日医ニュース
日医ニュース目次 第1171号(平成22年6月20日)

勤務医のページ

平成20・21年度勤務医委員会答申(その2) 
医師の不足,偏在の是正を図るための方策
─勤務医の労働環境(過重労働)を改善するために─

 本紙第一一六九号に引き続き,勤務医委員会が取りまとめた答申書の概要を掲載する.

IV.勤務医の労働環境について

一,勤務医の過重労働の実態

 厚生労働省の「医師需給に係る医師の勤務状況調査(病院分)中間集計結果」によると,「一週間当たりの勤務時間」は六十六・四時間であった.
 また,「診療報酬改定の結果検証に係る特別調査(二〇〇八年度調査)病院勤務医の負担軽減の実態調査」結果概要から,一カ月の平均当直回数は,全体で「二・七八回」,救急科は「五・四八回」,産科・産婦人科は「四・五一回」に上ることや,勤務医の大多数は,過労死認定基準である一カ月当たり百時間を超える超過勤務を恒常的に強いられていることが判明した.
 二〇〇八年の診療報酬改定では勤務医の負担軽減に資することを目的に,「入院時医学管理加算」「医師事務作業補助体制加算」「ハイリスク分娩管理加算」が改変・導入されたが,いずれも算定要件が厳しくその基準を満たすことさえ出来ない病院が多く,改善への取り組みが実感出来ないのが実態である.

二,過酷な労働環境をもたらした原因

 医師の需給に関する検討のなかで,早晩,医師が過剰になるとの報告もあって,「将来における医師過剰論」が「医師過剰論」となり,医師数抑制政策の背景となった.そこには,供給が需要を喚起するとする厚労省の意向と,医療費というパイが小さいままであれば,医師を増加させることは問題だとする医師や医師会の思惑との微妙な絡みも否定出来ない.
 国際労働機関(ILO)のILO条約のうち日本は労働時間に関する条約を一本も批准していない.
 医師法にいう応召義務と労働基準法のどちらを守るべきか等の議論はあったものの,医師としての強い使命感・人間愛が,過酷な労働環境に過剰に適応してきてしまったという現実も反省しなければなるまい.医師が,ワークライフバランスを実現するためだけではなく,医療の質と安全を確保するという観点からこそ,十分な医師の労働環境整備の推進が必要であろう.

三,労働環境の改善策を考える

 「育児と仕事を両立できる環境」「キャリアの形成・維持・向上を目指せる環境」という二つの指針を念頭に改善策を提案したい.
 (一)多様な勤務形態が必要であり,当直等の免除制度も配慮されるべきである.(二)育児・介護休業中の身分保証はもとより,関係者の意識を高めることも必要である.保育については院内保育等の設置のほか,学童保育を視野に入れる必要がある.(三)現在勤務とはみなされていない当直等を正当に評価して労働時間の管理を行い,労働に対して適正な対価が支払われるべきである.(四)他職種について,各々の職域を明確にし,各職種が有機的に連携してチーム医療が構築される必要がある.(五)専門技能の取得やその向上や研究等への支援がなされ,性別によらず能力を正当に評価したうえで昇進の道が開かれるべきである.(六)医療事故について組織の責任を認識し,病院全体としての防止策や対応策を実質的に機能させる.医療安全に資する,新たな制度・機関を早急に確立することが望まれる.

V.医師不足・偏在対策・過重労働の是正の意義

 第一に,国民のニーズである安全で質の高い医療を提供する医療体制を回復させることが出来ること,第二に,個々の医師の心身的負担を軽減させる結果,その医師が本来もつ能力,活力を最大限に引き出せるようになることである.
 医師不足の状況下では,主治医がどんなに献身的労働を行っても,個々の患者の診療密度を正常に保つことが困難になり,勤務医一人当たりの残業時間と当直回数は増加し,その身体的・精神的ストレスは癒しがたい疲労の原因となる.
 医師数を増やすことが出来れば,チーム制または複数主治医制等の導入が可能となり,過重労働は是正される.また,医師の地域的偏在も解消され,診療科別偏在も程度が軽くなるであろう.そして,個々の医師にとっては,十分な生涯学習の時間を持つことが出来,それは医療の質の向上に貢献するものとなる.
 わが国の医療制度の最大の特徴であるフリーアクセス体制を,医師の自己犠牲的労働なしに堅持出来るようにすることに,医師不足・偏在,勤務医過重労働の是正の意義がある.

VI.国民とともに考える視点から

 医療は,それを受ける国民のものであることに医師自身が気付くことが出来れば,崩壊することが明らかな医療現場から立ち去る前に,行動を起こすことが出来るのではないか.そして,過酷な労働環境にあえぐ医師が,国民に安全で正しい医療を提供するための説明を,国民の健康を守る立場から行い,国民とともに考える時ではないか.
 ヒポクラテスの誓いに忠実に医療を行ったとき,「医学的最適性と経済的最適性との両立は可能か」などという問題が提起される.この設問に答えようとするのが,社会的共通資本としての医療の考え方であり,医療に経済を合わせるという言葉にもっとも端的に表わされる.
 経済に医療を合わせてきた付けが,現在の医師不足であり,医療スタッフの疲弊である.医師の劣悪な労働環境を説明するだけではなく,適正な医療を提供するためには費用が掛かることを国民に説明する必要がある.そのためには,国民とともに,国民のために必要かつ適正な医療システムを構築することが求められる.

VII.社会保障の視座

 日本国憲法第二十五条は,国民の生存権と国の社会的使命について定めているが,日本は毎年三万人を超える世界の自殺大国である.
 日本の社会保障が明治から平成まで軽視され続けてきた根本原因は,官僚と経済界の問題であり,渋沢栄一は「官尊民卑」の問題点を訴えている.戦後は財務省や厚労省官僚が,先進国中最低の医療費と医師数を放置し医療を崩壊させる一方,経済界は自身の内部留保を保ったまま,派遣切りを行っている.
 日医は,プロフェッションのアソシエーションとして,新ミレニアムにおける医療プロフェッショナリズム医師憲章に記された,(一)患者の利益追求,(二)患者の自律性,(三)社会正義─の根本原則を,改めて自らにも会員にも課し,国民の信頼も勝ち取らなければならない.

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