日医ニュース 第925号(平成12年3月20日)

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1 医師は生涯学習の精神を保ち,つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに,その進歩・発展に尽くす.

 医師はまず専門職としての能力,すなわち医学的知識と技術をもたなければならないことは当然である.どのように立派な人格を有し,人類愛に満ちていても,確かな医学的知識と技術がなければ医師として失格である.
 とくに医学は日進月歩であり,近年の医学の進歩・発展には目覚ましいものがある.その応用ともいうべき医療技術も,とどまるところなく発展し続けている.そして,医療技術の高度化に伴い,医療の細分化もしくは専門化が進み,医療内容が複雑化している現代においては,もはや単なる経験やいわゆる勘に頼る医療では正しい診療を行うことは困難である.医師は知識と技術の習得の重要性をよく認識し,充実した生涯学習によって学術的知識を習得する必要がある.
 医師はつねに学習に励み,生涯にわたり自己研鑽に努め,医療の進歩に遅れをとらないようにし,また,自分の習得した知識や技術を他の医師とくに後輩の医師に教えることも大切である.
 この生涯学習には,書物や雑誌を読むこと以外に,学会,講演会,病院でのカンファレンスや回診への参加,また放送やビデオ,インターネット等の視聴覚メディアの利用など,いろいろの手段があるが,いずれにしても継続的学習に努めることが必要である.日本医師会では会員の生涯教育のガイドラインを示し,会員の学習を支えるとともに学習状況のチェックを目標として,年1回,実績報告書の提出を求めており,会員の積極的参加が望まれる.
 広範な医学の進歩,疾病構造の変化,患者の医療知識の向上と権利意識の増大,さらには高齢社会の到来と相まって,医療の形態やそこに生じる諸問題も大きく変化しつつある.医師は診療において,卒後教育や生涯教育により十分に習得した知識に基づき,病名,病状,治療,予後等を患者に説明することにより,良き医師-患者の信頼関係を確立することが大切である.
 また,研究職にある者はもちろん,第一線の現場で医療に従事する医師も,つねに医学の進歩・発展のために貢献すべきである.新しい医療技術の研究・開発にあたっては,つねに誠実さと謙虚さを失わず,またとくに患者を対象とした新しい医療を試みるにあたっては,世界医師会の改定『ヘルシンキ宣言』に従い,患者の人権擁護とインフォームド・コンセントに留意しなければならない.例えば,新薬の治験(臨床試験)に関しては,わが国でも改定『ヘルシンキ宣言』の遵守を謳った“ICH-GCP”(International Conference on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use−Good Clinical Practice)に従った省令などが定められている.また,新しい医療行為については専門学会の意見を尊重し,さらに外部の人たちの参加した倫理委員会に判断を求めることも大切である.

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2 医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し,教養を深め,人格を高めるように心掛ける.

 前文で述べたように,医業は患者および人びとの健康に関係する職業で,医師には他の職業よりもさらに重い責任が課せられており,医師は医業の尊厳,医師としての名誉を傷つけないよう努めなければならない.
 とくに医療は,医師と患者あるいはその関係者との間の信頼関係に基づく行為でなければならず,医師はこの信頼関係が失われれば,正しい医療が行われないことを銘記すべきである.この医師に対する患者の信頼は,医学知識や技術だけでなく,誠実さ,礼節,品性,清潔さ,謙虚さなどのいくつかの美徳に支えられた医師の高潔な人格によるところが大きい.とくに医師のマナーについては留意すべきで,良いマナーが患者との間の信頼関係を築くうえで最も大切である.
 さらに,医業は人びとを対象とする職業であることから,医師はいろいろな職種,いろいろな性格をもった人たちに接しなければならず,専門職としての知識や技術以外の教養を深め,社会的常識などをも十分培っておく必要がある.
 また,医師は医業以外の日常生活における行動にも留意すべきである.今日でも,例外的とはいえ,ときに医師の犯罪や破廉恥な行為がみられるのは残念である.

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3 医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し,やさしい心で接するとともに,医療内容についてよく説明し,信頼を得るように努める.

 すでに前文で述べたように,医師と患者あるいは医療を受ける人びととの間の関係は近年大きく変わってきた.しかし,その基本とするところは両者の信頼関係であり,医師はまずこのことを十分に自覚しておく必要がある.
 また医療の対象は,単に現に病んでいる人としての患者のみでなく,病をもちながらその自覚のない人,さらに主観的にも客観的にも健康な人をも包括している.このように,医療を受ける人びとのなかには患者以外のすべての人も含まれるが,医師との関係はほぼ患者に代表されるので,以下,原則として患者という言葉を用いることにする.

1.医療を受ける人びとの人格の尊重
  ―インフォームド・コンセントの必要性

 「人格を尊重する」というのは,医師と患者が上下の関係にあるのではなくて,すべての人間は対等であるとの認識を求めていることである.したがって,会話などの言葉遣いのなかにも,そのことが具体的に反映されなければならない.これは医師と患者が互いに人間としての価値を認め合うということであり,医師に卑屈になることを求めているのではない.医師は,専門職としての誇りを失わないことが重要である.
 また,医師は医療の専門家として,これから行おうとする医療行為について自分の考えを患者に十分に説明しなければならない.そして,患者が医師の考えを受け入れない場合があっても,医師は患者に自分の考えを強いてはならない.反対に,患者の望む治療法を医師として受け入れられない場合には,医師は医療の専門家として自分の考えを十分に説明したうえで,患者の考えに同意できないことを伝え,可能であれば他の医師に紹介するべきである.いずれの場合にも,患者を軽んじてはならない.
 健康の維持もしくは増進と,失われた健康の回復は,医師が患者に与えるものでも,患者が医師に要求するものでもない.それらはいずれも両者の協力によって築かれるものである.そのためにも,医師の側から十分な情報の提供と説明がなされ,患者の理解と同意(いわゆるインフォームド・コンセント)を得ることが不可欠であることはいうまでもない.

2.医療を受ける人びとの人権,自己決定権の尊重
 すでに述べたように,医療におけるインフォームド・コンセントは,患者をはじめとする人びとの人権擁護と自己決定権の尊重に基づいて生まれてきたものである.とくに精神疾患患者や隔離を必要とする伝染病罹患患者への対応や,種々の臨床研究の場においては,このことに十分配慮する必要がある.また最近では,患者の知る権利をはじめとする人権に関する一般国民の要求と,その法制化を求める声も強くなっている.これらの具体的な内容については,世界各国でそれぞれ考え方に差異があるが,わが国においてもその対応について今後検討すべき課題は多い.
 終末期患者への対応,さらに先端医療や生殖医療などの領域では,今後も引き続き検討していかなければならない倫理的,法律的,社会的諸問題も多く,患者の自己決定権のみでその行為を正当化できないのは当然のことである.
 また,このような患者の人権擁護や自己決定権の尊重は,そもそも患者本人の問題であるが,わが国では家族の関与も大きく,現段階ではこのことも無視できない.すなわち,患者と家族は共同体であるとする考え方が強固に存在するからである.例えば,1997年に施行された『臓器の移植に関する法律』においても,脳死体からの臓器の摘出については本人の意思表示とともに家族の承諾を求めている.これらについては,欧米諸国と異なる傾向がみられる.

3.情報の開示と医師の守秘義務
 近年,医療が透明性に欠けるとの批判や,患者の知る権利の要求,あるいは疾病障害を患者とともに克服するために医師-患者間の信頼関係を築き,より良い医療を実現する必要性などから,診療情報の開示が求められている.日本医師会では,このような情勢を踏まえて,1999年4月の代議員会で「診療情報の適切な提供を実践するための指針」を日本医師会の倫理規範の1つとすることの承認を得て,2000年1月1日からこれを実施している.診療情報の開示は,あくまでも患者に対するもので,第三者に対する公開ではないことに注意すべきである.したがって,診療情報の提供および開示に際しては,患者の秘密やプライバシーへの配慮も心掛けねばならない.
 古代ギリシアのヒポクラテスの時代から,医師は患者の秘密を他人に漏らしてはならないことが医の倫理として強調されてきており,わが国では刑法によっても医師の守秘義務が定められている.もし,医師がこの規範を破るようなことがあれば,患者は医師に正直に自分の問題について話をしなくなるであろうし,医師と患者との間の信頼関係は崩れてしまうことになる.
 最近では,報道機関からの情報公開の要求が強くなり,有名人の病状の説明や昨今の脳死体からの臓器移植をめぐる過剰な取材報道をみると,患者の秘密やプライバシーの保護について考えさせられるところも多い.医師は情報公開の流れのなかで,患者の秘密やプライバシーの保護について十分に配慮すべきである.

4.医師の応招義務
 医師は患者の診察治療の求めがあれば,正当な理由がない限り,これに応じなければならない.この義務は『医師法』においても明示されている.
 また,受持の患者に対しては,つねに対応しうる体制を整えておくことも大切である.このことは,医師-患者間の信頼関係を保つためにも重要なことである.

5.患者に心やさしく接すること
 医師は人間愛に立脚してその職務を遂行するもので,患者を思いやり,患者に心やさしく接することが必要で,これは人びとを和ませ,安心させる言葉遣い,態度,行動によって具体化される.
 とくに医療を受ける立場にある人びとは,自分自身の健康と生命に関して不安や怖れを抱いていることが多い.したがって,患者との対話にあたっては言葉の使い方のみならず,眼差しや態度,行動などにも注意を払い,患者の心理をよく理解して,不安や怖れを与えることのないように努める必要がある.医事紛争の多くが,患者との対話不足や感情のもつれから生ずるものであることを十分に留意しておく必要がある.


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