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第1003号(平成15年6月20日) |
青柳俊副会長に聞く
「混合診療」の導入は皆保険体制崩壊を招く

日医の医療政策会議(議長:黒川清東海大総合医学研究所長)は,先ほど,「混合診療についての見解」をまとめ,わが国における医療のあるべき姿を追求した.担当の青柳俊副会長にその内容について解説してもらった.
Q1 医療政策会議が,「混合診療についての見解」をまとめた理由と,論議の前提の公的医療保険給付制度をご説明いただけますか?
「混合診療」は,その本質が十分に理解されることなく,言葉だけが一人歩きしています.
この議論は,保険給付システムの根幹を成す「現物給付制度」のあり方に直結する重大な問題です.まずは,現行給付制度とそのなかでの「混合診療」の本質について理解し,公的保険給付のあるべき姿を踏まえて議論すべきと考え,その見解をまとめました.
この制度の優れた特徴は,患者のフリーアクセスです.これを支えるのが国民皆保険体制と,健康保険法第六十三条にある「現物給付」制度です.
これは,保険者が被保険者に「療養」を現物で給付し,その費用を保険者と,当該医療を提供した保険医療機関との間で,公定価格に基づいて清算するシステムです.これに対し,現金給付制度は,被保険者と医療機関との間で費用の全額が精算され,保険者は被保険者にその一部を現金で償還するシステムです.
現物給付システムにおいては,制度の理論上,医療保険と医療保険以外の費用が混在することはあり得ません.「混合診療」の概念の本質は,保険給付(一部負担金を含む)と保険外の患者負担との混合,すなわち「費用の混在」を指すのです.
Q2 それでは,「特定療養費制度」は,「混合診療」ではないのですか?
特定療養費制度とは,国民のニーズの多様化や医療技術の進歩等に対応するため,一定のルールのもとに保険診療と保険外診療の組み合わせを認めたものです.昭和五十九年に制度化され,「高度先進医療」(七〇種類)と,いわゆる差額ベッドなどの「選定療養」(十二種類)に適用されています.
現在,相当拡大解釈されており,結局,保険財源をできるだけ縮小し,患者負担を増大させていることになっています.
「混合診療」を認めない代わりに,特定療養費制度を拡大すべきだという考え方がありますが,これは,医療の本質論を置き去りにした財政論的見地からのみの議論に終始し,患者負担を増加させることに落ち着くだけです.結果として,公的保険の基本を離れて,現物給付制度の崩壊を招くことになります.
Q3 「混合診療」は各方面で論議されていますが,どのような背景があるのでしょうか?
「混合診療」容認論は,大きく分類すると,次のように整理できます. (一)規制緩和の一環としての「保険診療と保険外診療との組合わせの自由化」による消費者の選択肢拡大
(二)医療費(保険給付費)抑制を目的とした公費支出の抑制(実質的患者負担増→受診抑制→医療費のコントロール)
(三)日本で認可されていない技術や医薬品の使用
(四)個々の医師の技術水準等に比例した上乗せ評価の必要性
(五)不適切な保険外負担の実態の解消
特に,(一)は一昨年来,経済財政諮問会議や総合規制改革会議を中心に展開されてきた論理です.しかし,政府サイドには,(二)に示す公費支出の縮減や医療費のコントロールという本音が隠されています.
わが国の医療費を対GDP比で国際比較すると,人口の高齢化率等,医療費の自然増の要因を考慮すれば,その規模は相対的に低いといえます.相対的に低い医療費で公平・効率的な医療を提供し,世界一低い乳幼児死亡率,世界一の長寿国達成など,国際的には評価されています.
ただでさえ,健保法の一部改正により,患者負担が増大しています.これ以上,患者さんの負担増によって医療費抑制を図らなければならない客観的理由は希薄です.医療費の伸びを抑制する必要性があるのなら,医療提供体制や診療報酬体系のあり方を見直すなかで,制度論的アプローチをすべきです.
ここでは,紙面の都合上,(一)だけ検証しましたが,「混合診療」容認論には別の適切な対応策があり,極言すれば,国民皆保険体制と現物給付制度を変えるだけの必要性があるとは思えません.
Q4 「混合診療」が及ぼす影響としては,どのようなことが考えられますか?
「混合診療」導入が,患者負担割合を増大させても,長期的には,需要が縮小するとは考えにくい.医療が生命・健康に直結する以上,患者さんは費用を負担し得る限り,技術進歩と高い質を望み,医療提供者は新技術による高レベルの医療の実行を望むからです.
所得に余裕のある人は,私的保険を求めることが予想されます.しかし,傷病に罹患している人や,傷病に高いリスクをもつ人は,加入制限を受けるか,高い保険料を課される可能性が高く,医療を真に必要とする人が,保険に加入できないことになるのです.ここに,私的医療保険が公的医療保険に取って代われない根本的な理由があるのです.また,患者さんの多様なニーズに対応すれば,医療提供コストは増大し,公的医療保険財源に余裕がなければ,民間保険(自由診療)部分の価格は上るわけです.
このように,「混合診療」が導入された場合の影響は計り知れないものがあり,それが日本の医療を誤った方向へ導くことになるのです.
Q5 最後になりますが,医療政策会議としての見解をお聞かせください.
先に述べたとおり,「混合診療」の導入は現物給付制度の否定に他なりません.そして,現物給付の否定は,公的医療保険給付の縮小をもたらし,必ずや患者負担の増大につながります.
患者負担の増大は,経済力格差による医療の差別化を派生させます.国民皆保険体制という優れたシステムで守り続けてきた公平性,平等性は,現物給付制度の崩壊とともに終焉を告げることになるわけです.
医療は,教育や公共事業などと同様に「社会的共通資本」です.国民の生命・健康を守る公共的使命を持つ医療であるからこそ,国民が公平・平等に享受できる医療環境整備が必要なのです.
社会保障を充実させることは,国の社会的使命です.国が果たすべき責任を放棄し,お金の多寡で健康・生命が左右されるような状況を現出させることは許されません.
「混合診療」の問題を語るときには,「自分だけがニーズを満たしたい」という発想ではなく,常に,「社会としてどうあるべきか」という認識を持たなければならないと考えます.「混合診療」は,このような考え方に真っ向から対立するものだからこそ,われわれは強く反対するのです.
(次号は,一般向け混合診療Q&Aを掲載予定)
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