日医ニュース 第1001号(平成15年5月20日)

視点

国家がまもるべきもの
―有事関連三法案と特区―

 小泉内閣が今国会で是が非でも成立させたい法案が,いわゆる「有事関連三法案」(武力攻撃事態対処法案,安全保障会議設置法改正案,自衛隊法等改正案)である.二年前の閣議決定以来,さまざまな理由で成立が見送られてきたが,イラク戦争に続く北朝鮮問題を追い風にして,一挙に成立させたいというのが内閣の本音である.
 武力攻撃事態対処法(武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)の総則には,次のように謳われる.「国は我が国の平和と独立を守り,国土並びに国民の生命・身体および財産を保護する固有の使命を有することから,国全体として万全の措置が講じられるようにする責務を有する(第四条)」.まさしく正論であろう.第二十二条では,国民保護法制(国民の生命等の保護,国民生活等への影響を最小にするための措置)として,保健衛生の確保等に関して,医療関係者に協力を求めている.さらに,第二十三条では,二年以内に国民保護法制を整備することを付帯条件とし,医療関係者等に対する医療の提供と医療施設の確保を義務づけている.
 翻って,同じ内閣官房・特区推進室の掲げる総合規制改革会議とりまとめでは,国民の生命・身体・健康や,公序良俗といった社会秩序や倫理規範をも規制緩和の対象,経済浮揚効果への手段である,と高らかに謳う.「国民の生命,身体」の認識に対して,同じ内閣官房の見解が,こうまで大きく乖離が生じるのは尋常ではない.
 ことは有事であるからとか,特区という限られた地域だから,というその場の条件によって,「国民の生命・身体を保護する」という国家最大の使命に対する認識が変遷する国などあり得るはずがない.
 「医療界や関連省庁の断固反対を押し切って,国民の生命・身体すら経済浮揚の駒として使おうという決断をした内閣が,舌の根も乾かぬうちに,国家たるものを語る資格はない」
 厳しい批判が医療者の間に鬱積している.特区を巡る一件で,医療界の内閣に対する不信感は決定的で,国民保護法案にいう円滑な医療提供などとうてい期待できない.ただでさえ国際紛争に際しては,ジュネーブ条約や世界医師会声明(武力闘争時の医の倫理)に明確に謳われているように,医療者には極めて慎重な対応が要求されている.内閣官房は一刻も早く,有事関連法案における「国民の生命や身体および財産を保護する国の使命と責務」についての軸のぶれない説明責任を果たす必要がある.


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