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令和4年(2022年)10月5日(水) / 日医ニュース

医療DX考

 医療分野において、官民を挙げてICT利用や生産性の向上、オンライン診療、診療データの二次的な利活用などを進めようとしている。個別の地域や各地の医療機関がDX(デジタルトランスフォーメーション)を成功させている話は聞くが、それが日本全体に及ぶかどうかが大きな課題であろう。
 成功を設定するためには、どのようになったら成功であるか、という明確なゴールが必要となる。昔から医療のICT化には興味があったため、20年程にわたって複数の国の事例を調べてきたので一部紹介したい。
 以前の日医ニュース第1454号でも取り上げたが、エストニアは行政システム全体がICT化されている先進事例である。欧州では医療(特に入院医療)は行政の一部という概念が強いため、当然エストニアでは医療もICT化されている。
 5年前にエストニアを訪問した際に、エストニア政府に、なぜ行政システム全体をICT化しているのかと聞いたところ、「ロシアの脅威に対抗するためだ」とのことであった。
 冷戦時代、バルト三国はソ連に占領されており、またいつ国の存続を脅かされるか分からない。万一、再占領されたとしても、行政システムの全てを世界各国のサーバーに保管しておけば、欧州諸国やアメリカに亡命し、分散した国民が繋(つな)がってバーチャル・エストニア国を再興できるのだという。
 医療のICT化は利便性というよりも、こうした深遠な戦略の一環として位置付けられている。このような確固とした最終目的に沿って施策が進められていることに敬服の外はない。
 20年程前に、アメリカ空軍病院の電子カルテをそのまま日本語仕様にしたものを見せられた。当時はICTがまだまだ発達していなかったので、今思えば幼稚なものだったが、当時としては良くできていると感じた。残念ながら、日本ではほとんど売れなかったようである。
 数年後に、アメリカ空軍病院の関係者にこの電子カルテについて「空軍病院はどうして独自の電子カルテを構築しているのか」と尋ねた。答えは明快であった。空軍の軍人や関係者・家族は全世界の基地に配属され、移動していく。その際に以前のカルテ内容が分かるようにするためであると。
 米国のクリーブランドクリニックという巨大病院グループが世界一の電子カルテシステムを開発していると聞き、現地に赴いてクリニック関係者から話を聞いたことがある。
 この病院のシステムは三つのシステムから成り立っており、一つ目が病院の電子カルテの情報を外の医療機関などで閲覧できる仕組み、二つ目が診療所や外の病院の情報をクリーブランドクリニック内で閲覧できる仕組み、三つ目が病院内で発生した診療情報を患者が分かるように変換して患者のスマートフォンなどに送る仕組みである。5年前当時で既に開発費を500億円以上費やしていた。
 ここでも、なぜこのような巨費をかけて、システムを構築しているか尋ねてみた。その答えも「保険会社への対抗である」と実に明快であった。
 ご存じのようにアメリカでは、公的医療保険は高齢者用や生活保護以外にはなく、高齢者用医療保険であるメディケアにおいても、運用は民間保険会社に委託している州もある。そのため、病院が1000万円の請求を保険会社にしても、300万円ぐらいは値切られるのが当たり前らしい。それに対抗するには、データを収集して、自分達の医療行為の正当性、妥当性を主張しなければならない。また、周辺の医療機関を買収し、大口顧客になれば、保険会社も無碍(むげ)にはできなくなる。
 病院の巨大化、データ収集のための電子カルテネットワークの構築がアメリカの病院グループの有効な生き残り手段となっている。
 これらの医療DXを振り返ってみると、成功している事例は行動の最終目的が極めて明確なものであることが分かる。今までの日本の医療DXの目的はこれほどはっきりしたものではなかったと思う。
 だが、今回のオンライン資格確認の目的は、レセプトと特定健診のデータをお互いに見ることを目的としており、以前よりは明確化してきている。
 日本は先進国で2番目の人口を持つ大国であるため、日本中で一つの目標を持つことはなかなか難しいかも知れない。しかし、ここで日本の医療DXが成功することの意義は大きい。
 今回のオンライン資格確認導入はぜひ成功させないといけないだろう。

(日医総研副所長 原祐一)

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