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第1088号(平成19年1月5日) |
NO.38

老老介護もできまっせ
江村利雄(元高槻市長)

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江村利雄(えむらとしお)
元大阪府高槻市長.大正13年生まれ.昭和24年,旧制摂南工科専門学院(現大阪工業大学)卒.その後,大阪府水道部技術長水道技術管理者,高槻市助役などを務め,昭和59年に高槻市長に就任.市長を4期務めたが,任期半ばで妻の介護を理由に市長を退任した. |
市長の職を辞して妻の介護に当たった経験を持つ江村利雄氏に,介護を通じて感じたこと,日本の介護保険制度の問題点などを指摘してもらった.
(なお,感想などは広報課までお寄せください)
未知の世界と考えられていた高齢社会が到来し,そして介護保険制度がスタートして六年が経過した.高齢者人口は過去に例を見ない二千五百万人になろうとしている.特に介護が大変な認知症の方々は二百万人弱いるとも言われている.
ぜひ,介護保険制度が,家族に介護疲れの出ないような仕組みに進化して欲しいものである.
一方で,元気なお年寄りがたくさんおられる.「シルバー青年」と呼ばれるこれらの方々に対しては,介護保険対象外の「こころの癒し事業」を発足させ,“オシャベリヘルパー”として,介護の一翼を担って欲しいものである.
平成十八年四月から,介護保険制度が一部改正されたが,その際に導入された予防給付については,その対象者を生活機能が維持・改善される可能性が高い人に限定している.しかし,例えば介護報酬で予防給付の判定をされた場合,継続して同様のサービスを受けることができないという声も聞かれる.また,訪問介護,通所介護,通所リハビリにおいては,月単位の定額制の報酬であるために,単位数が低く,必要なサービスが受けられない場合もあるという.地域包括支援センターの協力も得ながら,支援事業の周知徹底を図る必要があると考える.
制度開始から五年目の,約束された改正であったが,制度を運営していくうえで,今後もいろいろな問題が出てくることだろう.その見直しの際には,家族も含めた要介護者の幸せを考えた仕組みと運営を行っていただきたい.また,同時に,広域的な運用も必要になってくるのではないだろうか.
療養病床は,必ずしも医療サービスを必要としていない方も利用しているということから,「医療費の適正化のための方策」として,再編成が打ち出された.今後のさらなる高齢化の進展や,日本経済の現況を考えると,医療費の適正化は必要なことと思われるが,限られた医療資源を有効に活用していく工夫も重要である.介護療養型医療施設については,依然としてその果たす役割は大きいものがあると思う.
療養病床の六年後の廃止が政策として示されているが,個々の地域のサービスに応じたケア体制の確立が先決であり,重要なことなのではないだろうか.また,老人保健施設への転換については,地方の意見を十分に汲み上げてから行って欲しい.
介護をスタート
介護の本を読んでみたり,経験者に話を聞いたりしたうえで,これから取り組む問題点を整理し,「老老介護は成功するでー」と自信を持って,介護をスタートした.妻は,骨折,寝たきり,認知症と予想通りの進行をしたが,実際に介護をしてみると,現実とは全く異なる状況が展開された.
大阪府市長会の保健福祉部会長の時に,介護の先進国であるドイツに勉強に行き,施設での対応を見学させてもらった.自律志向が旺盛で,日本人とは違うと感じた.寝たきりの老人を車椅子に乗せて自由に動けるように自律の指導をしている.「厳しいなぁ」と思うこともあるが,家族はこのような対応を喜んでいたので,私もこれを参考にしてみようと思った.
妻の認知症が進んできたので,妻の介護と市長職との両立は無理ではないかと悩んでいたころ,妻が私の顔を見て,「あなた,どなた?」と言ったので,ドクターに聞いたら,「初期のまだらぼけだ」との回答であった.早速,“ぼけ”の本を買って対処したが,初めてのことでよく分からない.結局,彼女のために市長は辞めて,介護に専念しようと決心した.ドクターに相談すると,「同じ土俵に立って,目線を合わせ,波長も合わせて話をしなさい」と言われた.
経験のないことであったが,在宅で実行し,その経緯については多くの市民に話し,少しでも参考にしてもらおうと意気込んだ.ドクターからは,床擦れがあり,人工鼻(注)もつけているので,「自宅での介護は無理」と言われたが,「吸引も消毒も,家族であればできる.ぼけの対応が第一や」と,無理に在宅介護をスタートさせた.
始めてから二日目にはギブアップした.オシメのさせ方が分からないのである.子どもにオシメをする姿を思い出し,両足を持ち上げるものと思って,彼女の両足を持ち上げようとするとするが,重くて上に上がらない.天井に滑車でもつけて引き上げようかとも考えてみた.退院の時によく聞いておけばと後悔した.
介護保険がスタートすれば,ヘルパーが不足するかも知れないと,市が平成七年から始めた三級ヘルパーの養成講座の制度を思い出した.そこに参加した孫娘に,オシメの仕方を習った.一時は滑車の導入まで考えたが,基本が分かったので,あとは熟練だけだと安堵する.一方で,「未知の事柄がいくらでも出てくるのでは……」と将来への心配は消えない.
今想う介護
このような経験をすると,一般的には,すぐに介護地獄に陥る.妻には暴言,暴力を振るい,段々深みに落ちていく.早く地獄を抜け出そうと思った時,自分の心に癒しが不足していることに気が付く.それを解決するには,「自分のストレスの解消が必要や」と思い,どうしたら,ゴルフ,飲み会に行くことができるか考えた.そこで,介護の当番制を思いつき,自分は夜から朝食までは担当し,あとは介護ヘルパー,看護師,ドクターと分担を定めた.朝食は夕食の次にすることになるので,自分の都合で午前三時に食べさせても良いことに気が付いた.また,飲み会の時は,嫁,娘に夕食の世話をしてもらう.自分本位のローテーションを決めたことから,ゴルフ,飲み会などにも参加でき,ストレス解消に役立った.
今振り返ってみると,早い時期から介護保険のお世話になったおかげで,妻の認知症も一年七カ月でほとんど症状が出なくなった.良いドクターとめぐり会えたこと,またそのご指導に対して,心より御礼申し上げたい.
(注)人工鼻とは,人工呼吸器回路と気管内チューブの間に装着して使用する器具であり,患者の呼気に含まれる熱と水蒸気を補足し,人工呼吸器から供給される吸気ガスを加温・加湿することで加温加湿器を不要とする.近年においては,内部構造に細菌・ウイルスを通さない素材を用いることにより,病原体のフィルターとしての役割も兼ねる.
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