日医ニュース 第999号(平成15年4月20日)
第26回日本医学会総会 |
「人間科学 日本から世界へ―21世紀を拓く医学と医療 信頼と豊かさを求めて―」をテーマとする本総会は,600題を超える講演,シンポジウム,学術集会等で構成された.ここでは,そのごく一部を紹介する. |
特別シンポジウム 日本の医療の将来 |
現在の日本の医療界で中心的な役割を果たす演者が集まり,討議を行った.
坂口力厚労相は,医療改革の基本方針について,また,医療財源の確保のためにも医療の透明性を高める必要性を説いた.
下村健健保連副会長は,日本の医療はまだ患者中心にはなりきれていないことや保険者機能や保険料の問題について言及.
坪井栄孝会長は,社会保障こそが富国の本幹であり,年金は若い人に仕事を譲る対価であること,サービスが平等な医療のために皆保険制度を堅持すべきと強調した.
経団連の西室泰三氏は,同じ病名で医療費に大きなバラツキがあり,過剰,過少の医療が行われているおまかせ医療を,患者本位の選択性のある医療にすべきと主張し,南裕子日本看護協会長は,看護師は“まちの保健室”として相談機能の充実,在宅での看取り医療に力を注ぐべきと説いた.
森亘日本医学会長は,安全文化のためには,根底に教養が必要であって,良き医療集団となるために自浄するか,時流に流されるか別れ目の時であることを,また,山本文男全国町村会長は,フリーアクセスの保持のため皆保険制度の堅持,保険の給付と負担のバランスについて述べ,医療へき地を作ってはならないことを要請した.
以上のシンポジウムを聞いて,秋山洋日病会長,尾形裕也九大教授,李啓充前ハーバード大学助教授から発言があった.
司会の杉岡洋一会頭からの提案で,医療費財源のディスカッションが行われた後,竹嶋康弘福岡市医会長の指定発言があり,熱心な討議は,閉会式の“福岡宣言”として集約された.
シンポジウム 医療費の負担は誰がするのか |
医療費を取り巻く環境が大きく変化している今日,本シンポジウムは,その経済的課題を考え,解決策の方向性を明らかにすることを目的に開催.四名のシンポジストの講演要旨を記す.
(一)池上直己氏(慶応大学教授)
患者の要望は,金に糸目をつけずに最高の医療を受けることであり,国民は低い保険料と税負担を求める.患者・国民の対立の解消策は,社会連帯か自助かに行き着くが,私的保険の拡充,混合診療の導入は日本の現状からして難しい.
(二)鴇田忠彦氏(一橋大学教授)
医療費の負担配分は,結局,患者,被保険者,税を納める国民の三者にどう負担させるのかという問題である.公的保険給付範囲の縮小化に向け,従来の発想を転換して,私的保険の役割を検討する時期に来ているのではなかろうか.
(三)木安雄氏(九州大学大学院教授)
医療費の負担問題は,これまでの議論の延長線上での合意形成が難しく,もはや公的保険のみでの財源確保は困難.従来の公的保険に加えて中間的連帯保険や民間保険の導入が避けられない.
(四)飯野奈津子氏(NHK解説委員)
医療費の使途の透明性を図り,無駄をなくして質の高い医療を実現すれば,国民は納得して負担する.その際考えなければならないのが負担の公平性.国民に選択肢を示して議論を始めることが必要である.
今世紀の「がん」への挑戦 |
「人間科学 日本から世界へ 二十一世紀を拓く医学と医療 信頼と豊かさを求めて」を基本理念とする第二十六回総会は,「がん」への企画にも反映された.
特別講演は三題,がん研究の枠組と矛盾についてを国立がんセンターの杉村隆氏が,また,がん患者の速やかな社会復帰を目指した放射線治療を兵庫県立粒子線医療センターの阿部光幸氏が,そして,二十一世紀のがん予防についてを愛知県がんセンターの富永祐民氏がそれぞれ講演した.
同じく,この理念に基づく五つの柱,柱一「二十一世紀医学・医療の使命」においては,がんの解明と克服,柱二「人間科学と医学」では,死を前提とした健やかな生存・終末医療,柱三「医療の改革を目指して」,柱四「医学・医療の進歩を世界へ向けて」,また,柱五の「医療フロンテイア」では,個々のがんを何でどこまで治せるのか,遺伝子異常から発する発がんの仕組み,がんのシグナル伝達,浸潤と転移,免疫などに関わる遺伝子,それらが産生するたんぱくの役割,そして,遺伝子診断・治療,予防等―と多岐にわたり,演者らが現況と今の取り組みについて講演した.
正常細胞が,老化,遺伝,化学物質,放射線,微生物などの種々の原因で変異し,分化,増殖の過程を経て生命を死に至らしめるがん.そのがんへの二十一世紀の挑戦は,がんの休眠療法や,がんとの共存,生きとし生けるものは皆死ぬなかでのがんに対する意識の醸成など,単なるがん克服だけでは解決できない課題も浮き彫りにされた.新たなチャレンジがこれからも続く.
増えている前立腺がん ―前立腺がんの診断・治療の最前線― |
わが国における前立腺がんは異常な速さで増加している.これに対して,将来の展望・戦略を明らかにするために,慶応義塾大学泌尿器科の村井勝氏と古武・大谷診療所の古武敏彦氏の司会で六名の専門家によるシンポジウムが開かれた.
はじめに,前立腺がんの特色を分子疫学的に解析したのは,京都大学大学院泌尿器科学の小川修氏である.前立腺がんにおいては,年齢,人種,家族暦の三つの要因が問題となると発表した.
次いで,群馬大学医学部泌尿器科学教室の山中英壽氏は,主に群馬県で実施された前立腺がん検診の結果をもとに,スクリーニングの進歩について講演した.
東海大学医学部泌尿器科の寺地敏郎氏は,「手術療法―内視鏡手術は解放手術をこえるか」と題して七十六例の手術の経験をもとに講演した.
筑波大学大学院腎泌尿器科学の赤座英之氏は,「ホルモン療法の問題点と今後」と題して講演し,いまだ標準的治療体系と呼ばれるものはないと述べた.岡山大学大学院医歯学総合研究科泌尿器病態学の公文裕巳氏が,「遺伝子治療―基礎から実地医療へ―」と題して,岡山大学で行っている自殺遺伝子治療臨床研究は,日本で唯一実施されているものと述べた.
最後に,香川医科大学泌尿器科の筧善行氏が,「前立腺がんの治療アウトカム評価の指標としてのQOL解析の意義と展望」と題して,前立腺がんの治療の進歩と選択肢の幅が広がったことにより,医療成果を評価する重要な因子として,患者のQOLが注目されると述べた.
IT時代の患者プライバシー |
この会場では,IT時代の医療情報のテーマで六題の講演が行われたが,これはそのうち一番目の講演.
演者は,広島大学医学部付属病院医療情報部の石川澄氏.座長は,名古屋大学大学院医学系研究科高次医用科学・医療管理情報学の山内一信氏.
E-Japan戦略のもと,電子カルテの導入が活発である.医療の現場で,ITを使うことが目的であるかのような錯覚が危惧される.ITの優れたところを道具として使い,今までにできなかった医療の展開が求められている.当面の十数年は,遺伝,免疫あるいは再生医学などの高度医療技術の発展によって,多くの病が克服できる期待がある.それらは,情報を礎としており,大量高速処理技術の進歩は,それらの社会的な成果評価や予知予防にも寄与することに異論はない.
一方で,医療情報の基は患者情報でもある.患者は,生命の危機,病による生活上の不都合や終末の苦痛不安を回避するため,医療者に期待をかけてプライバシーを曝け出す.われわれは医療専門職として,「患者情報はだれのものか」を翻り,医療情報倫理の側面からも,従来のOAの枠組みを超えた情報活用を担保する医療機器としての安全性を確立しなければならない.
このほか,この会場では,電子カルテおよびその環境,医療情報,診療情報開示等に関する問題点あるいはIT時代での医師患者関係や看護などに関しての講演が行われた.
医学会総会公開展示 |
第二十六回日本医学会総会では,四月二日から八日まで,学術展示,公開展示が福岡ドームなどで行われた.
全体の会場構成は,第一展示:人間を科学する,第二展示:支え合う暮らし,第三展示:共生の未来へ,第四展示:コミュニティー・ドーム―の四つに分かれ,日医は第三展示場に設置スペースを設けた.
日医では,「メディカル情報プラザ〜一緒に考えよう!生命と健康〜」をメインテーマに,ゾーン一「安心な医療環境を創るために」,ゾーン二「健康・生命の大切さを考えよう!」,ゾーン三「日本医師会ってなあに?」の三つについて,展示を行った.
ゾーン一では,「国民が安心できる医療制度をつくるために―パネル展示」「医療のIT化紹介」を行った.
ゾーン二では,「生命を見つめるフォトコンテスト入賞作品展示」「ネパール医療協力プロジェクトパネル展示」「心に残る医療冊子配布」「みんなで守ろう.みんなの健康!パネル展示」などを設置.
ゾーン三では,「Q&Aカウンター(白くまのぬいぐるみを設置)」「ホームページ探索コーナー」「ビデオ映像の紹介(こころの健康,子どもとたばこなど)」を行った.
休日には,多数の来場者があり,白くまとの記念スナップに行列ができた.
痴呆の解明・痴呆の克服 |
まず,「痴呆の解明」をテーマに,井原康夫氏(東大神経病理),田平武氏(国療中部病院長寿研究センター)の司会のもと五人の演者が講演.
岩坪威氏(東大臨床薬理)は「プレセニリンの生化学」と題して,柳澤勝彦氏(国立長寿医療研究センター)は「コレステロールとアルツハイマー病」と題して,岩田修永氏(理化学研究所)は「アミロイドβペプチド代謝とAD」について,高島明彦氏(理化学研究所)は「FTDPトランスジェニックマウス」について各々基礎的研究から得られた結果や知見について報告し,最後に荒井啓行氏(東北大老年内科)は「老年期痴呆症の臨床Biomarker」について,臨床的検討から得られた知見を報告した.
次に,「痴呆の克服」をテーマに,武田雅俊氏(阪大医学系研究科),中島健二氏(国立舞鶴病院神経内科)の司会のもと,まず武田雅俊氏は「ADの治療戦略」と題して,家族性AD研究の知見を踏まえて,生化学的診断マーカーや治療薬の開発がなされていることを紹介,今では予防を目指した研究も進展しているとした.
次に,堂浦克美氏(九大脳研病理)は「プリオン病の治療戦略」として,プリオン病の病原因子は,脳内に沈着する異常型のプリオンたんぱくであり,プリオン病の治療戦略の中心はこれの生成阻害であるとしてその研究の現況を紹介.小林祥秦氏(島根医大内科)は「血管性痴呆の治療戦略」として,早期発見のためには記憶検査だけではなく,Zungの抑うつ度スケールや前頭葉機能検査が有用であること,原因として高血圧が最も重要であり,ACE阻害薬による治療が血管性痴呆への進展予防に有用であるとした.中島健二氏(国立舞鶴病院神経内科)は「痴呆の危険因子・予防からみた治療戦略」で,ADと血管性痴呆には共通の危険因子があるとし,高血圧症,糖尿病,高脂血症などのADの発症,増悪への関与を思わせる知見があることを紹介.
最後に,岩田誠氏(東京女子医大脳神経センター)は「神経心理から見た痴呆の治療戦略」と題して,痴呆の定義のなかの記憶障害について解説し,特に痴呆患者においては作業記憶に関与する感覚情報の強化が有用であり,そのための絵画療法,音楽療法の有用性について説明した.
発生分化 |
発生学は元来医学の一分野として発祥したが,十九世紀後半から無脊椎動物,両棲類を研究材料に用いることより生物学の一分野として確立し,医学とはやや離れた位置にあった.二十一世紀に至り,分子遺伝学,細胞生物学等の発展により,特に,最近の胚性幹細胞(ES細胞,EG細胞)の株の樹立は,再生医療の主要な材料として医学との解逅をもたらし,医療技術の新分野として発展の中核となりつつある.
(一)「生殖細胞系列の発生分化」(中辻憲夫氏)―ヒトES細胞の樹立と供給および研究利用に関するさまざまな問題,(二)「哺乳類全能性細胞・生殖細胞における遺伝子発現の研究」(阿部訓也氏)―分化における遺伝子の発現パターンおよびクロマチンの核内分布の変化,(三)「ほ乳動物初期発生とその制御」(相沢慎一氏)―脳の発生におけるOTX等の遺伝子の発現を通し,シュペーマンのオルガナイザーを分子遺伝学的に意味づける研究,(四)「X染色体不活性化と初期発生」(高木信夫氏)―X連鎖遺伝子異常が原因の障害発現の性差の機構,(五)「インプリンティングの調節機構」(向井常博氏)―マウス七番F五遺伝子座のインプリンティングについての研究,(六)「発生分化研究におけるモデル動物」(中山啓子氏)―ES細胞を用いて作製する変異マウスから体,臓器の大きさを規定するメカニズムの研究―の六演題が行われた.
突然死をいかに減らすか |
平盛勝彦氏(岩手医科大学医学部第二内科),三田村秀雄氏(慶応義塾大学医学部心臓病先進治療学)の司会,河村剛史氏(兵庫県立健康センター),金弘氏(船橋市立医療センター・救命救急センター),野々木宏氏(国立循環器病センター内科心臓血管部門)のシンポジストで開催.予定されていたシンポジスト一名の欠席にて,司会者二名もシンポジストに加わる.
毎年,およそ八万人が突然死で死亡しており,突然死の半分が心臓疾患によるもので,日本で毎日百人が亡くなっている.この悲劇を減らすために,さまざまなアプローチがこれまで試みられてきた.そのような努力にもかかわらず,実際に救命される症例は依然として数%のレベルに留まっている.
しかし,一部の施設や地域からは,この数字にはまだ改善の余地のあることが示唆されている.その改善のほとんどは病院に収容される前の手当によって決まる.そこには医師がドクターカーで,あるいは救急救命士が救急車で駆けつけるというアプローチもあれば,現場の第一発見者による心肺蘇生術が鍵となる場面も少なくない.市民がどこまで救命に貢献できるか,また,それをどのように普及させるかは重要な課題である.
なかでも,ガイドライン二〇〇〇によって強調されている現場での速やかな除細動を,日本でも早急に推進する必要がある.心室細動は,住民が救える唯一の心臓病であるといえる.
医学部学生企画 |
九州大学,久留米大学,福岡大学,産業医科大学を主務機関として行われた医学会総会で「医学部学生企画」が取り上げられた.医学生が,自らの問題と考えるテーマに積極的に取り組み,それを発信することの意義は大きい.
百年の歴史ある医学会総会で正式のプログラムに医学部学生企画が取り上げられるのは初めてである.
テーマは,(一)二十一世紀の医療―ブラックジャックよさようなら,(二)ヒポクラテスの樹の下に―これからの理想の医師像を求めて,(三)がけっぷち小児医療―危機からの出口はどこに,(四)利根川進先生を囲んで―これからの脳科学の可能性,(五)若者からの提言―性教育の転換を目指して,(六)卒後研修制度を考えるなど,どのテーマも学生ならではのとらえ方をしている.そして,支援教官,市民医療関係者などさまざまなアンケート調査,病院や診療所の医師,医療を取り巻く広い分野での視点で,医学生という切り口から鋭く現状を分析し,未来に向けチャレンジしていく情熱が強く感じられた.
なかでも,おもしろいのがマンガを題材にした企画であり,本の編集者を呼び,「インフォームド・コンセント・医学教育・診療時間について」などをテーマに真剣な検討がなされたのが注目された.これからの医師会の方向性を考えるうえで,大いに参考となった学生企画といえる.