日医ニュース
日医ニュース目次 第1144号(平成21年5月5日)

視点

拝外 or 排外?

 しばらく続いた拝外主義に基づく改革談義が,ようやく下火になってきたようだ.今回は拝外と経済原理至上主義が相乗することで,その物差しに合わない分野を大きく切り込むことが主目的になったようで,約十年間にわたって医療を含む社会保障制度がそのやり玉に挙がってきた.
 最近,「拝金主義がはびこって困る」と書き記した夏目漱石以来,近代化に伴うこのトレンドは何度もこの国の価値観を揺さぶり,明治以来の伝統的芸術品や仏像などの海外流出の一因ともなってきた.同様に,弱体化した社会保障制度のなかで,危機に瀕している地域医療の再生を図ることは,必ずしも容易ではない.
 同じ音読みをする排外主義の方も,江戸時代の鎖国政策や尊皇攘夷論を含め,繰り返し語られてきた.島国的発想に立ち,箱庭的幸せを願うこと自体に悪意はないとしても,あらゆる事象において世界的にリンクして相互に依存し合う現在において,今日的問題解決の論拠として持ち出されるときには,十分な注意が必要だろう.
 この方向性の異なる二つのベクトルに照らして最近のもつれた論議を見ると,何が見えてくるだろうか.例えば,昭和三十六年に発足した医療の国民皆保険制度が,戦後の高度成長を支えてきた優れた制度であることは論をまたないだろう.既述のごとく,財源論からの切り下げにより歪みが近年助長されたものの,その間創設された介護保険と相まって,本格的高齢社会を迎えつつある今日でも,国民の安心を支えている.
 経済原理からの強い圧力は拝外主義の一種と見えるが,アメリカ合衆国におけるGMの経営危機が,混合診療制のデメリットも一因とされているのを見れば,わが国のシステムの優位性はすでに明白である.
 他方,国際化した社会構造のなかで,制度から外れた患者の搬送増加が救急現場の未収金問題として顕在化し,また,国外で活躍している国民が,皆保険のメリットを享受しにくいまま,無視出来ない数に積み上がっているとき,排外的思考のみでは対応が困難である.
 救急搬送のパフォーマンスを上げることに成功したときに,国民の利用が過度に集中すれば,搬送システムの崩壊をむしろ招いてしまうことになる.真の地域医療再生を図るためには,従来の枠を一層取り払った論議を重ねながら,国民のニーズと適正な負担,そして円滑な制度の移行までデザインすることが求められている.多面的な検討を通して,国民の理解と合意を得る作業が不可欠であろう.

(常任理事・石井正三)

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