日医ニュース
日医ニュース目次 第1126号(平成20年8月5日)

「新しい医学の進歩」〜日本医学会分科会より〜

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遺伝子検査に基づくオーダーメイド医療時代の到来
〈日本臨床検査医学会〉

 ヒト遺伝子の解析研究は,ヒトゲノムの解読により,長足の進歩を遂げ,生活習慣など環境要因と遺伝要因が複雑に関与する薬物反応性や疾患罹患性等の体質との関係を調べる研究へと拡大してきた.その成果は,疾患の早期診断,治療さらに予防への応用が期待される.
 特に,がんの領域では診断薬の開発と実用化が目覚ましい.分子標的療法の登場に伴い,治療薬の選択,効果予測に用いる遺伝子検査が保険診療で利用可能となり,適用が拡大している.
 治療標的となる分子異常の検査として,白血病のBCR-ABL遺伝子,乳がんのHER2遺伝子,肺がんのEGFR遺伝子変異などがある.
 さらに遺伝子検査は,治療薬の副作用予測や投与量調節にも利用可能で,薬物代謝に関係した遺伝子解析に基づく診断薬が開発されている(ファーマコゲノミクス検査).まさに遺伝子検査に基づくオーダーメイド医療時代の到来である.
 二〇〇八年六月,抗がん剤イリノテカンによる副作用の可能性を調べるヒト遺伝子診断薬が,初めて厚生労働省から製造販売承認を取得した.UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)をコードする遺伝子UGT1A1には多型があり,UGT活性の低下を来す多型をもつ人は,イリノテカン治療において,白血球減少や激しい下痢など重篤な副作用リスクが高まる.
 日本臨床検査医学会は,厚労省による「医療ニーズの高い医療機器等に関する要望調査」において,乳がん治療薬,抗精神薬やプロトンポンプ阻害薬の代謝酵素チトクロームP450をコードする遺伝子の多型を調べる診断薬「アンプリチップ2D62・2C19」を申請している.
 これらファーマコゲノミクス検査は,今後,臨床検査として広く利用されると予想される.検査の運用には,指針として十学会による「遺伝学的検査に関するガイドライン」,厚労省「医療・介護関係従事者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン」等がある.しかしながら,適正使用のための実用的な指針は十分に整備されていない.
 このため,日本臨床検査医学会の遺伝子委員会では,既存のガイドラインの内容を踏まえ,より具体的かつ実情に即した運用指針案(インフォームド・コンセント,個人遺伝情報の保護,検査に用いた生体試料の取り扱い,検査前後の遺伝カウンセリング等)を作成した.
 遺伝子解析研究と技術革新により開発される新しい遺伝子検査の普及には,良質かつ標準化された測定の実施が重要である.そのため,日本臨床検査医学会では,各学会や関連団体と連携して,測定者の資質評価・資格認定(遺伝子分析科学認定士制度)や外部精度評価(技能試験)等の体制整備を進めている.新たな遺伝子検査が適切に利用実施され,診療に寄与することが望まれる.

【参考文献】
一,登勉,陣田さやか.オーダーメイド医療とファーマコゲノミクス.臨床検査 2007; 51: 1630-1633.
二,宮地勇人.遺伝子検査の現状と展望.臨床検査 2007; 51: 1275-1283.
三,宮地勇人.遺伝子分析科学認定士制度.臨床病理 2007; 55: 721-724.

(日本臨床検査医学会理事・東海大学医学部基盤診療学系臨床検査学教授 宮地勇人)

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