日医ニュース
日医ニュース目次 第1261号(平成26年3月20日)

平成25年度
日本医師会総合政策研究機構・日本学術会議 共催シンポジウム

平成25年度/日本医師会総合政策研究機構・日本学術会議 共催シンポジウム(写真) 日医総研・日本学術会議 共催シンポジウムが,「福島原発災害後の国民の健康支援のあり方について」をテーマに,二月二十二日,日医会館大講堂で開催された.
 石井正三常任理事の総合司会で開会.冒頭,あいさつに立った横倉義武会長は,「東日本大震災では,多くの医療従事者が,自らの使命感で支援活動に参加された結果,疾患,感染症の大規模な発生を防ぐことは出来たが,一方で,被災された方々への健康支援に関しては,いまだ多くの課題が山積している.今後も被災者の不安を解消し,健康で安定した生活を送ることが出来るよう可能な限り取り組んでいきたい」と述べた.
 大西隆日本学術会議会長は,「日医と共催で初めて行う本シンポジウムを機会に,国民の健康や医療に強い関心をもつ両組織が,更に交流・協力を深めていくことを希望する」とあいさつし,その成果に期待を寄せた.

講 演

 引き続き,講演六題が行われ,前半の座長を澤倫太郎日医総研研究部長が,後半の座長を石井常任理事が,それぞれ務めた.
(一)「事故由来放射性物質による影響の総合的理解と環境回復に向けた課題」
 森口祐一東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻教授は,まず日本学術会議東日本大震災復興支援委員会放射能対策分科会が二〇一二年四月に取りまとめた六項目の提言について説明した上で,限られたデータを基に事故調査報告が公表されてきたが,ヨウ素の地表面沈着量の推計値などが新たに公開されており,こうしたデータに基づく初期被ばくの再評価を含め環境動態の総合的な解析が求められるとした.
 また,復興に向け,科学・技術の総力を結集して問題改善につなげるには,異分野間のより緊密な連携と現地のより深い理解が必要とした.
(二)「福島原発災害後の被災者の健康支援の現状と課題」
 木田光一福島県医師会副会長は,平成二十四年度原子力規制委員会「東京電力福島第一原子力発電所事故による住民の健康管理のあり方に関する検討チーム」に外部有識者として参加し,国による健康診査・健康診断事業の長期にわたる一元管理や,国によるナショナルセンター設置等を求めたことを報告.また,福島県「県民健康管理調査」については,健診検査項目の拡充等を要望するとともに,今後の同調査のあり方については,かかりつけ医等の医療機関がさまざまな健診データ等を,住民と共有することが重要と指摘した.更に日医がさまざまな健診データをデータベース化するための標準フォーマットの策定・提供を検討中であることに触れ,その活用を求めた.
(三)「国や福島県の健康支援に信頼が得られるために」
 島薗進上智大学神学部特任教授は,「福島原発事故の初期の段階で適切な対応がなされなかったことが,信頼の喪失をもたらした.リスクコミュニケーションという名の下で『不安にさせない』という大義が情報操作を正当化する」と指摘.信頼を得るためには,(1)県の枠を超えた検査対象地域への支援(2)作業員への健康支援(3)国主導での総合的な医療支援(4)被害はないはずという前提に立つのではなく,被害がないように対策をとる(5)各地域の医療資源を原発災害支援に振り向ける(6)医療費減免,健康手帳等の被災者支援の充実(7)開かれた討議の場を設ける─等が必要とした.
(四)「科学と地域の架け橋─福島市における育児支援と人材育成─」
 後藤あや福島県立医科大学准教授は,大学と自治体が協働で,震災後の育児支援対策について考え,保健師の支援を行ってきた経緯を報告.その中で,健康情報を住民により分かりやすく伝えることが出来る体制づくりを目指して,保健師対象にヘルスリテラシー(健康の維持向上のために情報を得て,理解し,使おうとする知識と技術:仮訳)研修を企画し,一定の成果を得たとした.
 そして,震災後の住民支援には,既存の保健データを活用することによる住民・支援の現状把握と,ヘルスリテラシーについての啓発が重要との考えを示した.
(五)「『健康に対する権利』の視点からみた,福島原発災害後の政策課題─国連特別報告書『グローバー勧告』を中心に─」
 伊藤和子国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長は,国連「健康に関する権利」特別報告者のアナンド・グローバー氏が,国連人権理事会に提出した,福島原発事故後の住民の健康に対する権利に関する調査ミッション報告書について解説し,その中では,低線量被ばくの影響が否定出来ない以上,最も脆弱(ぜいじゃく)な人々の立場で人権の視点から健康を守る施策を行うことや,追加線量年間一ミリシーベルトを基準とした住民への支援への抜本的な政策転換を求めているとして,極めて重要な勧告だと指摘.日本政府に対しては,勧告を受け入れ,人権の視点に立った抜本的な政策の改善をすべきと主張した.
(六)「被ばく医療の現状からみた福島」
 明石真言独立行政法人放射線医学総合研究所理事は,平成十三年六月(平成二十年十月一部改訂)に原子力安全委員会が示した「緊急被ばく医療のあり方について」を解説するとともに,福島原発事故が,同県の医療に与えた多大な影響について報告した.
 その上で,「福島県内で住民全てが必要な医療を受けられることが被ばく医療の原点であり,そのためには,被ばく医療機関の全ての職種の合意と教育・研修,患者に不安を与えない,風評被害を引き起こさない体制が必要である.また,住民や医療機関の理解も必要で,災害医療との連携,搬送機関の協力,放射線防護の徹底が不可欠で,すなわち,地域に根ざした医療でなければ被ばく医療は定着しない.こうした体制が出来れば,万が一,他の自治体で事故が起こった時にも円滑な医療が出来る」と述べた.

パネルディスカッション

 その後,石井常任理事及び春日文子日本学術会議副会長を座長として,六名の講師によるパネルディスカッションが行われた.活発な意見交換が行われ,参加者からの質問にも講師が丁寧に回答した後,各講演の内容及びパネルディスカッションでの意見を踏まえ,両座長が「共同座長取りまとめ」として別掲のとおり取りまとめを行った.
 最後に,中川俊男副会長が,「福島原発災害の被災者の健康を守れなければ,国民にとって安心・安全な医療を守るという日医の責務を果たすことは出来ない.日医と日本学術会議が,本シンポジウムを第一歩として連携を深め,問題の解決に当たっていきたい」と閉会のあいさつを述べ,盛会裏に終了した.
 参加者は,各県医師会におけるテレビ会議システムでの視聴者を含めて合計二百二十七名であった.
 なお,後日,記録集を作成するとともに,その英語版を日医の『JMAジャーナル』で,全世界百六カ国の医師会等に広く情報発信する予定.

日本医師会総合政策研究機構・日本学術会議 共催シンポジウム
共同座長取りまとめ

平成26年2月22日

 東京電力福島第一原子力発電所事故後の健康管理に関して,日本学術会議は,東日本大震災復興支援委員会放射能対策分科会による提言「放射能対策の新たな一歩を踏み出すために─事実の科学的探索に基づく行動を─」において,住民健診・検診の継続実施体制の整備や医療体制の整備について,2012年4月に提言した.
 一方,日本医師会は,日医総研ワーキングペーパー「福島県『県民健康管理調査』は国が主体の全国的な“健康支援”推進に転換を」,2013年4月に発表するなど,健康支援について積極的に発言してきた.
 2013年10月に環境省に設置された「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」においては,日本医師会常任理事及び日本学術会議副会長が専門家として参画している.
 日本を代表する2つの学術専門団体が,こうした各々の取り組みを踏まえ,さらに連携を深め協力して国民への健康支援をはじめとする,東京電力福島第一原発発災後の対処のあり方について議論を深めるために,平成26年2月22日共催シンポジウムを開催した.
 共催シンポジウムにおける,各講演の内容及びパネルディスカッションでの意見を踏まえ,以下の6点を「共同座長取りまとめ」とした.
1.国・福島県・東電,そして専門家・科学者は健康支援対策への信頼の回復を
 被災者は福島県だけでなく,隣接県を超え全国に広がっているが,被災者に対する国・県の健康支援は不十分であるとの声もある.それらの声に耳を傾け,不安の持たれている健康影響については,検査の意味を丁寧に伝えたうえで,十分な検査や調査を行い,その情報を国民に明らかにすることが重要である.健康支援策の具体的内容も重要であり,その拡充と意義の説明によって信頼が回復され,安定した生活感覚を取り戻すことができる.
 医師・保健師など専門家また科学者においても,解り易い合意に基づく助言を目指し,意見の相違が存在する時は解り易く説明する責務を持つ.
2.東京電力福島第一原子力発電所事故の影響の科学的解明を
 事故後,政府,国会,民間の事故調査報告書が公表され,事故当時の状況が明らかにされてきた.しかしながら,これらは限定されたデータを基に作成されたという限界も否めない.
 一連の報告以降に,事故直後の周辺地域でのモニタリングデータや,ヨウ素の地表沈着量の推計値などが新たに公開されており,これらのデータに基づく初期被ばくの再評価を含め,事故後に蓄積されてきたデータや知見をもとに,事故の影響の一層の科学的解明を図るべきである.
3.国・福島県・東電は生活再建の総合的な環境対策と地域づくりの支援を
 時間の経過による放射能の物理的減衰・自然減衰と除染の効果によって,放射線量が一定レベル以下に低下した地域については,避難指示の解除が検討されているが,帰還の選択をするか否かは個人の選択を尊重すべきであり,また,選択が可能な条件整備が必要である.
 避難指示による避難や自主的避難が長期化した中では,放射線に対する不安だけでなく,個々人の生活再建,コミュニティの復活,地域復興に係る課題にも総合的な対処が必要であり,国・福島県・東電・専門家・科学者は住民の不安に応えるための対話などを通じて,地域づくりの基礎となる信頼関係の再構築をすべきである.
4.国の健康支援システム・汎用性のあるデータベースの構築を
 県域を越えた被災者や,廃炉作業員・除染作業員等も対象とした国の健康支援システムの構築と,さらに様々な健診データ等のデータベースを,被災者・廃炉作業員・除染作業員等の健康支援のために広く共有できる,例えば(仮)日医健診標準フォーマットのような汎用性を具備したデータベースを,構築すべきである.
5.住民や作業員への健康支援・人的資源育成等のためのナショナルセンター整備を
 被災した住民や廃炉作業員の健康支援や,放射線汚染環境情報の集積,さらには緊急被ばく医療体制を整えるための人的資源育成等の,中心的機能を担うナショナルセンターを,いわき市における誘致要望にも留意し,設置すべきである.
6.健康権の概念を尊重し長期的かつ幅広い視点からの健康支援体制の構築を
 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約第12条第1項において,「全ての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有すること」,いわゆる「健康権」が認められている.
 健康権の概念に照らした,全国に散在する被災者を含め長期的かつ幅広い視点からの健康支援が必要である.
 命の視点,倫理的視点に立ち,原発サイトや除染で働く作業員の,労働作業環境の管理,健康管理・健康支援,緊急被ばく医療体制の整備,関係者の知識共有と理解,そして住民参加による政策やシステムづくりが必要である.

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