interview MBA取得×USA 山本 雄士(前編)
医療の役割を進化させるため本場でマネジメントを学ぶ
――医師でありながら、なぜMBA(経営学修士)をとろうと思うようになったのですか?
そもそものきっかけは、臨床経験を積むなかで「患者さんに専念できないな」と感じたことでした。大学卒業後、麻酔科や救急、感染症科、島しょ医療、循環器内科などを回ったのですが、科によってはかなりルーチンワークが多く、医師としての高度なスキルが要求されない仕事が大半というところもありました。
「なぜ、同じような書類を何枚も書き続けなければいけないんだろう?」「医師しかできないことに専念しなければ意味がないんじゃないか?」と考えたら、「本当に患者さんのためになるのかを考えている人は誰もいないのではないか…」と感じてしまったんです。
その当時、医療崩壊という言葉が話題になり始め、医師の多忙が問題だと言われていました。しかし僕は、単純に医師が忙しいのではなく、効率の悪さを解決しようとしていないのが問題なのではないかと考えるようになりました。
そこで医師になって5年目の終わり頃に、循環器内科の教授で病院長でもあった先生に思い切って相談してみると、「マネジメントを学んでみたらどうか」と言ってくださったんです。それで、ビジネススクールに行ってMBAを取得しようと決めました。
6年目は研修医の指導をしながら、受験のための勉強をしました。また教授の勧めで、病院経営会議にオブザーバーとして参加させてもらうという機会も得ました。スタッフ向け接遇研修を企画し、実践させてもらうなど、いい経験をしたと思います。そして7年目にハーバード・ビジネス・スクールに合格し、留学することになりました。
――ビジネススクールではどのような教育を受けるのでしょうか?
ビジネススクールの主な目的は、幹部候補生の育成です。医療のコースがあるというわけではなく、分野を問わず事業や組織を継続的に発展させていくためにはどうすればいいかについて、様々なビジネスを志す人たちと一緒にディスカッションしながら学びます。そこでは常に答えがないことが前提で、限られた情報のなかで自分なりの価値判断をし、迅速に決断、実行していかなければなりません。
――そこで学んだことによって、大きく変化したことはありましたか?
「医療をよくしたい」という自分のミッションがとても明確になりました。臨床をやっていた頃からそういうミッションみたいなものを感じていたけれど、ビジネススクールに行って、やりたいことがよりはっきりした感じがします。というのも、ビジネススクールでは「あなたは何をしたいの?」と常に聞かれるんです。さらに勉強も厳しくて、自分でも「なんでこんなことをやってるんだろう…」って思うぐらいつらい。でもそういう生活ができるのは、やっぱり「医療をよくしたい」という思いがあるからだな、と気づきましたね。
振り返ってみると留学中の2年間は、自分で設定していた限界を一つひとつ壊していく日々だったなと思います。漠然と「この部分を変えるのは不可能だろう」と思っていたことに、突破口を見出していくという感じです。いろいろなビジネスから学んでいくと、ひとつの事業をどれだけ多角的に捉えて物事を決め、進めていくかがとても重要だと気づかされました。医療をよくするためには、病院一つを変えれば済むわけではないんです。医療業界では様々なプレイヤーがそれぞれの意志を持って動いている。それを全体で見て、この業界に何が起こっているのかを考えなければならないと思うようになったんです。ビジネススクールで学んだのは、スキルより考え方だったのかもしれませんね。
interview MBA取得×USA 山本 雄士(後編)
――帰国後は大学に戻らず、就職されたそうですね。
はい。本当は卒業後に公衆衛生大学院にも行ってみたいと思ったのですが、先生に「インプットばかりじゃなく、さっさと社会に貢献してこい」と言われ、それはもっともだと感じました。時間は限られているから、やるなら無駄なことはできないなと思い、すぐ就職しました。MBAを卒業した人は、投資銀行やコンサルティング会社に就職することが多いのですが、僕は本当に医療をよくするためにはどうしたらいいのか、自分のミッションを実現するにはどのポジションがいいかを考えました。その結果、政策サイドに近い科学技術振興機構(JST)と、実業サイドの医療ベンチャーの両方でやってみることに決めました。JSTではシンクタンク部門で研究開発戦略を立てるところに携わり、ベンチャーでは病気になる前の人にどうアプローチしていくかという部分に携わりました。その後、病気にさせない医療の実現に向けて、「誰もやらないなら自分でやろう」と思って起業して、現在に至ります。
さらに起業と同時期に、ケーススタディーを通じてこれからの医療を学ぶ「山本ゼミ」を始めました。ゼミをやろうと思ったのは、僕自身が海外で感じた、「これまで僕は自分で物事を考えたことがなかったのかもしれない…」という戸惑いがベースにあります。僕が一番つらかったのは、ディスカッションで自分の主張を述べる場面に立たされたときに、内なる何かを言葉にして語れないことでした。そのときに、日本でそういう訓練を受けていなかったことをすごく後悔したんですよ。学生のうちにそういうことを考えるチャンスを逃したら、後からが結構大変です。だから今の学生たちにも、「何のために生きている?」「何がしたい?なぜ?」といった質問をどんどん投げかけていかなくてはと思いました。
――ゼミでは、具体的にどのようなことを伝えているのでしょうか?
まず「医療はすばらしい!」ということを伝えています。今の医学生たちを見ていると、医療の未来に悲観的だったり、暗いイメージを持っている学生が結構多いんです。まだまだ全然医療のことを知らないのにもったいないですよ。それならば、今の時代の医療はより重要だし、これからもっとよくできるんだってことを伝えたいなと。
そして、参加者自身に気づきを与えることも大事にしています。これから先のキャリアをどうしていこうか考えたら、みんな悩むわけですよね。うっかりすると、凝り固まった価値観から抜け出せないと思うので、僕がビジネススクールで聞いたり学んだりしたキャリアパスの考え方も伝えていきたいと思っています。
実際のゼミの時間は、講義ではなくディスカッションスタイルです。「みんなの発言で作っていく授業だから、気がついたらどんどんしゃべるように」と言っています。そうすると、同じ日本の中で育っていても、人によって見方や感じ方が違うことを体感できると思うんです。参加者も、年齢・性別・社会的背景が違った人を敢えて集めていて、半分ぐらいは社会人なんですよ。
このゼミは、留学の疑似体験のようなものだと思っています。留学に行ってみると、確かに行くだけで気づくこともたくさんあるでしょう。でも、普段と違う経験をするための手段は、何も留学だけではないのです。みんなが留学できるわけじゃないし、転職できるわけではない。だからこそこのゼミで、僕が留学で得たのと同じような経験ができる時間をプロデュースしていきたいと毎回思っています。
株式会社ミナケア
代表取締役
1999年、東京大学医学部卒業。同附属病院などに勤務、循環器内科、救急医療などに従事したのち、2007年、ハーバード・ビジネス・スクール修了。現在、会社経営の傍ら、教育活動として山本雄士ゼミを主宰している。
MBAって何?
MBA(Master of Business Administration)は、経営大学院で取得できる修士号です。経営大学院は、ビジネスリーダーにふさわしい人材を短期間で育成することを目的としています。
具体的には、マーケティング、ファイナンス、人材マネジメントなどの経営実務に必要な専門知識や、論理的思考力などのスキルなど、経営に関わるノウハウを学ぶことができます。授業は実際の企業の事例を素材に、ディスカッション中心で行われます。
山本先生は、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得する中で学んだ一番大きなものは、一つの問題を多角的に捉え、責任をもって決断を下すという考え方だったと言います。経営大学院は、具体的なスキルだけでなく、マネジメントを行ううえでの姿勢や態度を学べる場だといえるかもしれません。
※一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース、早稲田大学ビジネススクールなどのホームページを参考に作成。教育機関によって、カリキュラムや教育目標が異なる場合があります。
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