令和7年(2025年)8月20日(水) / 各地の医師会から / 日医ニュース
福井県「看護師養成所学生確保重点支援事業」の概要とその経緯~医師会立看護専門学校存続に向けた県医師会の取り組みについて~ 福井県医師会長 池端幸彦
都道府県医師会だより
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福井県のほぼ中央に位置する越前市(旧武生市)を中心とする武生医師会は、医師会の黎明(れいめい)期に当たる明治12年に「南条郡武生開業医協愛社」として設立された県内では最古の歴史を持つ医師会であり、昭和6年に私立武生産婆看護婦養成所を開所、准看護婦養成所を経て、昭和36年武生准看護学院に改称し運営してきた。
更に、看護師不足が顕著化してきた平成10年に武生看護専門学校に改組、武生医師会長が学校長を務め、定員は1学年40名、これまでの就職先は県内が約9割を占めていた。
当時より県、近隣市町、県・市医師会より計約4000万円の補助を頂きながら運営していたが、近年の少子化等の影響もあり、平成23年より徐々に定員に満たなくなり、年約1000万円の市医師会からの一時借入金等で対応していた。
しかし、令和4年、教職員によるパワハラ問題等の影響もあり、ついに入学者数が15名まで減少。市医師会臨時総会で今後の対応を協議し、令和6年度は募集を行うも、入学者数が存続に見合う定員を満たせない場合には、令和7年度以降の募集を停止することが決定。ただ、現借入金に廃校までの学校運営維持資金を加えると約2億4000万円が必要なことが判明し、当面の間、会員(89名)1人当たり月額約2万9000円の追加会費が必要と試算された。
この内容に、医師会内の存続派と閉校派との間で喧々諤々(けんけんがくがく)の議論の末、賛成多数で会費追加徴収案は決議されたが、会員約3割からの議決反対嘆願書の提出や、退会者1名も出るなど、武生医師会存亡の危機に陥っていた。
実は私も同医師会の会員でもあり、正式に市医師会の要請を受ける形で県医師会としての支援活動を開始。活動は主として県、市、町等の行政への支援要請と、民間機関への学校運営委託依頼であった。
まず、県の担当部局の部課長へのアプローチでは、皆さん医療介護関連事業等でいつも顔を合わせている方々なので真剣に話は聞いて頂いたが、県立校への委譲や補助金等の具体策になると、「前例がない」「財源の当てがない」「他の看護学校との差別化が難しい」等々で、具体策はなかなか出てこなかった。
一方、さまざまなルートで私立学校法人や地域医療振興協会、更には一般企業に至るまで委譲の依頼も行ったが、やはり学生応募の減少や運営状況の厳しさも相まって、なかなか良い回答は頂けなかった。
そこで最後に、やはりここは知事とのトップ会談を行うしかないとの地元市長の判断もあり、市長と共に知事に直接面談を申し込み、(1)武生看護学校の公営化(県立看護専門学校との併合)、(2)運営資金の県立看護専門学校並みの大幅増額と継続的支援、(3)廃校後に想定される丹南医療圏の看護師不足に対する県の大幅な支援、(4)近隣市町への支援要請―等を提案した。
さすがに県立看護専門学校との併合には難色を示したものの、県内医療圏内で最も看護職員の需給不足が顕著な圏域における当校の貢献度は十分ご理解頂き、「廃校だけは何としても避けたいので、県として何ができるかを真剣に検討し、前向きな提案ができるよう最大限の努力をする」との確約を頂いた。
それから程なくして県から頂いた回答が、「今後の医療人材確保の主な取組み」に係る新規事業としての「看護師養成所学生確保重点支援事業」であった。
事業の概要は、県内養成所は看護師養成所卒業生の県内就業率も高く、看護職員の確保において重要であり、将来の医療提供体制を支える看護職員を確保するためにも、養成所が実施する学生確保に資する取り組みを支援するというもので、対象は2年以上連続して定員充足率90%未満の民間立看護師養成所とし、(1)学生確保につながる環境整備や広報活動の支援(補助率:10分の10、補助上限:5200万円)により、座学環境、看護実習環境、自主学習環境、学校生活環境などの整備や、SNSを活用した情報発信、オープンキャンパスなど学生確保に向けた広報を実施、(2)看護師等養成所運営費補助金の上乗せ支援(補助率:10分の10、補助上限2400万円)により、教員、外部講師、事務職員に関する人件費、光熱水費、教材費、施設維持管理の委託料、事務経費等に充てる―ことが決定された。
県からは「今後も学校運営を継続すること」が絶対条件であるとの連絡を受けた。実は、その連絡の約1週間後には新規募集停止を決定するための臨時総会が組まれていたので、まさに薄氷を踏む思いのギリギリの選択となったわけである。
このスキームを組む前提として、「社会インフラとしての医療人材の確保の取り組みの一環としての対応」と、他の民間看護師養成校への支援とのバランスも考慮して、前述のとおり「2年連続定員の90%未満の学校への支援」が条件として挙げられたものの、最低でも複数年の補助を継続することを担保して頂いた上に、県の対応を受けて、市からも独自の奨学金制度を新設して頂いたことは見逃すことができないと考えている。
もちろん、これにより学校運営の課題が全て解決したわけではなく、自主的・安定的な学校運営のためには、入学者数の安定的確保が何より肝要であることは言うまでもない。
更に、パワハラ問題への対応も含め、学生募集から学生への教育指導のあり方や教育環境の改善等、補助金も上手に使いながら、学校教職員は元より、武生医師会員は現在も総出を挙げてその改善に努力しているところである。
お陰様で、今年度応募も20名を超え、最近は教育現場も少しずつ落ち着きを取り戻しつつあることはありがたい。
全国的な傾向でもある看護師養成学校の運営の厳しさは、何と言っても少子化と他産業の賃金上昇等に起因しており、当校もまだまだ道半ばであるが、一時は地区医師会の存亡の危機とまで思われた今回の看護師養成校の経営難という難題を契機に、医師会の存続意義や普段からの行政との意志疎通の大切さ、郡市区医師会と県医師会との連携の重要さ等々、色々考えさせられることも多かった。
もちろん、「たまたま運が良かっただけでは」と言われてしまいそうだが、今回の件を通して私自身、どんなに乗り越えることが困難だと思われても、決して諦めることなく少しの可能性を信じ努力し続けることで、ある日突然、道が開けてくることもあるのだと強く感じたことだけは確かである。