日医ニュース
日医ニュース目次 第1175号(平成22年8月20日)

勤務医のページ

主治医制と勤務医の労働環境
富山市民病院長 泉 良平

一.はじめに

 これまで日本では伝統的に主治医制がとられており,主治医が退院までのすべての診療に責任を持つことが良質な医療を提供するためにも,また患者の信頼を得るためにも必要であるとされてきた.しかし,休日や夜間を含めすべての診療を主治医が行うことによって,医師にかかる肉体的,精神的負担は過重となる.さらに,主治医制では他の医師が診療にかかわりにくくなり,独善的な診療をチェック出来なくなる.このようなことから,主治医制からの脱却を望む意見があるが,単に主治医の負担を減ずることのみを求めるのではなく,医療の質の向上につながるシステムの変更が行われなければ,国民の理解を得ることは出来ない.

二.医療の高度化,複雑化,情報化による医師の負担と主治医制

 より侵襲の少ない診療技術・手術を目指し,また遺伝子解析を伴う高度な医療を目指すなど,医療は複雑化し高度化している.さらに,膨大な医療情報がネットなどを介して取得出来る時代になっている.情報を整理し,EBM(Evidence Based Medicine)を提供するには多くの知的労力と時間を要する.患者からは良質な医療の提供を求められ,時には患者が得た診療情報について説明を求められることさえある.患者への説明や,押し寄せる救急患者の診療,病院機能維持のための委員会業務,膨大な書類作成,そして医師不足のなかでの長時間連続勤務など,今や勤務医は,過去とは比べようがないほど多くの負担を抱えている.
 勤務医が,スーパーマンのように多くの医療情報を取得し,夜間も休日も主治医として働くことには,時間的にも,精神的にも,肉体的にも多くの困難がある.長時間労働の末に疲れ果てた身体で診療することは,深刻な医療事故にもつながる危険な労働環境と言える.
 このような労働環境にあることに国民の理解を求め,より良質な医療を提供するための方策を説明する時期が来ている.主治医制からの脱却は,患者にとっても利益あるシステム変更であることに理解を求めなければならない.

三.複数主治医制・チーム医療と当直医制

(一)複数主治医制・チーム医療
 チーム医療の一つの形として,複数主治医制がある.これは,指導医と,下級医,研修医などからなる複数主治医制であり,現実的に大学病院や研修医教育機関ではこのシステムがとられている.診療行為を分担することで,医師の負担は軽減されるとはいうものの,多くの責任が指導医に集中することになり,研修医の指導にも労力を要する指導医の負担が増大することにつながりかねない.
 また,診療科によっては複数主治医制をとることで,主治医となる患者数が増加することにもなる.内科や外科など比較的多くの医師が診療にかかわっている診療科では,この制度を導入するのも一法である.診療行為を分担することが出来れば,医師の負担軽減につながる.
(二)コメディカルとのチーム医療
 患者を中心とした家族をも含めたチームで医療を行うことによって,良質の医療を提供出来る.そして,このことは医師の負担を軽減し,病院の労働環境の改善にもつながる.医療チームのリーダーである医師は,自らの責任を果たしながら,多くのコメディカルからなるチーム医療をより成熟させるように指導すべきである.医師の指導の下,いわゆるグレーゾーンと言われている診療行為のある部分をコメディカルに任せることで,本来の医師としての業務を完遂出来ることになる.クリニカルパスは,このことの一つの重要なツールである.
(三)当直医制
 休日夜間を含めて主治医がすべての診療にかかわるシステムそのものが,勤務医の負担を増やしている.昼夜を問わず病状が変化することは臨床医の誰もが経験することである.しかし,すべての診療を主治医が行わなければならないことは少なく,効率的に診療を代行出来れば勤務医の負担は大きく軽減されることになる.アメリカには「サインオフ」と呼ばれるシステムがあり,当直医チームが夜間休日診療のすべてを行うことで,主治医の負担が軽減されている.すでに,日本でも同様のシステムをとっている病院があり,勤務医の労働環境の改善につながっている.
 その一例として,富山大学附属病院産科婦人科では,約三年前から当直医制を採用している.このシステムでは,時間外診療は原則として三名の医師からなる医師団が受け持つことになる.一名の当直医と,二名の拘束医(ファーストオンコール一名,セカンドオンコール一名)が時間外診療をすべて行うシステムである.この三名の医師団には,十年以上の臨床経験を持つ医師が必ず一名加わっている.主治医から当直医に申し送りがなされ,主治医が時間外にも診療する必要があると判断した患者以外では,すべての診療が当直医チームに任される.このことは,すべての医師と患者の合意の下で行われる.
 このシステムの長所は,医師の時間外診療の負担を減ずることだけではなく,当直医が診療内容を知ることにより,結果として独善的な診療の防止につながることにある.ピア・レビューが行われることによって,適正な医療の提供につながると期待される.もちろん,時間外診療を任される当直医チームは診療の力量が問われることになり,診療基準・能力の向上が診療科内で図られることで患者の利益となる.このシステムの導入については,患者に十分に説明することで理解を得ることが出来るのではないか.そして,日本でピア・レビューがこのことを契機に進められ,また診療能力の向上につながるEBMが普及すれば,医療の質の向上において一定の評価を得られるのではないだろうか.勤務医の負担の軽減につながるこのようなシステムが普及することが,期待される.

四.最後に

 この主治医制の問題一つを取り上げても,国民に情報を正しく知らせることによって日本の医療は劇的に改善する可能性を秘めている.医療の質向上のために国民に医療の現状を説明することは日医の責務であり,医師は一致してこのことに当たるべき時が来ているのではないだろうか.

文献

 (一)赤津晴子:アメリカの医学教育 そのシステムとメカニズム―ピッツバーグ大学医学部教員日記 日本評論社 2008

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