日医ニュース
日医ニュース目次 第1047号(平成17年4月20日)

「どうする日本の医療」 (1)

第26回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム(第2回・東京)より
英国の医療改革から学ぶ―第1回―
近藤 克則(日本福祉大学社会福祉学部教授)

 実際にイギリスに一年間滞在して,現地の病院を訪れ,医療従事者と話した経験等を持つ近藤氏は,日本がイギリスから何を学べるかという視点から,イギリスの医療改革について語った.

 OECD(経済協力開発機構)には,現在,三十カ国が加盟している.各国の医療費の国内総生産(GDP)比のデータを見ると,平均が八%前後である.日本の医療費は高いイメージだが,実は,その平均値より低く,他の国と比べて決して高くはない.
 また,国の経済力が豊かになり,GDPが大きくなるほど,より多くのお金を医療に使う傾向がある.先進七カ国に限れば平均九%で,日本は第六位,最下位の第七位はイギリスである.しかし,おそらく三年以内に,この立場は逆転する.
 なぜなら,イギリスは,先進七カ国中最下位の医療費水準を長年続けた結果,医療が荒廃したため,二〇〇〇年に,五年かけて医療費を一・五倍に増やすという政策に転換したからである.その成果が徐々に現れているとの報告もあり,いずれ日本は追い抜かれて医療費で最下位になる.
 もし日本が,引き続き医療費抑制政策を続けるならば,どのような事態が起きてくるのか―イギリスの医療は,現地のジャーナリストが,「イギリスの医療の状況は,今や第三世界並みだ」というほど荒廃した.その背景,経過を,紹介しようと思う.

救急医療で三時間半待ち!?

 一九七九年,サッチャー首相が政権につき,医療を良くしようと,種々の改革を行ったが,その青写真を描いたのが,全英にチェーン展開しているセインズベリーというスーパーマーケットのグリフィス会長だった.彼は,日本でいえばイトーヨーカ堂グループの会長のような人で,「もっと民間マネジメント手法を学べ.外枠は税金でも,内部に市場を」というレポートで医療改革をリードした.今の日本に似ており,イギリスは株式会社参入の議論を経験済みである.競争を導入すれば,医療費を増やさずに質は上がると信じて取り組んだが,結果は,いろいろな問題を招いた.
 その一端として,“waiting list”と呼ばれる待機者問題が挙げられる(表(1)).例えば,イギリスの二百を超える病院の救命救急センターを受診した約三千九百人を対象にした,入院待機時間の調査では,平均が三時間半を超えていた.
 日本でも,“三時間待ちの三分診療”といわれるが,これは救急医療ではなく一般医療での話である.ところが,イギリスでは,救命救急が問われる重症患者でも平均三時間半待つのである.しかも,救命救急センターで「入院が必要なほど重症と診断された時点でストップウォッチを押し,無事病室にたどり着くまで」の時間である.最長記録は七十八時間(三日と六時間)で,待たされる間は,ストレッチャー(車輪付き担架)に乗せられている.他の人が来るといつでも移動させられるような劣悪な環境に置かれるのである.
 また,冬になると,インフルエンザ等の流行でベッド不足になり,“winter crisis(冬の危機)”が毎年のように起きる.看護師が,この“winter crisis”の前に辞めたいということで,秋に退職希望者が増えるほどである.
 私が滞在していた年には,保健省に対策本部が設置され,退職を考えている看護師に,冬の間働いたら退職金を割り増すなどして,乗り切ろうというほど,深刻な状況だった.
 一方,一般医療受診患者の半数は,原則予約制で,二日以上待たないと診てもらえない.

表(1) 待機者問題(waiting list)

・救急医療
 200超の救命救急センターを受診した3,893人
 →入院待機時間の平均が3時間32分
・一般医療
 一般医療受診患者の半数が2日以上待機(2000年)
・専門医療
 10万人分の入院待機者リスト削減の公約を超過達成
 しかし,さらに100.7万人分も待機者が残っていた

人手不足で入院待機者100万人

 さらに,信じられない話があった.私が滞英中に,ブレア首相が二期目の政権をねらう総選挙があった.彼は,一期目の政権に就くとき,専門医療の“待機者リスト”を十万人分減らしてみせると公約し,二期目の選挙直前に,十五万人分も減らし,目標を超過達成したという.選挙公約は守られないものだと思っていた私は感心したが,イギリス国民の反応は非常に冷ややかだった.
 実は,十五万人分削減しても,さらに百万人分も待機者が残っていたからである.手術を一年半以上待っている人が百十八人もいて,なかには,他の緊急手術を理由に手術を四回も延ばされ,その間にがんが進行し,手遅れになったという悲惨なケースもある.
 この背景には,深刻な人手不足がある.人口当たりの医師数は,ヨーロッパ諸国に比べ約三分の二と少ない.さらに,年間新規登録医師が五年前には一万一千人いたが,最近は,医学部を卒業しても登録せず海外に出てしまい,八千七百人に減少している.その分,研修医たちが一生懸命働いている.ヨーロッパの労働基準法による労働時間は週四十八時間で,日曜日を休み,週六日働いて一日八時間労働である.一方,イギリスでは,医師不足のため,日曜日まで毎日八時間,つまり,八時間余分に働いてよいという労働基準である.しかし,調査をしたら,この五十六時間を超える研修医が六割を占めていて,社会問題化した.
 その対策が,“大英帝国”らしいのだが,海外から医師・看護師を受け入れているのである.その規模は,看護師で五千人,多い年では一万人を超え,ある地域では,看護師の七割がフィリピン人だという.
 加えて,医学部の定員増などの努力はしているが,なかなか改善しない状況である.

医療費抑制政策からの転換

 それらが医療従事者の士気の低下につながっていて,医師の自殺率は,他の同程度の学歴を持つ専門職の二倍だという.イギリスの医師会雑誌『BMJ』の二〇〇一年三二二巻の巻頭言のタイトルは,「なぜ医師はこれほど不幸なのか」.皆そういう思いを抱きながら働いているという.
 看護師の自殺率は,同学歴の他職種の女性の四倍で,死にたくなるほどつらい仕事だというわけだ.毎年二一%の看護師が辞めている.ナイチンゲールを生んだ国であり,看護学校は人気なのだが,現場の大変さを知り,進路変更したりして脱落する者が一七%に上る.
 イギリスの医療保障制度NHS(National Health Service)が,なぜ,これほど荒廃したのか.多くの研究者が口を揃えていうのが,(1)これほど長期間,医療費抑制政策を続ければ,医療が荒廃して当たり前という理由である.加えて,(2)NHSの組織の肥大化(3)イギリス人にもよく分からないほどの頻繁な制度改革(4)これらの積み重なりによる医療従事者の士気の低下―という四つの理由にまとめられそうである.
 これらを踏まえ,ブレア首相が,医療費抑制のままでは無理ということで,二〇〇〇年から五年かけて医療費を一・五倍にすると宣言した(表(2)).「大盤振る舞い」との批判には,「贅沢ではない.ドイツ,フランス並みのGDP比九%に近づけるには,医療費を一・五倍にしなければならない」というのである.
 日本も,もし,ヨーロッパ諸国並みにしようとすれば,医療費を三〜四割,増やして当然だということである.

表(2) ブレア首相の医療費投入宣言

・医療費抑制したままでは無理
・2005年までの5年間に1.5倍=ヨーロッパの平均レベルへ
・The NHS plan(2000)
・The NHS improvement plan(2004)

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