日医ニュース
日医ニュース目次 第1065号(平成18年1月20日)

新春対談
植松治雄会長 vs 見城美枝子青森大学教授

“英知”を持って,国民のための温かな医療を

 新春に当たり,今回は,TBSアナウンサーを経て,現在,青森大学教授であり,エッセイスト・ジャーナリストとして活躍されている見城美枝子氏をゲストに迎え,健康や医療について語っていただいた.

新春対談/植松治雄会長 vs 見城美枝子青森大学教授/“英知”を持って,国民のための温かな医療を(写真)男女共同参画社会と少子化

 植松 現在,医師の不足・偏在が大きな問題になっているのはご存じのとおりですが,その原因の一つに女性医師の増加があります.医学部卒業生のほぼ三分の一が女性ですし,産婦人科,小児科,麻酔科,眼科などに多く,そのうち産科,小児科,麻酔科での医師不足が問題になっています.今後,さらに女性医師の割合が増えてきますので,この女性医師のパワーを発揮してもらうことが大事だと思っています.
 日医では,昨年,初めて男女共同参画フォーラムを開催しましたが,男女共同参画社会について,どのようにお考えですか.
 見城 日本初の女医である荻野吟子さん以来,百年以上かけて,女性医師は特別な存在から身近な存在になってきました.が,現状では,結婚し子どもを産むという女性としての生き方を持ちながら医師として働くには過酷な状況だと思いますし,サポートするシステムが非常に重要になりますね.男女共同参画社会とはいうものの,女性の医師たちが仕事を全うできるかというと,個々の医院や病院勤務の状態では難しいだろうと思います.
 植松 一朝一夕にはいかない問題で,社会全体をトータルに変えていかないといけない.今後,少子化が進むと,大きな問題になりますね.
 見城 十五歳未満人口が,現在すでに総人口の一四%を切っていますね.ということは,間もなく一〇%ぐらいになってしまう.たった一割以下の世代が支えていくのかと考えると,やはり子どもを持つ楽しさなど,幸せの部分がもっと伝わらないかなと思います.
 植松 生活は非常にスピーディーになりましたが,子育ては昔と同じで時間がかかる.だから,お母さんのリズムと子育てとのギャップが大きくなり過ぎて,つらいという感じがあるのではないでしょうか.
 それと,少ない子どもが社会を支えると考えると暗くなるのです.私は,人口が減ってくるのは仕方がないことで,身の丈に合った社会,ダウンサイジングも必要かなと思うのです.
 見城 大事なポイントだと思います.国民には,“小さな政府”といいながら,大きな歯車を動かすために足りない人口をアジア諸国からも入れてということでは,全然変わっていない.そのギャップが埋まらないと,日本は,経済学者が考える合理化した部分と,私たちが一生懸命日々を送ろうとしている部分とに大きな乖離が生じるのではと不安です.
 植松 今,市場経済原理の学者と経済界の方が組んで政府や政治を動かし,経済中心で動いています.そうすると,社会保障を切り捨てる“小さな政府”になるわけで,政策決定や国家像をどうするかについて,もっと幅広い議論がなければ,大変なことになると思います.
 見城 そうですね.本当の意味で男女共同参画社会を実現できるか,ある意味で昨年の総選挙で当選した女性議員たちが鍵を握っていると思います.それと,私たち団塊の世代が,先輩から教えられたことを伝える役目を担わなければと,近ごろ考えています.結婚している人もしていない人も,子どもの福祉や教育などに参加してほしいですね.
 植松 そのもとになる学校は,社会ですよね.ところが,最近では子どもが外で遊ばず,家のなかでテレビゲームをしているのを見ると,人と接するのが苦手な人の多い世の中になってくるだろうと思われます.
 見城 子育ても,かつては,母親だけでなく,みんなで育てていました.それが,戦後,サラリーマン社会になり,職場が生活から切り離された.親がいる職場と子どもがいる家庭とが乖離し過ぎています.ここを結ぶフレキシビリティなものをつくるべきだと思います.
 植松 私たちは,日ごろ「地域医療」に取り組もうといっていますが,考えてみると,地図上の地域はあるのに,人と人とが連携する「地域社会」がない.ですから,医療を通じて地域の活性化を図るつもりでないと,本当の地域医療はできません.
 チャンスは介護保険が制度化されたときにあったと,私は思うのです.介護保険の出発点では,経済的に社会的入院を減らそうとしたわけです.その議論の際に,法律上,扶養の義務は未成年の子どもと夫婦間だけなので,国が家族に高齢者を介護しなさいとはいえず,社会全体で見ようということで介護保険制度ができた.この議論のなかで,親子が少なくとも気持ちだけでも支えられるような社会という声がどこからも出なかったことは不幸なことです.
 見城 ええ,多分,女性を代表する方々は,親の介護が,いかに女性の負担になるかを訴えなければならなかった.だから,心の部分から外れていったのでしょうね.
 植松 そうです.だから,どんどん冷たい方に流れていった.敗戦後,アメリカが日本の社会を変え,核家族化してきて,考える余地なく進んでいったということでしょうね.
 バブルが崩壊してはじめて,経済を追いかけ過ぎて心を失ったと気づいたわけですが,教育改革なども,本当はもっと以前からやらなければならなかった問題を先送りしてきたわけです.これもやはり経済優先で進んできたためだと思います.

新春対談/植松治雄会長 vs 見城美枝子青森大学教授/“英知”を持って,国民のための温かな医療を(写真)医療の安全と医師の生涯教育

 植松 見城さんとは,今も,医道審議会でご一緒させていただいていますね.日医では,常々,最も大事なのは医療の安全で,しかも質が担保されることだと主張しており,私たちの行っている生涯教育制度でも,医療の安全をテーマに選んでいます.国民的な関心が集まる医療事故,医療ミスについても,避けられないものなど,いろいろあり,私たちなりに考え,取り組んでいるつもりですが,外から見たら,別の感覚があろうかと思います.その辺りはいかがでしょうか.
 見城 医療とはどれだけ社会性があり,命にかかわる職業だと自覚して医師になられているのかと疑いたくなるような医療事故や,反社会的行動をする医師がいるのは残念です.それだけの教育を受けて資格を取られたのに,自覚が足りないのかなと思います.今,医師の再教育といわれますが,自覚がどう芽生え,どこで定着するのか,少し疑問に思います.
 植松 入学試験の方法も考える必要があるでしょう.また,従来の生涯教育制度では,医学,医術の進歩に遅れないことを目的にした専門的な医学的課題の教育が中心でした.しかし,最近,問題になるのは,倫理性,道徳性,特に,職業倫理や生命に対する畏敬の念がないということです.
 そこで,日医の生涯教育制度カリキュラムの「基本的医療課題」を,少なくとも三〜五年に一遍は反復して勉強しなければ専門医になれない,あるいは更新できないようにすることを,現在検討しています.
 特に,いわゆる“リピーター医師”については,複数回事故を起こした人や,事故が複数回起こった病院の管理者を集めて,昨年八月に二日間にわたり「医療事故防止研修会」を開催しました.これは,今後も続けていかなければならないと考えていますが,どうお考えでしょうか.
 見城 自分が患者として医師の前に座るときは,最も弱っている状況なのです.ですから,医師に求めるのは,まず倫理観,それから公平な価値観です.また,命の大切さよりも名誉欲や功名心が強い人というのは,ある程度分かるはずです.教育課程でチェック機構を設けて,卒業して医師になるまでの間に,何度かふるいにかけてほしいと思います.
 植松 それと,これからは内視鏡下手術など,画面を見ながら行います.
子どものころからテレビゲームなどをやっていたら,恐らく上手になると思います.ところが,テレビゲームのようなバーチャルの世界だと,死んだ者が生き返るのです.だから,画面を見ながらやっているとき,ふと思い出すと,生き返ってくるみたいな…….
 見城 怖い…….確かに“バーチャルジェネレーション”というのはありますね.一言でいうと,痛みが分からない. 
 植松 将来的には,そういうことも考えながら教育しなければならなくなってきますね.
 見城 また,DNAが解明されてくると,ある意味では,神がつかさどっていた部分に医師の手が入るわけで,倫理観はどうなるのでしょうか.
 植松 これからの生命倫理には,歯止めをかける,いわゆる“英知”が必要だと思います.その“英知”とは,宗教とか哲学といったものが大事で,ミクロの世界に入って研究を進めていくとき,同時にそれらの分野の研究が進まなければならないのですが,ここにタイムラグが起こっている.ですから,クローン問題もそうですが,現状では,非常に危険な状態に入っていると思います.
 見城 私は映画が好きなのですが,そういう現状が映画に出てきています.ドキュメンタリーでは,あまりにも現実味が強くて出せないので,エンターテイメントの人たちは情報を得ながら,ある種の近未来的な物語を書きますね.ハリウッド映画はもうクローンの時代ですから,アメリカでは相当進んでいるのではないかと感じます.アメリカがそうであれば,もちろん日本にもくる話ですから…….医学の世界も,日本の倫理観を西洋の倫理観と融合すべきだと思うのですが,まだ東洋が弱いと思いますね.
 植松 科学者は研究自体を進めるなかで,視野が集中し,狭くなることがあります.そこが怖いのですね.
 ですから,思想的なものが,今後さらに重要になるでしょうね.

見城美枝子氏プロフィール
青森大学教授(社会学部),エッセイスト,ジャーナリスト.現在早稲田大学大学院理工学部研究科博士課程に在籍.海外取材を含め,55カ国以上を訪問.日医の禁煙推進委員会(プロジェクト)委員.4児の母.
教育と医療は国の原点

 植松 私たちは,今,国民の負担を増やすだけの医療改革ではいけないと,その質を問い,政府と対峙する部分もあるのですが,やはり国民にとって健康が一番大事だと思うのです.
 ただ,「健康日本21」とか「健康増進法」とか,悪くはないのですが,考えてみると法律で健康を決めるというのも,少しおかしな気もします.
 見城 経済界の人や経済学者と政府とが,収支のバランスを見ながら,経済効率で健康まで決めているのだろうか―それでは困るのですが,どうもそんな気がします.
 植松 「こうしなさい」と規制されながら生きている感じですから,政治としての“温かみ”を感じない.もっと,みんなが自主的にやれる方がいいのでしょうが…….
 見城 高齢社会になったときに,国としてどうするかということは分かります.しかし,国が方針として「健康社会にします」といわれても,私たちが,どう自分自身の生き方をマネジメントし,どう楽しむかというように持っていかないと,幸せではないと思うのです.
 植松 そうですね.健康社会といいながら,国民に本当に健康になってほしいという気持ちより先に,“医療費を減らすために”というのが見えるところが寂しいですね.
 見城 本当に,昨年の後半は三位一体の改革という形で,どの費用を削るかという,“先に数字ありき”でした.健康と福祉の部分で,冷たくも「自己努力をしなさい」といい,さらに義務教育も「地方の自治に任せましょう」という.日本もくるところまできたのかと本気で思いました.
 教育と医療は,国が国民に保障する原点だと,私は思います.これをきちんと保障し,実行しなくて何のための国なのかと.逆にいえば,独立国になって最初にやることは,教育と医療なのです.ですから,その原点を一律に削るというのでは,あまりにも政府に知恵がないのではないかと思うのですが.
 植松 一部の経済学者や経済界の方々が,経済財政諮問会議とか規制改革・民間開放推進会議等の民間議員ということで発言している.しかも,彼らが政治家と違うのは選挙がない.だから無責任に何をいってもいいということで,ここが怖いのですね.

禁煙は健康社会の第一歩

 植松 これからの課題として,生活習慣病の予防は重要です.われわれも,昨年,「糖尿病対策推進会議」を設立し,糖尿病予防に取り組んでいます.もう一つは,先生にも委員をお願いしている,たばこの問題です.エビデンスもあり,「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」を締結したのに進んでいない状況ですが,これについては,いかがですか.
 見城 医療費を何もかも削減するのではなく,国民が健康で幸せな人生を送るために必要な医療費は,やはり国が確保すべきだと思います.そうなると,国民も自分で健康に気をつけることが重要で,私は,“百害あって一利なし”といわれる,たばこをやめてほしいのです.喫煙は,生活習慣病の一つで,“喫煙病”という病にかかっているのだと思います.
 植松 私たち医療者は,喫煙者を“ニコチン依存症”と診断します.依存症ですから,一種の病気ですね.だから,ただ,「やめなさい」というのではなく,相談やサポートも必要になるわけです.昨年末に答申をいただきましたが,依存症になる前,つまり吸わない子どものときの教育が,一番大事でしょうね.
 見城 そう思います.子どもに,小さいころから,「たばこは体に良くないし,たばこの煙はつらい」という話をしていると,たばこは嫌なものという印象を持ちますね.学校とか子どものいる環境は,できれば無煙の状態にしてあげたい.また,青少年がたばこを買いづらい状況をつくるべきだと思って答申をまとめさせていただきました.
 植松 たばこ価格(たばこ税)を高くすると,吸う人が減るのも一つの効果ですね.特に,子どもには有効な手立てでしょう.
 見城 ええ,まず青少年がたばこに手を出すスタートラインを封鎖したいですね.価格を上げて,お小遣いでは簡単に買えないようにすることが大事です.それから,だれでも買える自動販売機が,女性の喫煙者が増えた理由の一つだと,私は考えています.
 植松 日医は,かねてから禁煙活動に取り組んでいますが,枠組条約批准から一年経つ今年は,国民医療推進協議会などと一緒に,各方面で,さらに強力に推進したいと考えています.
 見城 これはもう,子どもたちが一生健康に暮らすための第一歩だと考えて,日本全国で取り組んでほしいですね.
 植松 たばこをやめさせるということではなく,もっと健康になっていただきたいという“温かさ”を前面に出す方がいいですね.
 見城 まずは子どもの段階で,喫煙に染まらずに過ごさせてあげたい.
 植松 親も,子どもを大切に思うなら,子どもの側では吸わない方がいいですね.
 見城 本当に.喫煙する妊婦のお腹のなかで赤ちゃんが苦しがっているポスターがありましたが,そういう具体的なイメージを持てるかどうかですね.その辺りが教育だと思います.
 植松 そうですね.禁煙は健康社会の第一歩.
 それに続いて,いろいろな課題が出てくると予測されますが,私たちとは,また違う立場でお話しされる機会も多いと思います.これからも健康とか医療について,積極的なご発言をいただきたいと思っています.
 見城 はい.学校などでも,「命を大切にしてほしい」ということで,たばこの話をするとき,「先生がお吸いにならないのが一番ですね」などと,ピリッときつい話も,時々入れながら講演をさせていただいております.
 植松 本日は,どうもありがとうございました.

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