日医ニュース
日医ニュース目次 第1107号(平成19年10月20日)

平成19年度 日本医師会医療事故防止研修会
医療事故防止に向けて─今,医師が行うべきこと─

 近年,医療関係訴訟は増加傾向を示し,医療の質や安全を求める声が高まっている.また,本年四月には,医療法改正により“医療安全対策”が,医師法改正により“行政処分を受けた医師に対する再教育研修”が,それぞれ義務付けられた.
 これら社会的な要請を受け,医療事故の削減と再発防止策の検討を目的に,日医医療事故防止研修会が,九月二十七日,日医会館大講堂で開催された.

平成19年度 日本医師会医療事故防止研修会/医療事故防止に向けて─今,医師が行うべきこと─(写真)技術とともに人間的な自己研鑽を

 木下勝之常任理事の司会で開会.
 冒頭,唐澤人会長(宝住与一副会長代読)は,「医療・医学の進歩は目覚ましいが,それは一定のリスクを内包するため,医療技術が高度化するほどリスクも高くなるという宿命にある.われわれ医療担当者は,医療のリスクを国民に理解してもらうと同時に,可能な限り医療事故の発生を回避するように努力しなければならない.また,医療事故をいかに防ぐかという地道な努力を行うことが,国民の信頼を得る最も有効な手段である」と強調.
 さらに,「日医が制定した『医の倫理綱領』に,“医学および医療は,病める人の治療はもとより,人々の健康の維持もしくは増進を図るもので,医師は責任の重大性を認識し,人類愛を基にすべての人に奉仕するものである”と記されている.その実現のためには,医療関係者は技術のみならず,人間的な自己研鑽が求められていることを認識しなければならず,専門職集団である医師会もまた,自らを変革していかなければならないと考えている」と述べた.

医師に求められる医療安全対策

 つづいて,四題の講演が行われた.
 最初に,川端正清日医医療安全対策委員会委員長・同愛記念病院産婦人科部長より,「医師に求められる医療安全対策〜日本医師会の取組み〜」と題する講演があった.
 川端氏はまず,医療の基本原則は,(1)医師は患者の了解(インフォームド・コンセント)の下,医療を提供する(2)医師は患者に損害を与えてはならない(3)医師は最善の医療を提供すべく努力(生涯研修)する─ことであり,医療事故防止策としては,(1)「医の倫理」の遵守(2)医療の質の向上と安全性の確保(3)インシデント・アクシデント(IA)レポートの分析(4)ガイドラインの作成と周知(5)精神的・肉体的・時間的・経済的にゆとりのある診療ができるような労働環境の改善─などがあるとした.
 また,医療訴訟においては,医療提供者個人の過失に焦点が当てられ,システム上の欠陥等が表面化しないこと,個人への非難・責任追及・賠償請求によって,被告は自己防御的になり,進んで情報提供をしないこと等により,医療事故の真相・原因が正しく究明できず,防止対策が遅れ,システムの改善が進まないと指摘.そのうえで,現在の構造では,医療訴訟によって医療事故は減らないとした.
 さらに,本年四月一日から施行された医療法の医療安全管理関係部分の改正点等についても説明した.

実践的リスクマネジメント

 次に,唐澤秀治船橋市立医療センター副院長・医療安全管理室長より,「実践的リスクマネジメント〜実例の紹介を通して〜」の講演があった.
 唐澤氏は,「医療契約は,行為においてベストを尽くす準委任契約であり,結果まで保証する請負契約ではない.元々,医療には潜在的危険性Hazardがあり,乗り越えなければならないRiskがあり,近付いてはならないDangerがある.これらをわきまえないと,患者側も医療者側も存亡危局Crisisに陥る」と解説した.
 また,「現在の日本の犯罪発生率は戦後最悪であり,そのような社会環境下で医療を行わなければならないことを認識する必要がある.
 医療は法的には“医的侵襲行為”であるので,医療行為が正当な業務行為と評価されるためには,(1)医療行為を行う者が正当な資格を有すること(2)医療行為が医学的正当性と医療技術的な妥当性を有すること(3)医療の相手方(患者)の承諾を得ていること(インフォームド・コンセント)─の三つが条件となる.インフォームド・コンセントにおいて,医療側は,リスクを予期し,相手に予期させる必要がある」と主張した.

事故事例から学ぶ再発防止

 つづいて,北原光夫日医学術企画委員会委員・慶應義塾大学病院病院経営業務担当執行役員より,「事故事例から学ぶ再発防止」と題する講演があった.
 北原氏は,医事関係訴訟事件は増加しているが,平均審理期間は短縮していることを説明.また,医事関係訴訟事件の診療科目別件数は,内科・外科・産婦人科・整形外科・麻酔科の順に多いと報告した.
 頻度の多い事例として,内科では,診療録記載不足,専門医への紹介の遅れ,B型・C型慢性肝炎例におけるがん発見の遅れ,内視鏡による穿孔,造影剤などによるアナフィラキシーショック等を指摘.外科では,縫合不全,犬猫による咬創での抗菌剤の選択ミス,小外傷後の破傷風予防など,産婦人科では,新生児死亡,母体死亡,脳性まひ,急性腹症,がんの見落としなどを報告.また,整形外科では,薬・手術・関節内注射などに伴う避けがたい偶発症,左右の取り違えなど,麻酔科では,非専門医による不適切麻酔,麻酔薬量・濃度の誤認,患者の体質異常を把握していなかったこと,などが挙げられた.
 さらに,日医学術企画委員会小委員会で発表形式を検討し,頻度の高い医療事故事例の問題点と再発予防策などについて,“医療係争事例から学ぶ”と題する新連載が,『日医雑誌』の十月号から始まることを明らかにした.
 そして,医療係争の再発予防策としては,(1)説明を十分に行う(2)診療録へ記載する(3)自己の能力の限界を知り,コンサルテーションを受ける(4)医学知識の継続的な向上に努力する─ことが重要であると強調した.

刑事訴訟の現場から見た医療事故防止策

 最後に,児玉安司弁護士・東京大学大学院客員教授が,「刑事訴訟の現場から見た医療事故防止策」と題して講演.
 児玉氏は,民事訴訟と刑事訴訟の違いを分かりやすく次のように解説した.「民事訴訟は,私人間の争いごととして“提訴”により始まり,捜査はなく,勝敗は五分五分と言え,弁論は非公開.三分の一は判決,三分の二は和解で終了する.それに対して,国家の刑罰権の発動としての刑事訴訟は,検察の送検後,起訴(一%以下),略式起訴(一〇%程度),不起訴・起訴猶予(九〇%程度)のいずれかとなり,“起訴”により開始され,捜索差押えがある.公判は公開で,九九%が有罪となる」
 また,「民事訴訟の前には,患者側の弁護士のほとんどは,協力医の意見を聞いている.一方,刑事訴訟では警察・検察は第三者の医師の意見を十分に聞いて判断している.そのため,医師の意見は法律家の判断を左右するとともに,裁判では裁判官の心証に大きな影響を及ぼしている.民事も刑事も,訴訟は医師同士の見解の対立とも言える」と述べた.
 そのうえで,医療事故予防の観点からは,システムズ・アプローチが重要であり,「法は国家の強制であるが,“医の倫理”は自浄作用であり,自ら正す姿勢と本当の姿を分かりやすいメッセージとして示すべきである」と結んだ.
 その後,総合討論「医療事故削減に向けて〜今,医師が行うべき事〜」があり,活発な質疑応答の後,閉会した.出席者は,百八十二名.

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