医師のみなさまへ

1998年2月1日

平成8・9年度 勤務医委員会答申 地域医療における医療の機能分化-特に勤務医の在り方-

平成10年2月

日本医師会勤務医委員会

平成10年2月

日 本 医 師 会

会長  坪 井 栄 孝 殿

勤務医委員会

委員長  濱 田 和 孝

勤務医委員会答申

勤務医委員会は、平成8年6月10日の第1回委員会において、貴職から「地域医療における医療の機能分化 -特に勤務医の在り方-」について諮問を受けました。

これを受けて、委員会では医療の機能分化、医師機能の分化、それに伴う勤務医の在り方等について議論を重ね、平成9年2月には勤務医現況調査を実施し、勤務医の実態・意識等を把握いたしました。また、大道 久 病院委員会委員長(日大医療管理学教授)を招聘し、地域における医療機関の機能分化と連携について講演をお願いするなど、答申作成に向けて鋭意検討を続けてまいりました。

ここに委員会の見解を答申に取りまとめましたので、報告いたします。

勤務医委員会
委 員 長 濱田 和孝 大阪府医師会理事・大阪市立住吉市民病院院長
副委員長 池田 俊彦 福岡県医師会勤務医部会長・福岡市民病院院長
委  員 赤沢 達之 前群馬県医師会理事
梅田 俊彦 石川県医師会副会長
岡田弘三郎 兵庫県医師会常任理事
後藤 政治 宮崎県医師会副会長
佐野 文男 北海道医師会副会長・札幌社会保険総合病院院長
柴田  醇 広島県医師会常任理事・社会保険広島市民病院院長
清水 淑郎 前東京都日野市医師会長
谷口  繁 岩手県医師会常任理事・岩手医科大学高次救急センター教授
宗像 秀雄 全日本病院協会常任理事
渡辺  憲 鳥取県医師会理事

(五十音順)

目 次
はじめに

医療は、医学という生物学的、自然科学的な側面と医療サービスという人間学的、社会科学的な側面を併せ持っている。

科学研究が分析的手法で行われる限り、科学としての医学はますます細分化され、その実践である医療の場では、分化した医学の統合も求められる。

分化と統合、これは永遠の課題でもある。21世紀を目前にする今日、医療における役割分担を明確にし、相互に連携を深めることにより、より調和のとれた分化と統合の中で、真に、国民の命と健康を守るにふさわしい医療提供体制の構築こそ肝要であろう。

I.序論
1.医療を取り巻く環境の変化

今日の医療を取り巻く環境は厳しく、問題も山積している。

少子高齢化による生産年齢人口の減少と医療需要の増大、低経済成長下の医療費の高騰、限りない医学、医術の進歩に伴う倫理上の問題、さらには、国民の無限に近い医療への要求の高まりがある。

このような状況の中、次のような問題もある。まず、先進国中極めて低い医療費水準にありながら、厳しい医療費抑制策の選択、医師不足が実感される中での医師過剰論、医療保障と医療保険の未整理、制度疲労に陥った統制経済手法の健康保険制度等々である。

一方、キュア中心の急性期医療からケア中心の長期療養型医療へのシフト、施設中心の医療から在宅医療への方向性、自己完結型から地域連携型へと移行する中、情報開示や生命倫理の問題などを、新しい時代の求める方向に沿って解決しつつ、医療の質の向上と効率化を図っていかなければならない。

2.医療の機能分化の現状と問題点

医療施設には、診療所から大学病院まで、様々な形態があるが、その誕生の経緯により、それぞれの役割分担が明確でなく、どの施設も外来機能や専門性において、かなりの機能が重複している。

このように医療施設の機能分化が未成熟であるため、本来特殊な専門医療を目指すべき高次医療機関への軽症外来患者の集中など、医療の円滑化や効率化の面からも問題が多い。また、キュアを中心とした急性期短期入院と、ケアを中心とした長期入院の、施設上の区別が曖昧な現状にある。さらに、公的補助金を受けているため、施設整備や人材確保の面で比較的有利な公的病院とそうでない私的病院との役割分担がはっきりしていないことにも大きな問題がある。

一方、総合性や全人性が求められるプライマリ・ケアのシステムも十分とはいえない現状であり、家族を含めて幅広い健康問題に対応できる、ゲートキーパー的、医療のコーディネート役としてのかかりつけ医機能も充実していく必要があろう。

フリーアクセスも大事なことではあるが、それぞれの機能に応じた医療施設への適切な受診を誘導することも、これからの医療にとって重要な課題となろう。

次に、医師の機能については、専門領域の極端な細分化のため、病気や臓器のみを診て、人を診ないという診療傾向になりつつあることは、大いに憂慮すべきである。しかし、その一方で、救急の専門医や老人医療の専門医がまだ十分に分化しきれていない側面もある。要するに、大学医局の研究室の体制が、そのまま臨床の体制に直結するということで、研究体制に馴染みやすい部分の分化は著しく、そうでない部分はなかなか分化し難いという現状がある。

臨床医を育成するための、より良い教育、研修の方策が考究されるべきである。

II.医師機能の分化
1.診療科の細分化

昭和23年の医療法制定時に内科、外科など16の診療科名が定められた。その後、大学病院内科において専門化が始まり、医療技術の開発による新しい診断・治療法の進歩、疾病構造の変化、国民の人権意識の高揚、認定医制度の普及など様々な要因により診療科の細分化、専門化が進み、現在では37科が標榜診療科名として定められている。

このような状況の中で、臓器別診療科を掲げ、内科、外科、小児科などの医師が一体となった消化器病センター、循環器病センターなどが一部の病院において開設され、さらに、がんセンターなど高い専門性を掲げた専門病院も開設されている。

また、大学病院をはじめ一般病院や診療所においても専門化が進んできた。とくに、大学病院、大都市の総合病院においては細分化が著しい。例えば、消化器疾患の中でも大腸専門医、肝臓専門医などがおり、後者では肝炎治療を主とする医師、肝がん治療を専門とする医師などさらに細かな専門分化が進んでいる。この傾向は内科のみでなく全診療科に及んできている。専門化が医療の進歩、住民の健康管理、延命に貢献していることは疑いのない事実である。厚生省の平成8年受療行動調査において、住民の大病院志向の理由が高度専門医療を求めている結果をみると、今後もさらに専門化が進むことが予想される。診療所においても勤務医時代と同じ専門性を掲げ診療している医師も出現してきた。

しかし一方では、専門化の問題点も指摘されている。多数の専門医を1施設に雇用することは経済上困難であることや、多くの専門医が専門以外の疾患に対しては対応できないことなどである。この反省から一部の大学病院、総合病院において総合診療部が開設され始めた。その役割は、内科疾患の振り分け、救急医療の担当、プライマリ・ケア医の養成となっている。

2.医師の機能分化

平成6年12月末の厚生省調査によると、医師総数は、230,519人で、平成4年調査に比べて10,815人(4.9%)増加している。この増加の大半は、一般病院、大学病院の勤務医である。また、人口10万対医師数は184.4人となり、平成4年に比べ7.9人増加している。

23万人の医師の業務の種別をみると、病院の開設者および勤務医は約10万人(44.6%)、医育機関付属病院の教官約2万人、勤務医約2万人(両者で17.7%)、診療所の開設者約6万人、診療所の勤務医1万人(両者で33.6%)老人保健施設従事者約9百人(0.4%)、研究機関の従事者約4千人、行政従事者約2.5千人(両者で3.0%)、その他約2千人(0.8%)となっている。

しかし、看護婦など他の医療関連職種に比較して病院勤務医の増加はほぼ一定であり、今後、定員増はあまり期待できない。とくに、国公立病院においては定員に関する法律や条例の規制があり、病院勤務医師数増加のマイナス要因となっている。

また、診療科別にみると、神経内科、理学診療科、脳神経外科の医師が増加し、放射線科、小児科、産婦人科の医師が減少している。今後、さらに少子化が進むとすれば、小児科、産婦人科医の減少は確実である。必要に応じて医師の志望科目の偏りを是正するような政策上の誘導や医師の職域の拡大が求められる。

3.医師機能の分化と統合の方向性

細分化、専門化が進んだ現在の医療はいくつかの点で見直しが必要となっている。患者中心の医療、効率の良い医療など新たな視点から医療機能の再編成や統合が求められている。

1)かかりつけ医機能等の推進・充実

医学・医術の急速な進歩がもたらした診療科の細分化や医師機能の専門化は診断・治療の臓器別化を進め、その結果、個体を全体的に診ることをないがしろにする傾向を生じさせてきた。

日本の開業医は一般臨床医として特別の教育を受けず、いわば臨床現場での経験と自己学習によりプライマリ・ケア機能を培ってきた。

諸外国のように一般医あるいはプライマリ・ケア医としての教育を受け独立した診療科とする制度とすべきかは別問題として、医学教育の中でのプライマリ・ケアの充実と見直しが必要である。

2)病院機能の明確化

医療法と地域医療計画には病院と診療所の役割分担や連携の推進が唱われているが、具体性に乏しく、現状では必ずしも円滑に進んでいない。むしろ病院の外来患者数が増加傾向にあることは医療の効率化を阻害している。

病院における外来患者数増加の理由としては、患者の大病院志向と外来医療収入に依存しなければならない病院経営の苦しさの2点が挙げられる。

患者の大病院志向の改善策として、特定機能病院などにおける初診料の特定療養費化、紹介率上昇への努力に対する診療報酬上の評価や一定以上の外来患者数に対する医療費の減額給付などのペナルティーが施行されているが、必ずしもその効果は十分でない。

思い切った施策、例えば医療法により病院機能を明記し、大病院での一般外来を原則として禁止し、入院機能に専念するなどの措置が必要と思われる。しかし、そのためには知識技術料、施設利用料、サービス提供料などを適正に評価し、入院医療費を合理的に体系化することにより、病院経営を健全に保つための施策が必須条件となる。

医療法では特定機能病院、地域医療支援病院、療養型病床群が定められ、総合病院が廃止されたが、診療所と病院群との有機的な役割分担のシステムづくりが望まれる。

III.医療施設の機能分化
1.病院と診療所の役割分担

病院と診療所との役割分担の必要性は明白である。病院は入院による診断、治療を必要とする患者に対し、設備された機器を用い、多くの医療関連職種と協力して患者の社会復帰を目指すところである。病院に設置されている高額医療機器、手術施設、特殊検査、入院施設、専門外来などの利用は、地域の診療所にとっては医療上の必需項目になってきた。最近では、多くの病院には病院独自、あるいは医師会との協力で「地域医療連携室」が設置されており、病院と診療所の連携に大きな役割を果たしている。しかし、現実にはそこに配置されている職員が専任か兼務かにより機能に大きな差があり、専任でない場合には期待された機能が果たせていない場合が多い。

いずれにしても病診連携の要は病院側と診療所側の相互理解と、密接なコミュニケーションにある。システムが確立されている病診連携も、現実には、勤務医の対応の不足が理由で円滑さを欠いている場合が多い。病院への紹介患者が特別な理由もなく紹介元の診療所に戻ってこないとか、病院の担当医から経過報告や診療内容の連絡がないなど、勤務医側の努力不足が連携を阻害している場合がある。また、診療所の医師の中には患者を奪われるなどという近視眼的な理由を挙げて病診連携に背を向ける医師もいる。勤務医から診療所医師への返書はとくに重要で、「地域医療連携室」はそのチェック機能を持つ必要がある。

病院も診療所もお互いが良きパートナーであって、それぞれが協力し合って初めてそれぞれの持つ医療機能が活かされ地域医療は効率的に機能する。とくに、大きな病院の勤務医に奢りがあってはならない。今後、日本のすべての医療は医療機関連携に基づいて機能することをすべての医療人は認識しなければならない。

2.公私病院の役割分担

明治10年、わが国の病院数は、国立12、公的112、私的35であった。以後、社会、産業構造や疾病構造の変化、医学の進歩や医療需要の増加に伴い、病院数は増加してきた。

昭和60年の医療法改正により病床数が規制され、病院数は平成2年から減少に転じ、平成8年には、国立387、公的1,502、私的6,748、その他853で総数9,490となり、私的病院の減少が目立ってきている。

国の医療費抑制策が進展するとともに、私的病院の経営への影響は厳しくなり、病院経営が次第に困難になってきている。医療は営利を目的としない点では公と私に差はないはずであるが、公的病院は課税負担を免れ、また地方公営企業法等の保護下にある。他方、私的医療機関のために平成5年から実施された医療施設近代化施設整備事業は、規制が多すぎて実際にはそれほど役に立っていない。このような公私格差の中では、市場原理は働き得ず、不公平が助長される。

わが国では明治以来、官は民を育成するべき立場にあるが、医療に関しては公的病院に毎年多額の補助金を投入してきた。したがって、公的病院はその設立の原点に立ち戻り、政策医療にその重点を置くことが望ましい。すなわち、公的病院は、救急、僻地医療をはじめ、エイズ、新興感染症、難病などの政策医療に主軸を置き、一般医療は私的病院が主力となるべきである。

私的病院も医療の原点に返り、公益性、非営利性を高めるように努力する必要がある。そのためには医療法を改正し、法制、税制、金融等の面からも、公益法人の健全性が確保されることを望みたい。

3.大学病院の役割

大学病院は特定機能病院の承認を受け、また、医学教育・研究機関として文部省管轄下にあり、病院としては特殊な存在である。一県一医大の県では、紹介率の設定などにより、県内の医療機関との連携を促進させたが、大都市圏では、多数の付属病院やその分院も存在して、従来の医療機関連携に混乱を生じているところがみられる。私立医大などの複数の分院設立は、地域の医療計画に基づいて行われる必要がある。大学病院ではその機能を臓器別に細分化し、従来の科目を再編成する傾向にある。

一方、大学病院は医師養成の教育機関であるので、医学研究を推し進めるためにも、先駆的医療を積極的に行い、入院医療に重点を置き、また自ら特定機能病院としての機能評価を行い、外来診療は紹介以外の診療を行わない方向を検討すべきである。

4.一般病院と単科病院の役割

医療が地域連携型へ変化してゆく流れの中で、特定機能病院・地域医療支援病院と診療所・療養型病床群との中間に位置する一般病院は、自院の診療特性を一層明確にすることが必要である。

急性期疾患に対応した単科病院として、従来から循環器疾患、一般外科、脳神経外科、整形外科、産婦人科などの領域で、地域医療の重要な一翼を担っている病院がある。また、リハビリテーション医療、消化器疾患、内分泌疾患、小児科領域などで高い専門性を持って、地域に信頼されている病院も数多くみられる。他方、あまり診療上の特色がなく、慢性疾患の長期入院が主体となっている病院も多数あり、療養型病床群への転換を今後一層強く求められると考えられる。

一般病院並びに単科病院として存続するためには、地域の中で、診療所医師、住民からの専門医療に対する信頼を保ち続けることが必要不可欠である。このためには、当該病院に勤務する医師が、地区医師会の主催する症例検討会に症例報告を行ったり、院内研修会を公開するなど、積極的に地域における医師間の情報交換を図っていくことが重要である。救急医療、専門医療、慢性期医療、福祉との連携など、地域における需要と供給のバランスの中で、一般病院並びに単科病院の診療特性をより一層洗練されたものにしつつ、医師会活動の一環として、地域医師、住民への広報を継続的に行うことが求められる。

わが国において、精神科領域の疾患は、伝統的に単科病院が担ってきた。近年、地域における精神科診療所・総合病院精神科の増加、老人性痴呆疾患など高齢者医療の必要性から、複数診療科並びに療養型病床群・老人保健施設の併設など、運営形態の多様化と機能分化が進められている。精神科においても、単科病院としての特色ある役割分担を認識しつつ、地域における一般科並びに他の精神科医療機関との連携、医師会活動への積極的参加、地域医師、住民への広報を継続的に行うことが求められている。

5.有床診療所と療養型病床群の役割

有床診療所は、元来、通院加療中の患者を急性期の病状観察のため48時間を超えない範囲で収容する、という建て前であるが、実際は、高齢者の慢性疾患を中心に、長期に入院しているケ-スも多い。いわゆる第3次医療法改正の中で、これらの病床の一部を、療養型病床群の小規模入院施設として認定し、地域保健医療計画における必要病床数に算定しようという内容が盛り込まれている。また、二次医療圏ごとの必要病床数を、急性期対応の病床と療養型病床群の病床とに別個に算定する方式がとられる予定で、地域における疾病特性にあわせ、現在よりきめ細かい病床の配置が可能となろう。

二次医療圏の中で、療養型病床群の偏在している地域も多く、慢性期病床の少ない地域において内科系有床診療所の療養型病床群への転換は、地域におけるバランスのとれた機能分担を図ってゆく上で、有用と考えられる。同時に、外科系有床診療所は、無床診療所、一般病院、地域医療支援病院との連携を通して、機能強化とともに機能分担の明確化を図ってゆくべきであろう。

地域の中で、医療機関の機能分化および分担がバランス良く行われる過程で、勤務医が専門領域を活かし、それを発展させる可能性を持った個性のある分化が行われれば、有床診療所や療養型病床群へ勤務する機会が増えてゆくものと期待される。

6.機能分化の問題点と対策

医療機能の分化を医師機能の面と医療施設の面から述べてきたが、その中で実際に機能分化を遂行する上での問題点とその対策を考察する。

1)意識改革の必要性

  • (1)

    医師の意識改革

    わが国の勤務医は、日本における医療の構造に関心が低く、とくに医療経済に関しては門外漢であることが多い。医療全体の中で、地域医療の中で、また、それぞれの医療機関の中で、自分がどのような位置づけにあるかも知らず、ただ漫然と既存の医療制度の中で目の前の患者の診療に当たっている。

    このような勤務医に対しては、医療の現状認識と医療制度に関する教育が必要である。また、医育機関における学生の教育並びに卒後教育の中においても、医療制度に関する理解と指導が必要である。この理解と認識が、医療の機能分化を推進するための基本的な条件になる。そのためにも勤務医の医師会活動への参画を積極的に進めていく必要があろう。

  • (2)

    国民への啓発

    患者の受療行動には意識的、あるいは無意識的に医療機関のランクづけが行われ、その結果、大病院へ受診すると安心し、ついでにあれもこれも診療科を変えて診てもらえると考えている。しかし、この意識を変革しなければ医療の機能分化は成立しない。

    そのためには、医療機関の種類や規模は機能の違いによるものであって、上下、優劣によるものではないことを住民に啓発する必要がある。住民教育の促進を図り、診療所、病院の機能を公開し、患者の立場に立ったインフォームド・コンセントの実施を行い、より良き医療のために必要な機能分化であることの理解を得るべきである。

2)政策的支援の必要性

わが国の医療構造上、機能分化を推進するためには医療政策上の支援が必要である。

  • (1)

    医療保険制度の改革

    わが国の病院経営においては外来診療部門収入への依存度が高く、現状では大学病院や国公立病院ですら外来患者の増加を歓迎している。また、紹介患者が紹介元へ戻らないことへの診療所からの不満など、病院・診療所医師間の相互不信がみられる。

    このような状況に対して、病院は入院のみで経営が可能となるような方策が求められる。キャピタルコストの評価方式の確立、ドクターフィーとホスピタルフィーの評価、医療連携への動機づけとなる診療報酬の体系化(診療情報提供料、開放型病床での共同指導料などの拡充)、大病院の完全紹介制と診療所のかかりつけ医機能の確立、などが必要である。

  • (2)

    国公立病院、公的病院の総点検

    医療への公費助成の在り方が問題とされているが、医療の機能分化を進める上で、いわゆる不採算部門への対応等が課題である。そこで、国立病院の現状(不採算医療分担の実態を含む)と統廃合問題、公立病院の不採算医療分担の実態、公的病院の経営実態、大学病院における紹介制の実態や文部省の方針などを明らかにし、その上で機能分担を明確にする。その際、これら病院勤務医の勤務実態と労働条件を明らかにする必要がある。

3)大学医学部・医科大学における教育の充実

わが国の医療は、医療法、医師法、歯科医師法、健康保険法等、多くの法的基盤に基づいて行われている。しかしながら従来の医育機関における教育カリキュラムの中には、これらの医療関連法規の教育はほとんど組み込まれていない。従来の医学教育では医療保険制度や保険診療についての知識は表層的であり、療養担当規則についてはその存在すら知らない学生が多い。若い医師は医療費財源の逼迫が医療に与える影響などについての関心は薄い。

これからの医療機能の分化を進めるには基礎的な法律のほかに、医療保険および介護保険制度、医療費およびその財源、地域医療、在宅医療、医療連携等の教育が必要である。

文部省の21世紀医学・医療懇談会報告書「21世紀に向けた大学病院の在り方について」にも時代の変化に対応した教育研修の必要性について触れている。報告書は大学病院を「教育病院」として位置づけ、医師、コ・メディカルスタッフの研修・実習の充実を図ることが必要で、必要経費等の措置は保険制度上配慮すべきであるとしている。大学医学部は文部省の所管するところであるが、保険診療に関しては厚生省の管轄であり、保険診療をする大学病院の教育スタッフへの予算措置はいずれの省の負担とすべきか議論のあるところではなかろうか。

IV.医療機能からみた機能分化の問題
1.高度・特殊医療

文部省の21世紀医学・医療懇談会報告書「21世紀に向けた大学病院の在り方について」では、大学病院の役割として、①遺伝子治療、体外受精、臓器移植などの高度・特殊医療の提供、②難治性疾患の原因究明と診断・治療の開発、③地域の中核的医療機関として高度医療・先端医療の提供に努め、地域医療機関との連携の推進などを求めている。厳しい医療財政の中で、大学病院およびナショナルセンターが引き続いて特定機能病院として高度医療の提供と医療技術の開発を果たすためには、適切な財政措置が必要である。また、教育病院機能を果たすに必要な研修医の処遇、指導医の定員・手当、施設、設備など条件整備が必要である。

2.救急医療

わが国の救急医療体制の在り方については、現行の消防法に基づく救急告示制度と厚生省補助金による初期・二次・三次救急医療制度を検討した上で、両者の基準の整合性によって一元化し、「住民にも救急隊にもわかりやすく、利用しやすい救急医療体制」の構築が求められる。

小児科や精神科など特定の個別診療科の救急医療体制については検討を要する。小児救急患者は救急患者の約半数を占め、重症は少ないがその診療には専門性が要求される。しかし、現状の小児科医の数では、小児科単科の救急医療を確保するのが難しい。したがって、初期救急では小児科診療所の在宅当番医の拡大強化、二次救急では小児科単科輪番当直制の確立、三次救急ではより高度な処置に対応できる小児救急医の救命救急センター常駐などを検討すべきである。精神科については、二次医療圏ごとに精神科救急医療システム、並びに精神保健指定医への緊急連絡体制を確立する。

大学における救急医学講座は全国でわずかに31講座であり、救急医学教育の全大学における充実を国が指導して行うべきである。僻地・離島の救急医療の格差解消のために、派遣医師に対してあらかじめ救急医学、総合臨床医学の研修を行う必要がある。

3.在宅医療

在宅医療には、医師・看護婦をはじめとする医療・保健・福祉の関係者および各種の医療機関や福祉施設等を組み込んだ医療・福祉の一体となった体制が必要となる。その中心となるべきものはプライマリ・ケア機能を有するかかりつけ医であろう。

この中で医師が一人でその役割を果たすのは極めて厳しく、これを補うのがグループ診療であり、遠隔医療等を含めた情報機器の活用も欠かせない。

緊急時に備えた入院病床の確保にその役割を果たすのが近接の有床診療所や一般病院であり、時によっては地域医療支援病院であろう。

病院の勤務医は、平常時から在宅医療の重要性を認識し、訪問看護ステーション等の看護婦の協力はもちろんのこと、薬剤師・理学療法士・作業療法士・ソーシャルワーカー等の医療関連職種の理解と協力を得るよう努めなければならない。在宅医療は三つの類型、すなわち、看護や介護が中心の在宅医療、患者などが自ら医療技術を用いる在宅医療、そして末期がんなどに対する在宅末期医療の分野に分けられるが、類型の特性によっては各種医療関連サービスとの協力やより密度の濃い病診連携を図らなければならない。加えて、デイケア・ショートステイ等の施設の利用も必要となるし、これからは各種市民団体、ボランティアを含めた社会サービスの実現が不可欠であろう。21世紀の在宅医療は、医療関係者の機能分担だけでなく地域の人々、地域社会全体が協力し合って社会システムとして共存共生を図らなければ成立しない。

地域医師会は在宅医療のネットワークづくりとその情報の収集、発信に率先して努力し、後送医療機関で働く勤務医との平常からの連携を密にし、その協力を得られるよう努めなければならない。

4.僻地・離島医療

医師の多くは都市に集中し、農山村、漁村、離島などにおいては依然として医師不足は続いており、現在でも無医地区が多数存在している。

僻地医療における医療提供側からの問題点は、1.医師の不足と高齢化、専門医の不足、2.研修機会の不足、3.家族の問題などが挙げられる。例えば、広島県においては過疎公示地区の医師数は人口10万対133人、平均年齢62.5歳となっており、高齢化が進み後継者不足が問題となっている。また、僻地においては、小児科、眼科など専門医の不足が学校検診などに支障をきたしている。僻地に勤務する医師は、診療所を留守にできないために学会への参加も困難であり、専門外の医療はもとより専門分野においても研修機会に恵まれない。また、家族の問題も無視できない。この問題の解決のためには、僻地医療支援病院から代診医の派遣などが行われている。現在ではインターネット等により遠隔地との情報交換や研修が行えるようになってきた。

いずれにしても僻地医療の間題は、行政、医師会が中心となり、自治医大卒業生のみならず、多くの勤務医もこれに積極的に参加することが必要であろう。

5.地域福祉への関わり

従来から、地域において、医師の福祉領域への関わりは、身体障害者並びに知的障害者福祉施設(授産施設、更正施設、療護施設など)、老人福祉施設(特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、軽費老人ホームなど)を中心に、嘱託医としてなされてきた。

特別養護老人ホームは、平成12年4月に施行が予定されている介護保険制度のもと、従来の行政による措置から利用者との自由な契約によって入所する形へ移行する。これに伴い、施設の質的評価を高めてゆくために、医療の関わりが従来にも増して強く求められることが予想される。また、老人デイケア、重度痴呆患者デイケア、訪問診療など高齢者の在宅医療・福祉に関連した分野が一段と重要となるとともに、保健婦、看護婦、ホームヘルパー、理学療法士、作業療法士などと連携し、かかりつけ医がリーダーシップをとりながら、在宅高齢者を支えてゆくことが求められている。さらに、在宅医療に意欲的な医師は、介護保険制度で定められる介護支援専門員(ケア・マネージャー)の資格を取得することも考慮すべきであろう。

在宅医療とともに福祉の充実が介護保険制度を通して図られつつある現在、在宅医療における病診連携は一層重要となり、勤務医-開業医の緊密な関係が今後ますます求められている。

V.機能分化と連携の推進

分化された医療機能が一層効果的に発揮されるためには連携が重要である。連携が効率的に行われるには、その機能が公開されていなくてはならない。

1)医療機能の公開

医療機能には医師機能と医療施設機能があり、それぞれの機能の公開が必要となる。

  • (1)

    医師機能の公開

    勤務医であっても開業医であっても、プライマリ・ケア機能を具備した上で、各医師の診療科はもとより、さらに細分化された専門領域の公開が必要である。例えば「内科」であれば、さらに「呼吸器内科」、「循環器内科」、「消化器内科」に分け、さらに「消化器内科」は「消化管、肝臓病、膵臓病」と専門領域や特殊専門技術を公開した方が連携には効率的である。その他の診療科においても同様である。

    また、特殊専門外来の公開も重要である。とくに病院勤務医は専門機能の公開に積極性を持ち、自己研鑽に努めなければならない。

  • (2)

    医療施設機能の公開

    施設機能のうち、とくに設備や機器の公開は共同利用を含む連携の在り方として、また医療資源の有効利用という面からも重要な点である。

    医療設備としては、ICU(集中管理病床)、CCU(冠状動脈疾患集中治療病床)、NICU(新生児集中治療病床)、RCU(呼吸器疾患集中治療病床)、KCU(腎疾患集中管理病床)、無菌室等の公開が考えられる。

    医療機器としては、CT、ヘリカルCT、MRI等の高額医療機器の公開が必要である。

2)医療情報の公開・相互交信

医師および医療機関相互における医療関連情報の公開や交信が、連携を一層推進させる。医育機関や医学研究機関からの医療情報の提供も必要である。

3)医療支援

地域内医療機関でのチーム医療体制を確立すべく、地域医療完結型を目標に、医療機能の公開を基盤にして、連携を推進する。

そのためには「地域医療連携室」を病院内に設置することにより、従来の医師間の関係以外に地域内医療機関との間で容易に医療情報の相互交信を行い、既に公開されているそれぞれの医療機能に対応した医療連携を図ることが可能となる。地域医療支援病院も医療機能の公開と合わせて医療連携に参画することになろう。

4)共同利用、オープンシステム

医療施設の設備・機器の公開により、高額医療機器およびその備品の共同利用を推進させる。その場合には「地域医療連携室」の利用は極めて効率的で有用である。

かかりつけ医機能の延長線上に位置づけされる開放型病床の利用は、共同診療の場として医療連携の要ともなる部分である。医療機能の「分化」されてきたものがここで「統合」されることになり、患者には切れ目のない一連の医療行為が継続される。ICUやCCUなどの特殊医療設備の共同利用は医療連携の中で行われる。

5)連携強化

地域医療を支える医療機関は、病院、診療所、および長期療養に対応する施設群との間で、円滑な連携体制が構築されていることが望まれる。さらに連携強化のためには、未熟児、難病、リハビリテーション、痴呆などの特殊医療や、臓器移植や遺伝子治療などの先進的医療への対応が可能なシステムの整備が、地域の医療機関、医師会、各種の医会、行政などの参画した協議の場で策定されることが望まれる。

例えば、在宅医療支援システム、周産期医療システム、精神科救急医療システム、救急医療情報システム等の構築である。

これらは当然のことながら、政策的な支援を必要とするものであり、診療報酬上の、あるいは行政支援による対応が望まれる。

6)専門性と質の担保

専門職である医師は生涯にわたって、自らの職能の研鑽に努めなければならない。現在のところ研鑽する場は非常に多く、しかもその内容は多岐にわたっている。しかし、勤務医が勤務している医療機関の医師機能や地域的な条件により、いつも参加できるとは限らないことからも、専門性や質の担保には地域の特性や個別性を十分に考慮しなければ実際の効果を上げることはできない。病院管理者の理解と協力を求めるとともに、情報ネットワークやインターネットなどの情報伝送手段による研修の方法は実現させたいものである。

VI.勤務医の在り方
1.役割の認識と資質の向上

学会の認定医制度は昭和37年に日本麻酔学会から始まった。現在、46学会が認定医制度を採用し、認定医数は毎年増加し、平成9年1月現在、延べ222,548人となっている。認定医制度は、認定医-指導医-指導施設として連係し、認定医資格を取得するための指導体制となっている。また、専門医の医療技術を活かす制度としても認められている。しかし、この認定医制度は、認定基準、更新基準などを各学会が独自に定めていること、基本的臨床能力が不十分なままに専門資格を取得することなどの問題点が指摘され、第三者による認定機構の設置、大学病院、研修病院においての卒前・卒後教育の見直しが検討されている。

医療技術の評価に関しては、平成9年に厚生省から「医療技術評価の在り方に関する検討会報告書」が提出されている。医療技術は医学的、経済的、社会的面から評価されるべきであり、まず、技術の選定、データの集積と検証、そして評価となるとしている。技術評価の分野は日本においては遅れている分野であり、評価に合致した経済的保障が約束される必要がある。

良い医療を提供するためには、医師として基本的な倫理感を持つことは当然であり、患者のQOLを配慮し、優れた医療技術を発揮できる能力、"疾患を診るのではなく人間を診る"いわゆる全人的医療ができる資質、地域医療を視野にいれた保健・福祉を理解できる資質、チーム医療の中でリーダーとしての資質などが医師に求められている。日本医師会の生涯教育制度の中には医療的課題としてこれらの項目が加えられているが、勤務医の生涯教育の受講率、申告率が低いことは問題であり、医師が社会的評価を得るためにも受講率、申告率の上昇に努力する必要がある。

2.自己完結型から地域連携型への理解

現在の国民の医療ニーズに応えるためには自己完結型な考え方は通用しない。病院が機能別に区分されれば尚更のこと、初期・二次・三次の各医療施設はお互いに連携しながら効率的な医療システムの中で分化と統合を主体とした医療を展開することになる。

とくに、かかりつけ医と病院の医療連携の善し悪しは、その地域の医療効率や医療レベルに影響を与える。また、地域福祉に関しては、医師会・病院は行政と協力して在宅医療、あるいは介護システムの推進を図らなければならない。このような地域連携型への理解は医師会・病院・行政にとって難しい問題ではある。しかし、解決のキーを握っているのは住民であることを各関係者は理解しなければならない。それぞれが目先の利害を優先している間は、地域連携型への進展は遅れると考えられる。突破口を開けるのは診療所の医師と病院の勤務医で、忘れてはならないことは、医師が患者に積極的に病診連携、病病連携の啓発を怠らないことである。そしてこれら連携システムのメリットを患者に実感してもらうことである。結果として、患者の大病院指向の是正が起こり、地域医療のレベルが向上しよう。

3.総合的診療能力の向上

高度・先進医療と並行して総合診療の質の向上を図らなければならない。すなわち、医療機能の分化と統合によって、効率的な医療提供が可能となる。そのためにはプライマリ・ケア、救急医療など総合診療的分野に対応できる医師の育成が重要である。総合診療やプライマリ・ケアの重要性を認識し、卒前卒後教育の中で総合診療能力の力をつけておくべきである。

卒後臨床研修の到達目標として救急医療を必修とし、すべての臨床医を救急初療に対応できるように育成する。また、卒後臨床研修と連動することによって、若手医師を僻地・離島医療に誘導する仕組みをつくる。一定の総合診療能力を有する臨床医は、高度先進医療の専門医と同等に評価をされるべきである。

また、健康スポーツ医、産業医、学校医、感染症対策医、コ・メディカル養成機関の医師教官、さらに保健・福祉の行政分野など、国民医療に重要な分野に医師の職域を拡大しておく必要があろう。すなわち、これからは多様化した医療の各分野に対応できる基本的な臨床能力を会得した社会性を持った医師像が望まれる。

4.コミュニケーション・スキルの学習

人間をその対象とする医療では、とくに人間関係の醸成が重要である。医師と患者、家族関係はもちろんのこと、多職種の多くの人達が行うチーム医療の現場における人間関係は大切で、パートナーシップやリーダーシップ発揮のためにも、また医療機関連携のためにも、コミュニケーション・スキルの重要性は論をまたない。今や、スペシャリストの時代といわれるが、臨床の現場では、どんなに知識、技術が優れていても、周りの人達との良い人間関係を保ち得なければ折角の技術も活かすことができない。職場の円滑なコミュニケーションや患者との信頼関係構築のためには、何よりもより良い人間関係づくりが欠かせない。

良い人間関係醸成のためには、まず、自己開示と傾聴能力が基礎となり、常に他に対し、共感的理解を示す態度が必要となる。共感的理解とは、相手の価値観を心から理解し、受け入れることである。価値観とは、その人が事に当たって判断するための物差しであり、人生観である。

患者の価値観を大切にするところに、真のインフォームド・コンセントが生まれ、看護婦をはじめとする他の医療関連職種の人達の価値観や目標を大切にするところから、真のパートナーシップが芽生え、すばらしい医療チームとしての協調、協力関係のもと、良い医療へとつながるものと信ずる。

医学教育の中にも卒後研修や生涯教育の中にも、コミュニケーション・スキルの学習ができる気運の醸成とその実践が望まれる。

おわりに

21世紀を目前に控え、日本では政治、経済など社会の変動が顕著となり、それに対応するための構造改革が目論まれている。医療も例外ではなく、少子高齢社会の到来と疾病構造の変化、医学、医療の発展とそれに伴う医療費の高騰、国民の医療に対する期待と要望の高まり等により、構造改革が迫られてきた。

わが国は成熟化社会に入り、豊かな国づくりが目指されているところである。しかし、経済成長が伸び悩み、そのため医療費の抑制が継続して行われている。国の発展の基本は健康な国民にあるので、国の将来を考えるときには、まず、国民の理想とする医療がいかなるものであるかを討議、検討し、今後の医療の在り方を定めた上で、政策が行われなければならない。

科学の進歩により充実してきた医療をすべての国民が享受するためには、一定の財政基盤がどうしても必要となる。また、医療に従事するものすべてが、患者本位の医療を提供しようとする意識を持つ必要がある。その基本として、良質な医療を効率的に提供することのできる体制の構築と医療従事者間の協調と連携が重要と思われる。

このような時代の要請のもとでは、勤務医は自己の専門領域の研鑽とともに医療の基本的な知識や技術を高め、地域医療の中で個々の役割を果たすように努めねばならない。同時に、医療をめぐる社会情勢に目を向け意見を述べるとともに、医療関連職種のリーダーとしての役割を自覚し、人間関係の醸成に努め、自己を高め、社会人として成熟すべきであろう。