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令和5年(2023年)5月20日(土) / 日医ニュース

「ビッグデータが拓く未来の医学と医療~豊かな人生100年時代を求めて~」をメインテーマに開催

「ビッグデータが拓く未来の医学と医療~豊かな人生100年時代を求めて~」をメインテーマに開催

「ビッグデータが拓く未来の医学と医療~豊かな人生100年時代を求めて~」をメインテーマに開催

 第31回日本医学会総会2023東京が4月21日から23日の3日間、「ビッグデータが拓く未来の医学と医療~豊かな人生100年時代を求めて~」をメインテーマとして、東京国際フォーラムを中心に開催され、登録者数はWEB参加も合わせて約25,000名となった他、博覧会には約50万人が来場した。
 今号では主な講演並びに会頭特別企画の内容を紹介する。

 今回の総会は、初めて会場とWEB形式のハイブリッドで開催されるとともに、一部医師向けの学術プログラムが一般市民にも公開で行われた。
 また、開会記念 特別講演会では、春日雅人第31回日本医学会総会会頭が「健康社会への宣言 2023東京」を公表。その他、期間中には、若手研究者を表彰する「日本医学会総会奨励賞」の授賞式等も行われた。
 天皇皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ、21日に行われた開会式では、冲永寛子同総会式典委員長が司会を務め、宮園浩平同総会副会頭が開会宣言を行った後、門田守人日本医学会長が開会の辞を述べた。同医学会長は、「医学・医療の技術革新の一方で、新技術に伴う生命倫理の課題が浮上する中で、新型コロナウイルス感染症の経験から、病気を社会全体で捉える医療システムの重要性などが認識されるようになり、地球規模の環境問題と相まって、今こそ未来を見据えた議論が求められている」と述べ、本総会がその期待に応える会になることを祈念しているとした。
 次に、門脇孝同総会準備委員長が経過報告を行い、医学会総会初の試みとして、若手研究者をメンバーとしたU40委員会を発足させたことや、座長、講演者への積極的な女性登用及びオンデマンド配信により後日の聴講を可能にしたことを紹介した。
 続いて、式辞に立った春日同総会会頭は、医学・医療が大きな転換期に差し掛かり、革新的技術の医療への実装に当たり、倫理的、公的、社会的課題について、社会との対話による合意が求められていることを踏まえ、本総会のテーマを決定したと説明。「本総会では、一般市民の方とも最先端の医療情報を共有することになっており、自分の健康は自分で守る意識の醸成にもつなげていきたい」と抱負を述べた。
 次いで、天皇陛下から、別掲のおことばを賜った。
 来賓祝辞では、岸田文雄内閣総理大臣が、最新の研究成果を基に、現在の医学・医療が取り組むべき諸課題について議論が行われることに期待感を示すとともに、「日本医学会が令和の時代の医学と医療のあるべき姿を目指して更なる議論を牽引し、日本の医学が発展することを願っている」と述べた。
 続いて祝辞を述べた松本吉郎会長は、ビッグデータの活用や技術革新をいかに社会実装していくかが重要な課題になっていると指摘。本総会がわが国の医学・医療の将来像について、社会全体で対話を深める場となることに期待感を示した。

天皇陛下おことば(全文)
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 第31回日本医学会総会が、多くの医学関係者の参加の下に開催されることを誠に喜ばしく思います。
 明治35年にこの総会の第1回に当たる日本聯合(れんごう)医学会が開かれて以来、総会はほぼ4年ごとに行われ、今回が第31回に当たると聞いています。
 医学や医療の進歩は、21世紀に入ってからも目覚ましいものがあり、我が国では、人生100年時代とも表現されるように、多くの国民が長寿を享受できるようになりました。一方、少子高齢化が進む中で、介護を始めとした日本社会が直面する諸課題についても、医学会との連携の下、豊かで人間らしい人生100年時代を目指して、社会全体で取り組んでいくことが求められています。
 AI、ロボティクスなどの技術革新や、ビッグデータに体現されるデジタル革命により、医学・医療も大きく変わろうとしていますが、未来の医学と医療は、人の一生を通して、人々の自立を支え、生き生きとした豊かな人生に寄り添うものとなることが期待されます。そのためには、医療技術革新の更なる進展と、その基盤となる基礎医学を含む基礎科学の一層の発展が望まれます。
 同時に、医学・医療の進歩に伴う様々なリスクや倫理的な課題への取組も大切なことだと思います。医学の進歩が、これまで人類にもたらした計り知れない恩恵に改めて思いを致すとともに、医学・医療に携わる人々が、進歩に伴う課題とも誠実に向き合いつつ、人々の健康な生活のために大きな力となることを期待いたします。
 この3年間、新型コロナウイルス感染症が社会に大きな影響を与えました。そのような中にあって、この感染症の症状や治療法、感染対策などの研究を鋭意進めてこられた医学関係者の皆さん、そして患者さんの命を救うために多大な尽力を続けてこられた医療従事者の皆さんに、改めて心からの敬意を表します。
 我が国で、医学、医療、社会の連携と連帯が求められている状況の中で、この度の総会が「ビッグデータが拓く未来の医学と医療~豊かな人生100年時代を求めて~」をメインテーマに、開かれた議論の場として開催されることは大変意義深いことと考えます。これまでの医学・医療の発展に力を尽くしてこられた関係者の皆さんに深く敬意を表するとともに、本総会が、医師を始めとする医療従事者や研究者の皆さん、更には、学生や一般市民の参加によって実り多いものとなるよう願い、私の挨拶といたします。

「日本医師会の医療政策」と題して講演 ―松本会長

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 21日に行われた日本医師会長講演では、松本会長が「日本医師会の医療政策」と題して講演した。
 松本会長は、日本医師会の主な取り組み(①新たな時代の感染症対策②かかりつけ医機能の充実③医療現場の安全確保④医師の働き方改革⑤医療界におけるDX)について説明。
 ①については、「日本の対応は世界的に見ても高水準と言える」と述べるとともに、これはわが国の医療関係者が総力を結集した結果だとして謝意を示した。
 ②では、かかりつけ医機能が発揮される制度整備に向けて、その方向性や目指す機能分化と連携のモデルなどについて説明。かかりつけ医機能向上のため、「日医かかりつけ医機能研修制度」を平成28年度から続けていることを紹介した。
 ③では、会内に「医療従事者の安全を確保するための対策検討委員会」を設置し、昨年7月に取りまとめを公表したこと等を紹介。危険が差し迫った状況下では警察による緊急の対応が必須であることから、警察庁等との関係構築を進めているとした。
 ④では、大きな課題の一つであった宿日直許可の取得について、厚生労働省に繰り返し働き掛けを行った結果、令和4年の許可取得件数が大幅に増えたとするとともに、"医療の質を維持・向上しつつ"働き方改革を進めていく重要性を強調した。
 ⑤では、医療現場の負担や混乱が生じない対応を国に求めているとした上で、日本医師会としては引き続き医師資格証の全医師への発行を強力に加速していくとした。
 松本会長は最後に、2024年度以降の医療・介護提供体制に向けて、関係者が一致団結して取り組みを進めていく必要性を指摘。「医師には地域における公的な仕事を医師の矜持(きょうじ)としてやって頂きたい」と述べ、少しでも自分のできる形で地域との関わりをもつよう求めた。

日本医学会長講演「創立120周年を過ぎた日本医学会が目指す道」
門田守人 日本医学会長

230520a4.jpg 門田医学会長は、日本医学会の創立から120年の歴史を振り返り、わが国の総人口の推移や各国の平均寿命を示しながら、最も大きな出来事の一つとしてゲノム革命(ヒトゲノム全塩基配列解読)を挙げ、その"光"の部分としてさまざまな成果が期待される一方、"影"の部分となる課題等にしっかりと取り組んでいく必要があるとした。
 また、わが国の医療の特徴として、これまでは科学技術が重視され、社会学的、制度的な整備が追いついていない面があったと指摘。最近は科学技術に関しても論文数が低下するなど危うい状況になってきているとした他、学術の世界と政治の関係にも問題が生じてきているとした。
 更に、直面する急激な社会環境の変化の代表例として、ChatGPT等のAIと人間の関係に触れ、「最終的にはシンギュラリティ(人工知能が人間の知能を超える転換点)が起きるかも知れない」と述べた。
 同医学会長は、このような環境の変化の中で「日本医学会が目指す道」というテーマについて考えることは易しいものではないとした上で、学術のあるべき姿について、過去の識者等の発言や著書を引用しながら解説。「我々は今非常に大きな変化の中にいるが、目の前で変わっているものを追い掛けるだけではなく、変わってはならないものは守っていかなければならない」と強調し、医学界の中だけで話をするのではなく、全国民に理解を得るような形で活動していく方向性が求められるとした。
 門田医学会長は最後に、「今回の医学会総会は新しい120年の始まりとなる。我々は過去を反省し、過去から未来へと向かっていく」と述べ、本総会を契機としてさまざまな活動が展開されていくことに期待感を示した。

会頭講演「ビッグデータが拓く未来の医学と医療―豊かな人生100年時代を求めて―」
春日雅人 第31回日本医学会総会会頭

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 春日会頭は、今回の総会のテーマにある"ビッグデータ"について、人間では全体を把握することが難しい巨大なデータ群であると定義。「Volume(量)」「Variety(多様性)」「Velocity(速度・頻度)」の要素が高いレベルで確保されていることが特徴であるとした上で、特に「ゲノム解析情報」「ウェアラブルデバイスから得られる情報」「電子カルテから得られる情報」の三つを取り上げ、そのビッグデータを用いた各種研究や疾病予防及びゲノム医療への利活用事例等を紹介した。
 また、春日会頭は、「高齢者もできるだけ長く健康で活躍できる豊かな人生100年時代が求められているが、本人が主体的に取り組む意識が重要になる」と指摘。そのためにもPHRの活用や健康・疾病リテラシーの向上等が求められているとするとともに、今後、ビッグデータとAIの活用による医療の効率化が医療従事者の時間と心の余裕につながり、個々の患者に寄り添う医療が容易になることに期待を寄せた。
 更に、わが国における医学の発展の基礎を築いたエルヴィン・フォン・ベルツ氏が、第1回日本医学会総会の講演の中で、「専門家こそ専門外の研究を知る必要がある」と述べ、医学会総会の意義を強調したことやその半年前の日本在留25周年記念祝典で講演した一節を紹介し、ベルツ氏が触れた科学の樹を育むのは社会ではないかとの見解を示した。
 その上で、「社会の信頼と合意の下に、初めて医学研究並びに医療の社会実装が可能になり、医学・医療の進歩がある。技術革新が急速に進むこれからの時代においては、ますます社会との対話が重要になる」と指摘し、医学会総会もその一つの機会として、恒常的に行われることが今後の課題であると結んだ。

開会講演「オートファジー研究を振り返って 基礎研究と医療応用の発展のために」
大隅良典 東京工業大学栄誉教授

230520a6.jpg 大隅栄誉教授は、冒頭、自身が約30年にわたり「オートファジー」の研究に取り組むことができた要因について、「時代背景もあるが、研究に適した環境と周囲の理解が得られた幸運もあったとして、感謝の意を示した。また、「人がやらないことをやりたい」という信条が、オートファジーを解明する上で非常に重要であったと振り返るとともに、研究の成果と医療応用への展望について説明した。
 大隅栄誉教授は、生命体にとって「分解」が合成と同様に重要であることを突き止める一方、オートファジーができない場合、細胞に何が起こるのかに着目。オートファジーに必要な遺伝子を同定し、オートファジーのできない(1)マウス、(2)肝臓を持つマウス、(3)脳神経系を持つマウス―をつくり出したところ、いずれもオートファジーが個体の生存に重要な役割を果たしていることを示唆する結果が得られたことを紹介した。
 また、近年では、オートファジーの生理機能は「たんぱく質の合成」のみならず、①細胞内浄化②病原体排除③腫瘍(しゅよう)抑制―など、さまざまであることが判明しつつあるとするとともに、特に③では、がん細胞を特異的に攻撃する創薬等につながる可能性があるとし、期待感を示した。
 一方、現在、オートファジーは世界中で研究される分野となったものの、応用研究に至るにはまだ長い年月が掛かると指摘。若手研究者に向けては、「はやりの分野に打ち込むばかりではなく、未開の分野に挑戦することが基礎科学の発展には欠かせない。科学はあらかじめ結果が分からないことへの挑戦との前提に立ち、自由な発想で取り組むことが大切」とエールを送った。
 また、最後に大隅栄誉教授は、科学研究を志す若者が減少している現状について、人の活動のグローバル化、IT・AIの急激な進歩、短期的な成果を求め過ぎる社会の傾向、行き過ぎた選択と集中にその原因があるとして警鐘を鳴らすとともに、①基礎研究者への支援②企業や個人からの基礎科学への期待と支援③企業による長期的な目標設定と基礎研究への回帰―が必要との認識を示した。

閉会講演「COVID-19 これまで、そしてこれから」
尾身茂 公益財団法人結核予防会理事長

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 尾身理事長は、日本における新型コロナについて、(1)対策の特徴、(2)評価、(3)直面した課題、(4)今後の見通し―を概説の上、「感染症に強い社会の構築」に向けた提言を行った。
 (1)では、冒頭、日本の新型コロナ対応が明らかに準備不足であったことを指摘するとともに、2009年に発生した新型インフルエンザの流行が収束した後、次のパンデミックに備え、念入りな総括を行ったものの、自然災害といった要因のために新型コロナ対応には生かされなかったとの認識を示した。
 (2)では、ヨーロッパ各国や韓国、シンガポールとの感染者数、死亡者数を比較し、日本が依然として人口10万人当たりで比較するといずれも少ない水準にあることを説明。不利な状況の中でも優れた結果を残すことができたのは、①医療従事者の献身的な努力②一般市民の協力③国及び自治体による感染対策の定期的実施―があったことが挙げられるとした。
 一方、(3)では、①政府と専門家の関係性が不明確②医療の逼迫(ひっぱく)③不十分かつ遅れたコミュニケーション―などの課題があったことを挙げ、それぞれの解決に向けた見解を述べた。
 (4)では、感染者・入院者・死亡者の状況が日本の10カ月先の状況を表していると言われているイングランドの現状を紹介。「イングランドでは感染の波が訪れる間隔とその振幅が少しずつ小さくなっているエンデミックの状態に近付いているが、日本はその状況にはない」との認識を示した。
 また、「感染症に強い社会の構築」のために必要なこととして、①責任の所在と役割の明確化②国と専門家との円滑なコミュニケーション③薬剤等の研究開発④国による国内外への情報発信⑤有事に備えた平時からの準備と人材育成―などがあることを挙げるとともに、「多様な職種の人材によるネットワーク構築」「国に対して感染症対策に関する政策立案を行うことができる専門家の育成」「新型コロナを踏まえた医療制度の見直し」などが重要になると強調した。

第31回日本医学会総会 開会記念 特別講演会・市民公開講座

230520a8.jpg 第31回日本医学会総会 開会記念 特別講演会・市民公開講座では、冲永寛子第31回日本医学会総会式典委員長の開会あいさつの後、春日雅人同総会会頭を座長に、中村祐輔国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長より、「デジタル化・AI化で思いやりに満ちた医療を!」と題した基調講演が行われた。
 中村理事長は、(1)国民に高度で先進的な医療サービスを提供するとともに、医療従事者の負担軽減を図る、(2)全国どこでも、いつでも、誰でも新しい技術、知識にアクセスできるようなシステム、新しい医療を享受できるようなシステムを作る―ことが求められており、そのためにもデジタル化やAI化が必要であると強調。今後に向けて、自身も、「日本医師会、医療機関、企業間で連携し、最先端の医療を提供する」「人工知能ロボットや人工知能アバターを用いて、医療現場の負担を軽減する」「症状や症状の表現等、約44万語からなる医療用語集を作成し、誤診や診断の遅れを回避する」ことなどに取り組んでいると紹介した。
 また、将来、医療従事者は患者が既に病気の知識を持っていることを前提に診察することが予想されることから、人工知能との向き合い方やAIをどのように医療現場にうまく溶け込ませるのかを考える必要があると主張。AIの正確性については、「人間の診断と同様に100%の精度を求めることは不可能であるが、AIの活用によって医療現場の負担軽減や医療の質の向上が図られる」と期待感を示す一方で、現状ではAIの使用ルール、信頼性や責任の所在等の策定が追いついていないとして、その改善を求めるとともに、ランサムウェア被害等に備えたバックアップシステムの構築の必要性についても言及した。
 最後に中村理事長は、「デジタルやAIを用いた医療は冷たいものではなく、ミスを減らし、時間的な余裕を生むことで、心の余裕をもたらしてくれるものである」と述べるとともに、機械が持たない「人間力」を高めるためにも、医療関係者の人間力を高める教育のあり方を考えていくよう呼び掛けた。
 続いて、「デジタル革命と未来の医療」と題するパネルディスカッションが行われ、「未来の医療のイメージ」「未来の医療の課題」などについて、パネリスト間で活発な議論が交わされた。
 その後、春日会頭より、①ビッグデータによる医学・医療の変革②革新的医薬品や医療技術を通じた未来医療の提供③持続可能な新しい医療システムの構築と未来の医療を支える人材の育成④パンデミック・大災害に対抗するイノベーション立国による挑戦⑤人生100年時代に向けた医学と医療の実現―の5つの柱からなる「健康社会への宣言 2023東京」が発表された。
 春日会頭は最後に、特別講演会・市民公開講座への参加に謝意を示した上で、「基調講演とパネルディスカッションを通じて、デジタルやAIがより身近に感じられるようになり、未来の医療のイメージが湧いてきたのではないか。21~23日での学術講演や学術展示等にも触れ、より考えや知識を深めて欲しい」と述べ、特別講演会・市民公開講座は閉会となった。

会頭特別企画3「2024年の医師の働き方改革元年を翌年に控えて―課題と展望」

230520a9.jpg 2024年4月からの医師の働き方改革の施行を間近に控え、残された時間で何をすべきかを考えるために行われた会頭特別企画3「2024年の医師の働き方改革元年を翌年に控えて―課題と展望」では、7名の演者が講演を行った。
 角田徹副会長は、日本医師会としては医師の働き方改革を進めるに当たって、「地域医療の継続性」と「医師の健康への配慮」の両立が重要と考えているとした上で、女性医師に対しては、「今後のライフイベントを考慮した働き方を検討・計画して欲しい」と述べた他、「基本領域学会の先生に対してはC-2水準の取得を、宿日直として勤務医の派遣を受けている医療機関の先生に対しては宿日直許可の取得を、それぞれ検討して欲しい」と呼び掛けた。
 瀬戸泰之東京大学医学系研究科消化管外科教授は、医師の働き方改革の各水準を診療科ごとに申請できるようにすることを提案。医師の働き方改革を進めるためには社会の理解が必要だとした他、大学における教育・研究の質の低下の可能性に懸念を示した。
 遠藤久夫学習院大学経済学部教授は、医師の働き方改革の懸念点として、地域医療、臨床研修、医師の人件費、他の医療政策に対する影響を挙げ、今後注視していく必要があるとした。
 佐々木康輔厚生労働省医政局医事課医師等医療従事者働き方改革推進室長は、2024年に向けて、各医療機関に早急に行って欲しいこととして、「自院の医師の勤務労働時間の把握」「必要な場合には宿日直許可の申請」「自己研鑽(けんさん)の明確化」などを挙げ、引き続きの協力を求めた。
 岸玲子北海道大学特別招へい教授は、「日本では極めて安心できる医療を非常に少ない医師が必死で提供している状況にある」と指摘。その改善のためにも、医師の業務の見直し、タスクシェア・タスクシフトの推進などが必要であり、国の財政的支援が不可欠だと強調した。
 森正樹東海大学副学長は、7つの大学で行われている外科医の勤務環境改善に向けた取り組みとして、「主治医制を廃止し、チーム制を導入」「他の診療科医師へのタスクシフト」「モバイル端末によるカルテ閲覧システムの導入」などを紹介。今後はICTの導入やスタッフの増員が求められるが、そのためにも国からの財政支援が不可欠であると主張した。
 岡留健一郎日本病院会副会長は、医師の働き方改革のためには「タスクシェア・タスクシフト」「多職種との強力なパートナーシップ」「医師の判断への忖度(そんたく)と遠慮を示す風土の払拭」が必要だと指摘。そういう意味からも「医師の働き方改革は病院改革の契機にもなる」とした。

会頭特別企画4「COVID-19に世界はどう対応したのか?どう対応するのか?」

 新型コロナウイルス感染症のパンデミック禍における世界での対応を検証するために行われた会頭特別企画4「COVID-19に世界はどう対応したのか?どう対応するのか?」では、5名の演者が講演を行った。
 アメリカのアンソニー・ファウチ前米国立アレルギー感染症研究所長は、COVID-19から得た10の教訓として、(1)想定外の事態を想定しておく、(2)世界中に情報を共有する、(3)臨床研究のためにつくられた既存の体制を強化する、(4)パンデミックにつながる病原菌を早期に特定し、ワクチン開発などに取り組む、(5)人と動物の接点に注意を払う、(6)誤った情報には注意する―ことなどが必要になると強調。今後については、「残念ながらコロナを根絶・排除することはできないがワクチン接種や換気、マスクの着用などでコントロールすることは可能だ」として、引き続きの協力を求めた。
 山本尚子国際医療福祉大学大学院教授は、コロナ禍で行われてきたこととして、①病原体情報の共有②ワクチン・医薬品に公平にアクセスできるための枠組みの創設③迅速な承認審査の枠組みの創設―などが挙げられると説明。
 また、今後、新たな感染症の発生に備えた世界の動きについても触れ、IHR(国際保健規則)の改正や、パンデミック条約の制定に向けた検討が進められていることを紹介するとともに、低所得国のm-RNAワクチンの開発能力を高めることも必要になると指摘した。
 台湾のオードリー・タン デジタル担当大臣は、マスクマップを作成し、誰でもマスクの在庫等を見られるようにするなど、デジタルを活用して、コロナのパンデミックに対応した台湾の取り組みを紹介。デジタルの活用に当たっては、サイバー攻撃への対応、個人情報の保護にも努めているとした。
 ピーター・ホービー オックスフォード大学教授は、自身が行ったRECOVERY試験(実際に治療にあたる医師にどの治療薬を使用すべきかといった必要な情報を提供して行う臨床試験)の結果を説明。コロナなどの未知の感染症の治療法を見つけるためには、実地に即した大規模な臨床試験が必要となるが、RECOVERY試験は低所得国でも実施可能であるとしてその意義を強調した。
 リチャード・ハチェット感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)CEOは、CEPIが掲げる「100日ミッション」(新たな病原体に対するワクチンを100日以内で開発する目標)への日本の協力に謝意を示すとともに、感染症のパンデミックは地震と異なり、予防可能であるが、そのためにもサーベイランスの強化とワクチン開発が不可欠になると指摘した。

会頭特別企画5「COVID-19に日本はどう対応したのか?どう対応するのか?」

230520a10.jpg  会頭特別企画5では「COVID-19に日本はどう対応したのか?どう対応するのか?」をテーマに、6名の演者による講演が行われた。
 押谷仁東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授は、日本と世界における新型コロナの初期対応について概説。日本で行っていた感染源の特定調査や3密回避は、クラスターのコントロールにおいて有効な手段であったとした。また、今後については、5月8日以降の感染対策のあり方や、将来、新興感染症のパンデミックが起きた際の対応について考えていかなければならないと強調した。
 大曲貴夫国立国際医療研究センター国際感染症センター長は、コロナの特徴やコロナ禍における臨床像の変化等を説明した上で、ワクチンの効果や治療薬の開発について評価しつつ、今後はより早急な開発と人々への提供が求められているとした他、「高リスク者が感染した際の迅速な医療の提供や入院病床の確保」「コロナ診療と一般診療の両立」など、多くの課題が残っているとし、それらの解決のためにも次のパンデミックに備えた感染症に強い医療体制の再構築が重要になるとした。
 岡部信彦川崎市健康安全研究所長は、時代や感染症に合わせて感染症危機管理体制が改善されてきた経緯を説明。2009年の新型インフルエンザが発生した際、提言や法整備がなされたことに対する検証が行われていないことに懸念を示し、これからは感染症危機に備えた政府の体制づくりの他、提言や政府行動計画に基づいてPDCAサイクルを回していくことなどが求められると主張した。
 脇田隆字国立感染症研究所長は、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合し、国立健康危機管理機構が設立されることについて、「パンデミックにおける公衆衛生対応の向上」「ワクチンと治療薬等の研究に対する能力の強化」が期待されると指摘。また、専門家組織の役割については、人々の理解と協力を得られるよう、政府に対して透明性のある助言を行うことであるとし、「今後のパンデミックや、自然災害が起きた際にも、こういった組織やシステムは重要になる」と強調した。
 河岡義裕国立国際医療研究センター国際ウイルス感染症研究センター長は、新型コロナの教訓を踏まえた、研究開発の視点から見た課題として、「大臣確認実験の問題」「フレームワークの欠如」等があったとして、その内容を概説。また、ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点(フラッグシップ拠点やシナジー拠点)の取り組みを説明し、基礎研究、人材、データが不十分であるなど、さまざまな課題が残っていることを指摘した。
 武見敬三参議院議員はコロナによって確認された三つの大きな課題として、(1)パンデミックに対する危機管理体制の構築、(2)医療情報システムの構築、(3)ワクチンを含む創薬力―について説明した他、その解決に向けて自身が関わった提言や取り組みについて報告。「コロナのパンデミックはわが国の医療提供体制の弱点をさらけ出したが、弱点が明らかになったという意味では大きな成果があったと言えるのではないか」との考えを示した。

会頭特別企画8「2040年を見据えた地域医療構想―我が国の医療供給体制の課題と未来への提言」

230520a11.jpg 「2040年を見据えた地域医療構想―我が国の医療供給体制の課題と未来への提言」をテーマとした会頭特別企画8が行われた。
 基調講演を行った永井良三自治医科大学長は、わが国の地域医療について、「人口減少や少子高齢化という問題により持続困難になりつつある」と述べた上で、医師の専門性やIT化、財政等の問題をまとめて解決できるような方策は存在しないことを強調した。
 また、日本の医療について、高度急性期が手薄になっていると指摘。解決に向けた地域の役割分担を今後、関係者がお互いを尊重しながら、データに基づいて議論していく必要があるとした。
 猪口雄二副会長は、まず、「地域医療構想は2025年度が1つの終着点であることを考えると、2023、24年度が非常に重要になる」と指摘した。
 また、これまでは病床を基準として地域医療構想は考えられてきたが、介護保険や外来医療との整合性も考慮に入れて議論していく必要があるとした他、病院区分について現在の表現は国民にとって分かりづらいとして、「国民の目線に立って、その見直しを考えていかなければならない」と述べた。
 迫井正深内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室長は、地域医療構想の実現のためには、地域の将来像をきちんと共有し、需要が増える診療科や求められる入院体制等も考えながら、利害調整を行っていく必要があると指摘。また、地域医療構想を考える際には、「社会システムとしての医療提供という視点がどうしても必要になる」と述べ、その際には各種職能団体など、医療界との調整が求められるとした。
 荒井正吾奈良県知事(当時)は、地域医療に関する奈良県の取り組みを紹介。エビデンスを基に関係者を説得しながら、医療機関の機能分化及び不足していた急性期医療の整備等を進め、医療のパフォーマンスも上がってきているとした。
 今村知明奈良県立医科大学公衆衛生学講座教授は、日本の今後について、大都市では高齢化率や老年人口が増える一方で、地方では既に老年人口が減少に転じているところもあるなど、両極端な状況になってくると解説。特に都市部の在宅医療の需要に対応できるかが大きな課題との見方を示すとともに、需要のピークアウト後についても併せて考えなければならないとした。
 大屋祐輔琉球大学病院長は、地域医療構想の中で大学が関わる部分として、医師の養成と派遣を挙げ、自院での医学部の6年間だけでなく、10年目程度までを見据えた教育や、地域枠の取り組みが一定の効果を上げていることを報告。その一方で、医師の働き方改革は大学の取り組みを難しくするとの見方を示し、修練の時間や給与の問題をどうするか苦慮している現状を説明した。
 猪熊律子読売新聞東京本社編集委員は、地域医療構想について、「メディアの立場から見ると病院の病床数の議論に終始してしまっている印象を受ける」と述べ、今後、在宅医療も含めた議論が進むことに期待感を示した他、IT等のテクノロジーのより一層の活用が必須になるとした。

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