第998号(平成15年4月5日)
第108回 日本医師会定例代議員会 平成十五年三月三十日 会長所信表明 日本医師会 会長 坪井栄孝 |
本日は,第百八回日本医師会定例代議員会及び第六十一回日本医師会定例総会の開催をお願いいたしましたところ,お忙しいなかを早朝からご参集いただき,厚く御礼申し上げます.
本日ご審議をお願いいたします案件は,既にご案内申し上げておりますとおり,第一号議案の「平成十四年度日本医師会会費減免申請の件」から第六号議案の「日本医師会会費賦課徴収の件」,さらに第七号議案として「禁煙推進に関する日本医師会宣言(禁煙日医宣言)の件」と,緊急提案いたしました第八号議案「イラク戦争の即時終結を求める決議の件」の八つの議案でございます.
慎重なるご審議のうえ,ご承認賜りますようお願い申し上げます.
代議員会の開催にあたり,会務執行に関して所信を述べさせていただきます.
はじめに |
前回の代議員会において代議員諸先生から数多くの示唆に富むご提言をいただきましたが,それを踏まえ,日本医師会の会務執行の土台とすべき「三つの柱」を立て会務を行ってまいりました.
その一つは,会長として地域医療の実態を十分に把握し,全会員が情報を共有できる体制を構築すること,二つ目は,会内会外ともに積極的な広報活動を展開し,とくに会外的には攻めの広報を実行していくこと,三つ目は,医師会の自浄作用活性化の促進を図るということであります.
まず,早速,地域重視型の医師会活動を実践するために,全国各地において,各医師会ブロックとの「意見交換会」を実施させていただきましたが,相互理解を深めるという面で,たいへん大きな成果があったと思います.この件に関しては質問もいただいているようですので,詳細は質疑に譲りますが,平成十五年度も是非継続させていただきたいと思っております.
攻めの広報につきましては,今年の一月に日本医師会プレスネットワーク(JPN)を立ち上げ,各地域医師会,地方のメディア,国会議員の先生方等に積極的に情報を提供し,それらの方々を経由して,さらに広く国民に情報が浸透するというシステムを稼動させました.この四月から時事通信の記事も配信可能となり,パワーアップして本稼動いたしますので,多角的にご活用いただきたいと思います.
自浄作用の活性化につきましては,自浄作用活性化委員会を設置し,医師会としての自浄作用のあるべき方向についてご検討いただきました.その内容は,会員の意識の啓発に努めるとともに,除名や制裁等が必要と判断された場合は,当委員会が裁定委員会に進言すること,また,マスコミ等の誤った報道に対しては真偽のほどを当委員会が十分調査したうえで積極的に対応していくべき等の答申をいただきました.今後,この答申に沿って,具体的に実行していく所存でございます.
財務省との対決 |
さて,戦争の話を聞くたびに,世界唯一の原爆被爆国である日本の多くの国民は,持っていき場のないいらだたしさを感じていると思います.日医は,あらゆる武力攻撃に反対する姿勢を明確にしておりますが,わが国を指導する立場の方々も,敗戦体験を持つ日本国民の心のひだを感じ取って行動すべきです.
小泉政治のスタイルは,あらゆる面で「アメリカンイデオロギー感染症」に侵されており,決定にあたっては,自民党の意思よりアメリカの意向を,日本の専門家よりアメリカナイズされた学者や営利業者を優先する傾向を持っています.
ところが,小泉政権も一皮むくと財務省包囲網のなかに埋没しているのが実態で,小泉政権の中枢を司る経済財政諮問会議や総合規制改革会議のメンバーは,財務省の息のかかった,人の命よりも財政を最優先させる学者や民間人のみが起用されています.
欧米各国がアメリカ国債の保有を減らしているのに,日本だけはアメリカ国債をこの二年間で約五百億ドル,六兆円も増やしています.その結果,日本のアメリカ国債の保有高は,三千六百億ドル,四十三兆円.これは,わが国の一年間のすべての税収と同じくらいの大きさです.
また,日本国を持参金つきで外資に売り渡すことに余念がないと言われても仕方がない現実もあります.例えば,長銀はリップルウッドというアメリカの投資会社に三兆円以上の持参金つきで売り渡され,今度はあおぞら銀行がサーベランスに売り渡されます.そもそもこれらの売り渡し先は,ユニバーサルバンクですらありません.定見のないアメリカ追従の政策が,財政一本やりの聖域なき改革の流れをつくってきています.
このようななかでの日本医師会のこの二年間の闘いは,小泉政権にとりついた財務省を中心とする官僚システムとの闘いであったと総括することができます.
財務省の目的は,他の省庁と同じく,天下り先を拡大し,自らを太らせることにあります.国費による資本注入を使った銀行国有化策が本気で検討されたり,特殊法人等の独立行政法人化が進められようとしていますが,これによって生まれる国立銀行や国策銀行は,当然財務省OBの天下り先となるわけです.
財務省の管理医療から国民を守るために |
それにしても,これらのことをやるにはお金がかかるはずですが,この不況下で税収は増えませんから,お金の調達は簡単ではありません.そこで目をつけられたのが,社会保障費です.社会保障費は,日本の予算のなかでは,国債費や地方交付税交付金に次いで多額な支出項目です.国債費や地方への交付金は減らせませんから,そこで財務官僚が,その次に多い社会保障費を圧縮して,費用を捻出しようと考えても,何の不思議もありません.
ここで気をつけなければいけないのは,社会保障費の中でますます減らされようとしているのは,国民への給付費だということです.既に官僚のふところに入っている剰余金や,人件費等の管理費・補助金のようなものには手をつけようとはしません.
例えば,公的年金には,百五十兆円もの剰余金があります.これには手をつけないし,特別会計の中の事務コストにも手をつけないという構造です.
医療に関して言えば,財務省の作戦は,現状の自由な医療を管理医療にして,強制的に医療費を締め上げるという路線をつくろうと企てています.何を管理するかと言えば,国民の最も良い医療を受けたいという希望と,それに応えて最善の医療を提供したいという医師の願いです.この希望と願いを,私は医療における最善原則と呼んでいますが,この最善原則を踏みにじろうとするのが,管理医療です.
管理医療の代表的なものが,伸び率管理制度です.政府が,諸外国で既に実施している例があるとウソまがいのことまで言って,この導入を執拗にせまってきたことは,皆さんの記憶にまだ新しいと思います.
日医は,この阻止に全力を尽くしました.例えば,国会議員との早朝からの勉強会を繰り返し,伸び率管理制度の不当性を訴えました.勉強会に出席した議員の数は,四百十三名にも達しました.その努力の甲斐があってか,伸び率管理制度の導入は一応阻止されましたが,まだまだ油断はできません.その副作用もあって,その後も財務省はしつこく管理医療を導入しようとしています.
その一つが,一見,規制改革であるかのように装いながら,実はアメリカのH・M・Oのまねに過ぎない保険者の直接審査・直接契約という,保険者による医療機関支配の強化とアクセス制限です.この政策は,個人情報保護に係わる守秘義務が全く担保されず,実質的に実行不可能となったのはご承知のとおりです.ただ,地域限定的に行われる可能性がゼロとは言えませんので,引き続きその動きを監視する必要があります.
三割負担は,伸び率管理に代わる,最善原則に対する直接的な破壊政策であります.これへの対応は,これまで政府だけが抱え込んでいた財政について,日医が計算能力を完備して対抗してきました.これにより,官僚が最もいやがる剰余金や管理費の実態が表沙汰になってきました.政管健保の収支見通しについても,日医から対案を出し,比較検証を求めました.その結果,国会やマスコミ,地方議会に至るまで,政管健保に対する事実認識は,過去には全くなかったほど高まりました.政管健保への関心の高まりを突破口にして,これまで官僚しか知り得なかった,医療保険財政の全体像,社会保障財政,国の財政へと国民全体の関心を高めていくことこそ,この運動の本質です.したがって,この運動は,この三月で終わるわけではなく,継続的な闘いであることを,我々は深く認識する必要があります.
株式会社の問題はもっと悪質です.株式会社の参入に賛成する人々は,株式は国境を超えてどこにでも飛んでいくという簡単な事実を忘れています.自分が通っている病院が,いつのまにかアメリカの製薬会社の病院に変わっていたとか,ハゲタカファンドの病院に変わっていたとか,いつでもそんなことが起こり得るということです.病院は,遺伝子情報をはじめとする個人のプライバシーに係わる重要な情報を守っています.IT化された病院で,その情報がいつの間にか,例えばアメリカの製薬メーカーのもとに流れるということが起こり得ます.また,外資のマネー戦略は,五年で二倍になることを目標にしていますから,毎年三〇%の利益が増えなければいけないことになります.儲けたお金は,配当金の形で他の国に自由に飛んでいきます.このようなマネーゲームに医療が使われていいはずがありません.このことが,我々が株式会社の参入に反対する本質なのです.
医療は,国民に対する安全保障の一環であり,株式会社参入に賛成する人は,お金のためなら患者や国民の命のことなど気にも留めない,国家観のない人々であるということです.
一方,建設的な提案の面では,我々は勝利を収めつつあります.
高齢者医療制度につきましては,「独立型」ということで決着が図られました.どのマスコミも書きませんが,平成十年九月に提案した日医案にオリジナリティがあるのは明らかであります.
診療報酬体系の見直しにおきましても,医療提供コストを適切に反映した体系,説明可能な体系の構築を目指し,本会が平成十一年二月に公表・提案いたしました「診療報酬体系改革に関する中間提言」に沿った改革を実現すべく,タフな折衝を継続してまいりました.その結果,自民党と連携して,ほぼ主張を通すことができたのではないかと思います.
診療報酬のマイナス改定と自民党との確認書 |
昨年の診療報酬マイナス改定が,経済不況と複雑にからみ合って,大きな打撃を会員の皆様に与えてしまったことにつきましては,深くお詫びいたします.
診療報酬の動向は,二回にわたり緊急レセプト調査を行いました.経営の動向は,昨年十月分について緊急医業経営実態調査を実施し,データの集積と分析を行い,実態を広く広報しました.得られたデータにもとづき,中医協の場で堂々と議論し,再診料の逓減の廃止を成し遂げようとしています.
このような支えの一つになったものに,政党との「確認書」による政策協定があります.
日本医師会は,政党との政策の交渉において,ある結論に達した場合,「確認書」という形で政策協定を文書化することを習慣としております.マスコミの一部では,そのことを捉えて不透明であるとか,密室であるとか批判する向きもあります.また,会員からも,確認書の内容は実行されないから意味がないという声もあります.しかしながら,よくよく考えてみるとロビーイング活動を否定する人はいないでしょうし,その結果としての政策協定を文書に残すことに反対する人もいないでしょう.日医の場合は,文書を必ず公開しておりますので,不透明とか,密室とかの指摘も当てはまりません.
最近,政治システムの新しいあり方として,何を,いつまでに,どういう形で実施するのかという,政策プログラムを国民に明示する「マニフェスト」の作成に注目が集まっています.日医がこれまで政権与党と交わしてきた確認書には,いずれも,今後の医療政策の方向性,目標が書き込まれており,ある意味,医療専門団体である日医と政権与党の手による医療版マニフェストであり,世の中の流れを先取りしているとも言えると思います.問題があるとすれば,その内容です.
私は,昨年七月に自民党の麻生政調会長と政策の協定をいたしまして,確認書を交わしました.その内容は,医療関係法の改正についてのものです.既に公開しておりますので,皆さんもよくご承知のことと思います.項目は診療報酬,高齢者の高額医療費償還払い,健保本人の自己負担三割問題,医療改革の四点です.
診療報酬に関することとして問題だと思われたのが,手術料の施設要件ですが,これについてはマスコミの皆さんの応援もあり,既にほとんど実害のない線で措置済みです.もう一つは再診料をはじめとする整形外科関係の点数のあり方でしたが,これにつきましても中医協における議論の末,再診料逓減制の廃止が決まりました.
二番目の高齢者の高額医療費の償還払いについても,議員の先生方やマスコミの後押しで,ほぼ適正化されつつあります.
三番目の健保本人自己負担三割の問題では,坂口厚生労働大臣から「状況が変われば見直す」という国会答弁を引き出しました.しかしながら,状況が変わっても,政府や厚生労働省はいっこうに見直す素振りを見せませんでした.
これに対し我々は,会員の先生方の絶大なるご協力を得て,中央におけるロビーイング活動,全国紙,地方紙への意見広告の掲載,街頭や医療機関窓口におけるビラ配り,地方議会への請願など,今日まで反対運動を粘り強く実施してまいりました.また,経済不況による受診の落ち込みや,二・七%の診療報酬引き下げによって,政管健保の収支が大幅に改善する見通しであることを明らかにし,三割負担を導入しなくとも財政破綻を回避することができるということを,様々な機会を捉えてアピールしてまいりました.
その過程において,会員の先生方から「勝てない勝負はするな」とお叱りを受けたこともございました.しかし,新しく創設される高齢者医療制度に関連して,自民党の医療基本問題調査会と厚生労働部会の連名で,厚生労働大臣に対して,自己負担率を後期高齢者は一割,前期高齢者は二割とするよう申し入れが行われました.厚生労働大臣からは,「貴重な意見と重く受け止める.早急に合意を得たい」との回答がありました.前期高齢者は三割負担となるところでしたが,国保,健保共通に二割の負担でよくなるわけです.部分的な勝利かもしれませんが,これは,各地における日医会員各位の道理を貫く地道な活動の賜であります.
医療改革にあたっては,国民本位の改革を実現するために,成案づくりの作業が継続されています.
以上,ご説明申し上げたとおり,確認書に書き込まれた内容を,自民党も空手形に終わらせることなく,実行に移していただいております.こうした経緯を振り返ってみると,文書に残すことの効果がそれなりに表れているといえるのではないでしょうか.先に述べたように,現在,各政党が国民への公約としてマニフェストを作成する潮流ができつつありますが,私はこれを大いに支援したいと考えています.
社会保障概念の転換を求める |
政府があの手この手を講じているのにもかかわらず,デフレに歯止めがかかる兆しはなく,リストラを苦にした自殺は増え,少子化の勢いは止まることがありません.その原因は,国民の「自分達の安全が期待するほどには保障されていないのではないか」という不安がますます大きくなっているからです.
そもそもわが国の安全保障体制は,歴史的な経緯から国土の安全保障を他の国に頼らざるを得ない宿命を負っています.その分,人間としての安全保障である社会保障が充実していなければ,国民の不安は解消されません.
社会保障が存在する究極の目的は,個々の国民が心身ともに健康で働くことを通じて,生き生きとした社会や経済システムづくりに貢献することにあります.この社会で働くことを支えるのが,「医療」「教育」「年金」「雇用保険」「生活保護」といった社会保障制度です.
この世に生を受け,医療によって生命の安全保障を得つつ,教育によって社会生活や労働の能力を培います.それによって就労が実現しますが,社会に出た後,一時的に失業した際の助けになるのが「雇用保険」です.それでも失業状態が続く場合は「生活保護」が支えます.年金は,働く機会を若い人に譲り渡す対価です.年金で老後の生活を維持しつつ,死を迎える準備をすることになります.命の終わりの段階を支援するのが「介護」です.
社会保障は,このような,人のライフサイクルを支える社会的共通資本なのです.この社会的共通資本は,国家安全保障の主要部分として,国の責任できちんと整備されなければなりません.
さて一方,社会状況は刻々と変化し,技術革新は目覚しいスピードで進みます.社会保障も,こうした変化を先取りする形で常にリニューアルされるべきですが,現実にはそう簡単に完結できるものではありません.どうしても「理想」と「現実」の間にタイムラグが生じます.
このタイムラグは,国民が自らの資本を投じて埋める以外にありません.国民自らが蓄えた資本のことを「自立投資」と名づけています.社会的共通資本である「社会保障」と「対」になる私的資本の概念と考えていただきたいと思います.自立投資の概念は,社会保障全般に適用されますが,ここでは医療に限定して考えることにします.自立投資は,社会的共通資本であるしっかりした公的医療保険の存在を前提としていますので,まず公的保険の位置づけを明らかにしたいと思います.
わが国の公的医療保険は,国民の日常生活に必要な医療の範囲を幅広く担保していますが,まだまだ不十分です.例えば,予防医療の給付を拡大していく必要があります.その一方で,入院時の通常の食事の給付を行う必要があるかどうかについての検討もするべきです.
給付の方法は,命の平等を担保するという観点から,現物給付を維持しなければなりません.この基本方針に沿えば,現在はあいまいな取り扱いになっている健康保険の家族療養費も,現物給付として明確に位置づけ直す必要があります.また,特定療養費制度における現金給付は,そのほとんどが差額ベッド代であり,世間でいわれるほど幅広く機能しているわけではありません.むしろ,選定療養として無原則に拡大され,命の不平等を生む弊害の方が大きいので,社会保障の観点から療養の給付の定義を見直したうえで,廃止すべきです.
自己負担は,国や事業主の負担を家計に付け替える財政的手法として,年々拡大する傾向にあります.自己負担を「受益者負担」として正当化する意見もありますが,医療保険においては患者は「受難者」です.だれも病気になりたくてなるわけではないからです.労災保険や自賠責保険ですら,自己負担という考え方はありません.したがって,公的医療保険における自己負担は,縮小・廃止していかないと,社会保障としては十分とはいえません.
以上のような方策を取り,社会保障としての公的保険を強固にしても,こぼれ落ちる部分が出てきます.
その代表例は,臓器移植や遺伝子治療,再生医療や生殖医療のような医療技術としては実験的段階にあるものです.このような医療技術は,将来は保険から給付されるようになるとしても,その時には,また別の実験的な医療技術が発生しています.これが社会保障と技術革新の「タイムラグ」です.
この部分については,公的保険に頼らず,自らの備え,すなわち「自立投資」で対応しなければなりません.そのためには,国民も,国の足らずじまいに自力で備えるという意識改革を行う必要があります.私たちは,アメリカのケネディ大領領が就任演説の際,アメリカ国民に呼びかけた「国家があなたのために何をしてくれるかではなく,あなたが国家のために何ができるかを問おうではないか」という言葉を,ここで思い起こすべきなのです.
国は,国民がこのような思想を実践していけるよう,税制などの環境整備を進める必要があります.
そうはいっても,物理的に自立投資の備えが不可能な人もいます.こうした人たちに実験的医療が必要になった場合のシステムづくりも,今後考える必要があるでしょう.
日医生涯教育事業の意義 |
さて,医療が,社会保障のなかの生存の安全保障機能として正常に機能するためには,患者さんに提供する医療の質の保証をいかに行っていくかということが,極めて重要になってきます.
一つは,医療水準の保証として,安全度・患者満足度を上げていくということが重要になります.
昨年,日医総研が行いました医療に関する国民意識調査によりますと,今の日本の医療機関を安全だと考えている患者さんは五七%に過ぎません.一般国民はさらに低く四八%,医師ですら六一%でした.このデータを改善するためには,「診療に関する相談窓口」の設置促進や機能の強化,医療安全推進者の養成など,具体的方法のスピードアップを図って,安全度の向上に取り組むことが必要です.
医師はどちらかというと,アウトカムの評価に気を奪われがちです.日本の医療のアウトカムの良さは,世界的にも高く評価されています.患者さんの八八%,一般国民の七六%が,総合的にわが国の医療に満足していると答えており,患者満足度もまずまずの水準にあると思います.しかし,個々の患者さんに対して,個別性のある医療が提供されているかについては,患者さんの六六%,国民の三八%しか満足していません.これからは,患者本位の医療を提供するため,患者個々の治療のプロセスについても高い満足度を追求していく必要があります.
そのために,医師の品質保証としての生涯教育を,ますます充実させていかなければならないということが,二つ目の課題です.現在でも,日医の生涯教育講座の受講者は,十万人を超えています.これをすべての医師が受講する魅力あるものにしていかなければいけないということです.
国民が,医師が何を勉強しているか知らないことにも留意しなければなりません.医師と患者の信頼感を高めるためにも,それらのことをわかってもらえる仕組みづくりが必要になってきます.見せかけでない,充実した生涯教育システムを,知恵を寄せ合ってつくっていくことが必要です.
IT化による品質保証 |
事務管理の品質保証として,IT化を推進していかなければなりません.先のアンケートによれば,医師が真っ先に改革して欲しいことのトップは,医療以外の事務作業の軽減でした.それほど,現場の医師は,多くの業務と複雑な事務処理に悩まされています.オープンソース方式のオルカプロジェクトを,日本医師会のIT化の中心に据えて,IT化による事務処理の軽減というテーマに取り組んでいくべきだと考え,実現に向け努力しております.
平成16年度診療報酬改定 |
さて,来年は診療報酬の改定が行われます.先ほど述べましたように,すべての医療機関が経営面で苦しんでおります.困難なことではありますが,医療提供体制の再生産を確実にするための診療報酬改定に,日医の総力をあげて粛々と取り組んでいかなければなりません.
そのための行動原則として,
○最善原則が阻害されない診療報酬であること
○雇用と経営の防衛が可能な水準であること
○データにもとづいた論議をすること
これを常に念頭に置きながら,政策の実現に向けて前進する所存であります.
国際関係事業について |
最後に国際関係の事業に触れます.ネパール医療援助事業及びハーバード大学公衆衛生大学院との共同事業である武見プログラムは,順調に目的を達成していると考えております.今後,さらに継続しつつ,事業の充実を図っていきたいと考えております.
また,世界医師会におきましては,昨年十月のワシントン総会で,日本医師会が提案した「高度医療技術と医の倫理に関する世界医師会宣言」並びに「患者の安全に関する世界医師会宣言」の二つの世界医師会宣言が採択されました.このように,日本医師会の提言が世界医師会の宣言として公表されたのは,初めてのことです.
さらに,先般,京都で行われました第三回世界水フォーラムの折,日本医師会が提案した決議案を,今年はヘルシンキ総会に「水と医療に関する世界医師会宣言」として,提出する予定になっております.
おわりに |
以上,これからの会務執行にあたり,抱負を含め,所信を述べさせていただきました.
国家安全保障としての社会保障の位置付けを確立するため,政策決定当事者の一人として,日本医師会が果たすべき役割は極めて重大です.
この役割を果たすためには,代議員諸兄並びに日本医師会会員各位の深いご理解が不可欠です.
この場をお借りして,あらためて執行部に対する強力なご支援を衷心よりお願い申し上げ,ご挨拶といたします.
ご清聴ありがとうございました.