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第1043号(平成17年2月20日) |

兵庫県医師会長 西村 亮一

平成二年六月三日.
全国津々浦々より,「病診連携」の研究のために六甲山へ集まってきた.日医からも,厚生省(当時)からも,病院関係者も,勤務医も,開業医も.
いわゆる「六甲山サミット」である.
理想は高く,視野は広く,見晴らしは明るく,ということで六甲山最高峰のホテルで行われた.
兵庫県立尼崎病院に「地域医療室」を設けて,医師会の秘書を常駐させた.
いわゆる「尼崎方式」である.
厚生省がモデル事業として取り上げ,医療計画のなかにも,はっきりと「病診連携」が任意的記載事項として明記された.
そして,この方式は瞬く間に全国に広がっていった.
「六甲山サミット」が,一つの契機になったのは間違いない.
この発想の根本は,開業医も勤務医も大差はない.地域医療のなかでは,まったく同じである.多少機能が違うので,それぞれの機能を発揮するためには,互いに密に連携をすれば良いということであった.
もう十五年も経ったが,今もまったく変わらない.
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