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第1185号(平成23年1月20日) |
新春対談 原中 勝征会長・矢 義雄第28回日本医学会総会会頭
医師は患者さんのためにいるとの原点に戻り,医療の未来を皆で考える機会に

今年四月,第二十八回日本医学会総会が,東京では十二年ぶりに開催される.そこで,今回は,総会の会頭である矢 義雄氏と原中勝征会長が,国民皆保険制度や地域医療,将来の日本の医療などについて語り合った.
原中 今年は,医学会総会が東京で開かれますが,国民皆保険制度が五十周年を迎える年でもあります.いつの時代も,いろいろな困難があったと思うのですが,国民皆保険制度がセーフティネットとして,いかにすべての人が安心して生きていける礎になっているかを考えると,私たち医師としては,この制度を守るための努力をしなければいけないと考えています.
しかし,国民皆保険といいながら,昨今,長引く不況による所得減少,失業などで保険料の滞納や受診を控える人も出てきています.そういうことが起きないように,皆が同じ恩恵を受けられる制度を考えていかなくてはいけないと思います.
国民皆保険制度五十周年ということでの所感をお聞かせください.
矢 一九六一(昭和三十六)年に,戦後の混乱から見事に立ち直り,国民皆保険制度を確立したことは大変素晴らしいことだと思います.医療給付の平等とフリーアクセスを保障した制度で,しかも出来高払制を採ったにもかかわらず,今日まで対GDPの国民医療費が先進国で一番低い位置にあるのは,それだけ優秀で使命感のある人材が,医師としてベストな医療を提供したからで,医療界が誇ってよいことではないかと思います.
それにより世界一の長寿国となり,国民は健康寿命を享受するようになったわけです.
直近では,新型インフルエンザによる死亡率を見ても,わが国では人口十万人当たり〇・一六ですが,アメリカでは三・六など,数十倍も高いのです.
ですから,国民皆保険制度は,単に寿命を延ばしただけではなく,国民の健康被害時にも,非常に社会に貢献したと思います.このように,日本の医療体制は素晴らしいということを国民に分かってもらうように広報していかなければならないですね.
「知の循環」と総会の見所
原中 医学会総会は四年に一度開かれますが,遺伝子工学が進歩し,病気の原因解明や,がんの治療など,いろいろな分野にハイテクノロジーが入ってきました.それらの恩恵について,医師と患者さんが,医学会総会を通してお互いに理解を深められればよいと思います.
その医学会総会開催に当たっての会頭あいさつのなかに,“知の循環”という言葉があるのですが,それについてご説明いただけますか.
矢 “知の循環”には二つありまして,一つは医療の進歩の基盤に医学の進歩があり,医学の進歩の基礎には生命科学の進歩という,直接医療に関係ない多くの新しい発見が貢献し,それが医療技術の進歩をもたらして医療に返ってくる.そして今度は,医療技術や医療の進歩が,臨床研究から医学,基礎医学から生命科学の進歩も促進する.そういう意味で一つの循環が行われ,それが医療の進歩の基本になっているということです.
もう一つは,先生がおっしゃったように,医療の進歩,あるいは医療に関する知識を,我々だけではなく,患者さんや国民に共有していただき,それが再び我々のところにフィードバックしてくるといった循環が,これからの医療には必要ではないかと思っています.
原中 そうですね.アメリカでは,臨床医になるのだから基礎医学はいらないという考え方がありますが,基礎医学を深く勉強することによって,臨床医学の知識も深められ,考え方が深くなる.そういうことが大切だと思います.
今回の医学会総会の見所について,お聞かせいただけますか.
矢 最近,医療の進歩によって,がんなどの難病が治療出来るようになったり,あるいは出来る可能性が出てきました.また,コンピュータ技術の進歩でIT化が行われ,患者さんに侵襲を与えずに出来る画像診断,あるいは負担の少ない手術手技といった最先端技術や,医療の均てん化に大きく役立つであろう,遠隔診療などの医学・医療の進歩を紹介し,最先端の状況を見ていただきたいのです.
さらに,医療は医師だけではなく,メディカルスタッフの協力なくしては出来ませんので,皆で総力を挙げて医療をいかに保っていくかというプログラムもあります.
また,医療は社会と共に歩むということで,メインテーマ「いのちと地球の未来をひらく医学・医療」には,サブタイトルとして「理解・信頼そして発展」という三つのキーワードを入れました.
医療は,社会との相互理解,信頼がなければ発展出来ませんので,お台場の東京ビッグサイトで開催する博覧会「わかろう医学 つくろう! 健康 EXPO 2011」では,五十万人を対象にした企画を考え,最近の医学の進歩を市民の方々にも分かっていただけるよう,自分から積極的に手で触れて分かるような展示をしたいと思っています.
そのなかで,地域医療を支える患者と住民の方々の活動の“見本市”ということで,全国四十七団体の住民活動を写真入りの大きなパネルで発表していただきます.メディアにも,このような地域の活動を取り上げていただくようお願いしており,そういうモデル事業が全国展開して,皆で支える医療が実現出来ればと考えています.
医療の真髄は地域医療
原中 医師のみでなく,今回,一般の方々に参加してもらい,医療全体を考えようというのは画期的なことですね.
医療の中心,真髄は何かというと,地域医療だと思うのです.地域医療の崩壊が言われていますが,もし責任を持ってもらえるような先生が住民の方々の身近に居れば,人々は幸せになれるだろうと思います.その先生が手に負えない,あるいは専門外であるという時はすぐ,患者さんのために適当な,また必要があればもっと高度な医療機関を紹介してあげられるシステムが必要です.勤務医とか開業医ということではなく,医師全体が,自分が医療のなかのどこで働くかを十分に理解したうえで,目の前にいる患者さんが最高・最適な医療を受けられるよう考えていくのが,地域医療だと思います.
医師は患者さんのためにいるのだという原点に戻って,組織的にどうあるべきかを皆で考えていく機会になればうれしいですね.
矢 地域医療の再生のために,国がいろいろと政策立案をしていますが,私は先生と同意見で,地域の医療をどう組み立てるかというボトムアップでいかないと,トップダウンでは難しいのではないかと感じます.
つまり,地域にある病院が機能分担し,一つのコンソーシアムというか運命共同体になって,診療所の先生方とコミュニケーションをとり,地域住民のニーズに合った医療を提供する体制を整備することが最も大事だと思うのです.
やはり地区医師会の先生方が中心となって,病院や大学を含めた地域医療システムを構築する組織が出来ることが重要で,それには,公的な支援も必要です.
地域で皆が患者さんのために一致団結して医療を保つ.これからの高齢社会に向け,地域に根差した医療がどうあるべきかを考えていかなければならないと思います.
原中 地域によって環境が全く違うわけで,地域の住民と行政,医師会,あるいは大学も入って,真剣に話し合い,その地域で可能な医療をどのように構築するかを考える時代に来ていると思います.
したがって,地域医療再生の一つのキーワードは“連携”ということになります.ただ,アクセスの良さが日本の医療の特徴ですが,救急などで二次医療機関に患者さんが集中するという問題もありますので,国民の皆さんにも分かっていただく必要があります.
矢 今回の総会のサブタイトルを,「理解・信頼そして発展」としたのは,国民皆保険ということで,国がすべてやってくれるという意識で,今後も続けられるかというと,難しい状況がある.医療は,限りある社会の共通資源であり,効率よく使っていかないと,国民に返ってくるのだという認識を持っていただくよう,我々医療人が情報発信をし,理解を求めていく必要があるのではないかと思うからです.
原中 これから人口減少時代になって,働く若い人口が減り,高齢者の割合が増えて,社会保障全体が崩壊するのではないかという懸念を持っているわけです.ですから,先生がおっしゃったように,今こそ,人的にも経済的にも限られた資源のなかで,国民と我々,すべての人の英知によって,日本の医療をうまく持続させていくことを考えなければいけないと思っています.
矢 そうですね.行政の方は,「高齢者に医療費が掛かる」という視点でおっしゃるので,「そうではない.医療の本質は,人々が病気になった時のリスクを皆で何とかカバーしてあげましょうということにある」と申し上げているのですけれども.
それを支える資金がないと困るというのもよく分かるのですが,医療費の問題を第一義的に言っては国民の理解は得られないのではないか.国民の理解が得られれば,医療を充実するために,皆でもう少し負担し合おうという気持ちにもなるのではないかと思います.
ですから,医療を充実し,安心・安全な社会を実現するためにはどうしたらよいかを,国民の皆さんにも考え,理解してもらうことが重要で,これは政治家の方も含めてもう少し理解を深めていただければと思います.
原中 そうですね.これまで,国民に対する呼び掛けや説明が不足していたような気がしますね.
国民皆保険制度を守るために求められるもの
矢 義雄(やざき よしお)
第28回日本医学会総会会頭,独立行政法人国立病院機構理事長.昭和38年東京大学医学部卒業.米国ハーバード大学およびタフツ大学への留学を経て,平成元年東京大学医学部助教授(第3内科),平成3年同教授.平成7年同学部長就任.その後国立国際医療センター病院長および総長を歴任後,平成16年より現職. |
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原中 私は国民皆保険制度を守るためには,身近な問題から考えなければいけないと思うのです.人口減少の問題では,差し当たっては雇用問題にまで入っていかないといけない.規制緩和の流れのなかで,派遣法の拡大によって若い人たちの労働賃金が非常に下がってしまい,その人たちが結婚出来るかどうかは,ある意味で雇用体系や収入と比例しているのです.
国を支えるのは国民であり,合計特殊出生率が一・三くらいしかないことを考えると,日本の超高齢社会では,生まれる子どもが急激に減り,高齢者が多くなって,国民皆保険制度を保てなくなるだろうと危惧するわけです.
労働分配率を昔のように上げ,個人所得を多くすれば,国内の経済効果もあり,雇用や社会も安定してきますので,医療や社会福祉を守るためにも,今,いちばん考えなければいけないのは,国民の労働条件をよくすることです.
ただ,日医が一生懸命提言しても,日医だけで出来るわけではなく,むしろ経団連や労働組合などが一緒になって,政府と雇用対策を練り,社会保障全体のなかで医療制度を続けていかなければいけないという認識を,皆で共有する時期に来ていると思います.
一方で,科学の発展によって,不可能と思われていた病気が治る時代になりました.この科学の発展を国民皆保険制度のなかに取り入れ,国民全員が享受出来る社会にしなくてはならないと思うのです.現実問題としては限られた資源ということで,今までは経済は関係ないと思われていた先生方も,今後の大きな課題として,一緒に考えていただきたいと思います.
矢 本当にそうですね.
原中 子ども手当ての金額を増やすより,むしろ保育所など,子どもを育てる環境を整備したほうがよいのではないかという意見も出てきました.
今,急激に子どもが少なくなっているのは日本,韓国,イタリアです.イタリアはお金があれば産みたい,子どもが欲しいという若い人が多いのですが,日本と韓国は子どもは要らないという人が多いのです.
矢 よく“M字カーブ”と言いますね.日本では,医師もそうですが,女性が出産,育児で社会から離れてしまいますが,外国ではそういうことがありません.M字カーブがありながら少子化というのはおかしいわけで,労働力を確保するには,保育所などを整備し,M字カーブをなくすのが理想ですけれども.
昨年末,九州で,国立病院の先生方と話した時に,「九州の男性はわがままなのではないですか?」と聞いたところ,「女性は家にいないといかん」と.やはり,日本古来の亭主関白,もう実権はほとんどないのですが(笑),表面上はそういう感覚が残っていますね.
もしかすると韓国も儒教の影響で父権主義といったところがあるのでしょうか.「保育所をつくっても,男性の意識が変わらないとだめではないか」と話していたのです.
原中 最近では,女性も自立心が強くなり,生活力もある.一方で,介護は在宅でといった経済優先の政策がありますが,そうなったら,今,社会に出て働いている女性が家庭の中に入らなければいけなくなる可能性があります.これは,私は批判的に見ています.
実は,私はニューヨークのスローンケタリングがん研究所にいた時,実際にアメリカ社会で生活したのですが,炊事などの家事も,皆,夫婦が交代でやっているのですね.日本では,料理が出来ない男性がほとんどでしょうから,絶対に無理だろうと感じました.
もう一つ感じたのは,医師になるとはどういうことかという意識の違いが,男女を問わずあるということです.日本のある方のお孫さんが,UCLAの医学部を不合格になった.そのお父様から聞いたのですが,面接の時,「あなたは今まで人に保護されて,やりたいことをすべてやってきた.少なくとも他人のことを考えたことがないでしょう.もし医師になりたかったら,一年間ボランティアをしてきなさい.そうすれば,あなたの成績なら入れますよ」と言われたというのです.日本の場合には,試験の成績が優秀であれば入れるわけで,こういう意識があるかということですね.
女性の場合も,外国では,自分は将来小児科のこういう分野をやりたいといった,卒業後のイメージを持って入る人が多いのですが,日本の場合には働く女性医師のための環境整備が不十分で,結婚・出産後に,もろもろの事情により家庭に入ってしまう例が多い.今後考えていかないといけないと思いますね.
今年はまず,総会を成功させることが,先生の第一の目標だと思いますが,そのほかに今年の抱負は何かありますか.
矢 総会では,一般の方々に医療を理解していただくための博覧会には五十万人の参加を目標にしておりますし,学術集会には三万人以上のご参加をいただければと思います.
メインテーマにも書かせていただきましたが,新しい医学・医療の進歩は,人々の,あるいは一人ひとりの命を救う,それによって地球の未来も開いていくということで,地球全体の環境保全とか発展を含めても,やはり医療が最も重要な社会基盤ではないかと思います.
しかし,医学・医療というのは,社会との関連が幅広く,また密接で,社会や経済状況,あるいは政策の影響を受けますので,社会の皆さんに理解し,信頼していただき,それによって発展するという,「理解・信頼・発展」というキーワードで,医学会総会もそうですけれども,今後も,よりよき医療のために私も努力していきたいと思っています.
最後にお願いですが,日医会員の先生方が私どもの趣旨にご賛同いただき,一人でも多くご参加くださいますよう,よろしくお願い申し上げます.
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