日医ニュース 第909号(平成11年7月20日)


I―2.組合管掌健康保険の財務状況



1.企業会計への組み替え
2.損益計算書
3.ストックの状況
4.今後の問題提起

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1.企業会計への組み替え

 政府管掌健康保険と同様に事業年報には収支状況は掲載されているが,損益状況,貸借対照表による資産負債の状況は掲載されていない.政管健保同様に事業年報(平成8年度版)の年度別収支状況を,一般企業の損益計算書に準じて組み替えを試みた.貸借対照表が作成されていないので,支出のすべてが年度の費用かどうか定かではないが,以下の仮定で組み替えた.

(1)収入の部
 収入合計61,755億円のうち以下の3,663億円を除いた58,092億円を純収入とした.
◇繰越金(前年度からの繰越) 865億円
◇繰入金(準備金,積立金等の取り崩し) 2,796億円
◇組合債による借入 2億円

(2)支出の部
 支出合計59,456億円のうち以下の104億円を除いた59,352億円を支出とした.
◇収入に入っている退職積立金繰入金47億円は一方で支出の部で積立が行われているはずで,本来積立と取り崩しで相殺されるものである.従って便宜的に収入ではなく,支出のマイナスとして事務所費から差し引いた.
◇収入に入っているその他繰入金48億円も退職積立金と同様な取り扱いとした.
◇組合債費9億円も組合債の償還と解釈して支出から除いた.

(3)収支差額
 純収入58,092億円と純支出59,352億円との差額1,260億円が平成8年度の収支差マイナスになっている.一般企業でいえば1,260億円の赤字である.

2.損益計算書

 健康保険の収支では収入57,549億円に対して支出52,874億円で,収支差(一般企業では粗利益に相当する)4,675億円を計上している.一方,病院・診療所・老人保健施設,訪問介護事業を経営している.その部分では,収入が543億円に対して798億円の支出で,255億円の赤字を出している.
 これらの部門をまったく母体の組合から独立して,独立採算として運営していたと仮定して255億円の赤字である.母体としての組合が事務的,経営的に支援しているとすれば,さらに母体の組合運営に損益的にマイナスを与えていることになる.大企業における関連企業のような状況下にあるものと推測される.
 健康保険部門の粗利益4,675億円から事業部門の粗利益のマイナス255億円を引いた4,420億円の粗利益で組合運営が行われていることになるが,組合の事業費(固定費)は5,680億円かかっている.そのために1,260億円の赤字になっている.赤字の補填には別途積立金の取り崩し2,459億円,法定準備金の取り崩し243億円を当てている.しかし法定準備金,別途積立金の残高から推測すると,法定準備金を631億円,別途積立金1,283億円を積み立てているので,ネットの赤字補填は差額の788億円になる.従って次年度への繰越赤字は1,260億円から788億円を差し引いた472億円ということになる.
 複式簿記的に整理をすると以上のような損益状態だが,貸借対照表がないので損益計算書と残高の関係が明らかにならない.事業収支報告の形態が単式簿記ということから推測すると法定準備金631億円と別途積立金1,283億円の積立部分は,収入計上時点で収入から別途切り離して区分経理されているようにみえる.複式簿記的には収入に計上して,出た利益から法定準備金,別途積立金の積立を行うのが通常である.この仮定で法定準備金631億円と別途積立金1,283億円の金額を収入に加えると,収入が1,914億円増えて1,260億円の赤字は654億円の黒字になっているはずである.その上で法定準備金を積み立てて,不足分を別途積立金から取り崩す形が通常の処理であろう.
 1999年4月24日(土)の日本経済新聞は大見出しで「健保連が一時凍結」と健康保険組合連合会が老人医療保険負担金支払を拒む態度が報道されている.拒む理由は『健保組合の85%が赤字』にあるようだ.しかしそこで論じている赤字は『経常収支の赤字』であって,企業会計でいう損益計算の赤字ではない.一般企業人はこの記事を見れば当然『損益の赤字』を想像し,「これは大変だ!」と思うであろうが,前述のごとく企業会計的に組み替えると実際は654億円の黒字である.論拠をそろえる必要がある.

3.ストックの状況

 貸借対照表が公開されていない(存在しない?)ので,資産・負債の状況は明らかではないが,事業年報の財産保有額をみると,法定準備金12,419億円,別途積立金19,939億円合計32,358億円の累積財産(企業の累積利益に相当する)がある.仮に毎年平成8年度並の赤字(だったとして)1,260億円を出しても25〜26年は債務超過にはならないことになる.
 32,000億円のすべてを現預金で保有しているわけではないだろうが,相当額の金融資産を保有しているはずだから,現在の政府の低金利政策も健保組合の収益悪化に大きく影響している.この面の対策も検討に値する.

4.今後の問題提起

 しかし高齢化社会に突入し,医療費はさらに増加していく.加えて日本経済の今後はビックバン,規制緩和などのかけ声とともに資本の効率,ヒトの効率,資産の効率が求められていくことになる.このことは会計基準の国際化などにも端的に表れている.日本企業はこれまでのように収益を犠牲にして,社員に手厚いフリンジベネフィットを提供していくことは不可能になるであろう.当然組合健保への企業の取り組みも急速に変化していくことになる.今の状況から25〜26年債務超過にならないなどと安易なことをいっているわけにはいかない.組合健保は死に体の政管健保と異なり,ストックだけでなく事業費など随所に余裕のある今のうちに,以下のような経営構造の改革を断行する事が賢明であろう.

(1)医療関連事業の整理統合
 まず255億円の赤字を出している医療事業を切り離し純民間に委ねることが得策であろう.一般の産業界でも得意な事業,強い事業に経営資源を集中するフォーカスの時代である.健康保険組合が中途半端に医療事業まで抱え込むのはもはや時代遅れの感がある.企業自身も社宅,通勤交通費,福利厚生費などフリンジベネフィットを見直し,給与体系の見直しに着手している.なにからなにまでワンセットで抱え込まずそれぞれ得意な者が得意な分野で,得意なサービスを高度に提供していく時代であり,それを上手に利用し,自らのサービスの質を磨いていく時代である.健保組合の経営についても例外ではない.

(2)保養所の廃止
 保養所の運営についても同じことがいえる.中途半端な施設でお義理のサービスをしても社員も喜んではいない.プロが経営する高度なサービスを社員が自由に選択するほうが喜ばれる.企業が健康保険組合を通じて運営する保養所の存在は,30年以上前の日本がまだ旅行も十分できなかった,貧しかった時代の名残ではないだろうか.不動産価格が下落しているとはいうものの,まだ含み益を期待できる物件も多いはずだ.

(3)一部負担金還付等の見直し
 組合員が相対的に若くて健康な組合健保と政管健保,国保とでは財政の健全性が違うのは当然のことである.そこが老人保健・退職者医療の拠出金が生まれた背景でもある.さらに本人負担の医療費についても,当然のことながら死に体の政管健保などでは還付されていないが,財政に余裕のある組合健保では様々な形で還付されている.この医療費関連の還付だけでも2,453億円にのぼる.これを政管健保並に廃止するだけで当分の間黒字を維持できるし,健康保険料の引き下げに回すこともできる.

(4)事業費(固定費)の見直し
 医療関連事業の直接事業費798億円,健保組合の運営費(固定費)5,680億円合計6,478億円の事業費を見直すのは今をおいてない.政管健保では粗利益部分が極端に少なく,運営費(固定費)を削減しても収益回復の見込みは立たない.しかし組合健保はまだストックも厚く,改善の余地も大きいのでいまのうちに経営構造を改革すれば,健全な収益構造を維持することができる.現在の資料では固定費の中味が見えないが人件費,経費の削減など,アウトソーシングを含め生産性向上を最重点に,大胆な改革が望まれる.

(5)政管健保と組合健保の連結
 政管健保の項で,被保険者一人当たりの保険料収入と医療費支出の面から政管健保と組合健保との違いを指摘した.双方の損益計算書を連結するとさらに問題点は明らかになる.単純に合併すると3,640億円の赤字になるが,組合健保の「その他給付費」を政管健保と同じ条件で中止すれば直ちに2,453億円赤字が減少する.残りの赤字はわずか1,187億円にすぎない.
 船員保険,共済組合保険については他の事業との分別が困難なので連結はしなかったが,全体としてはまだ余裕がみられる.余裕がある今のうちに国民健康保険も含めて,健康保険に関する事業を社会全体のインフラの問題としてとらえて一体化し,抜本的な改革を断行する時期であろう.

全文は日医総研のホームページに掲載しています.
http://www.jmari.med.or.jp

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