令和7年度母子保健講習会が2月8日、日本医師会館大講堂で開催された。
講習会は渡辺弘司常任理事の司会で開会。冒頭あいさつした松本吉郎会長は、少子化対策は極めて重要な政策課題であるとした上で、昨年4月より政府が始めた「こども・子育て支援加速化プラン」によって妊婦のための支援給付や妊婦等包括相談支援事業の制度化などが実現されたことに触れ、日本医師会としても、わが国の母子保健が更に改善されるよう、実効性のある施策の実現に向け、引き続き積極的に政策提言を行っていく考えを示した。
引き続き、渡辺常任理事、三牧正和日本医師会母子保健検討委員会副委員長を座長として、5題の講演が行われた。
荒田尚子国立成育医療研究センター女性総合診療センター女性内科診療部長は、妊娠前からの健康支援であるプレコンセプションケアの概念と、日本における必要性について講演。
プレコンセプションケアについては、1990年代から医療分野で用いられてきた概念で、妊娠前の生活習慣や基礎疾患が妊娠・出産、更には産まれてくる子どもの健康に大きく影響することから、公衆衛生的介入として国際的に重視されてきていると説明した。
日本においても、(1)周産期死亡率や妊産婦死亡率は低いものの、「若い女性の栄養の問題(痩せと肥満の二極化)」「若者のヘルスリテラシーの低さ」「妊娠リスクの上がっている女性の増加」という三つの課題が顕在化している、(2)特に、20代女性の痩せの増加と出生体重の低下が関連している、(3)生活習慣病や慢性疾患を抱えたまま妊娠に至るケースが増えている―などがあることを踏まえ、妊娠の有無にかかわらず全ての人を対象とし、次世代も見据えたライフコースアプローチとして、プレコンセプションケアを推進する必要性があると強調。
また、国の動きとして、「プレコンセプションケア推進5か年計画」の策定や医療者用マニュアルの整備を進めていることを紹介し、医療現場に対する継続的な相談支援と実践の重要性を訴えた。
伊東宏晃浜松医科大学医学部特命研究教授/藤枝市立総合病院顧問は、妊婦の栄養と体重管理が胎児の健康に及ぼす影響について、歴史的背景と疫学的知見を踏まえて講演した。日本では時代とともに「痩せ」が美の価値観として定着し、若年女性のエネルギー摂取不足が常態化していると指摘。実際、妊娠期の摂取エネルギーは推奨量を大きく下回り、出生体重の低下や低出生体重児の増加も続いているとした。
更に、胎児期の低栄養環境が成人後の肥満や2型糖尿病などの生活習慣病リスクを高めるとする学説を紹介。妊娠前後の栄養状態が生涯の健康に影響することを強調した。
また、日本の妊婦体重増加指針の歴史的変遷を解説し、過去の厳格な体重制限が低出生体重児増加の一因となった可能性に言及。近年、周産期リスクを踏まえた新たな統一指針が策定されたことを示し、妊娠期のみならず、プレコンセプションケアや若年期からの食育・健康教育を通じて、社会全体で価値観を転換する必要性を訴えた。
田村好史順天堂大学大学院スポーツ医学・スポートロジー/代謝内分泌内科学教授は、日本における女性の低体重・低栄養症候群(FUS)について、疫学データと最新の学会動向を踏まえて講演した。
日本では1970年代後半以降、20代女性の痩せが急増し、現在も約4人に1人が低体重の状態にあると説明。その背景には、メディアや社会に根付いた痩身志向があり、個人の問題ではなく、社会構造の影響が大きいと指摘した。
また、自身の研究から、痩せた若年女性では筋肉量や身体活動量が少なく、耐糖能異常や妊娠糖尿病のリスクが高いことを指摘。低体重・低栄養は骨密度低下、月経異常、不妊、低出生体重児、将来の転倒骨折など、多様な健康障害と関連することを強調した。
こうした課題への対応に関しては、日本肥満学会が「FUS」を新たな概念として提唱した経緯を紹介し、疾患概念の明確化と社会的認知の重要性を強調。診断基準の検討が課題としつつ、まずは十分な食事、適度な身体活動、睡眠といった基本的生活習慣への介入が有効であるとし、プレコンセプションケアとも重なる取り組みとして、早期からの国の支援と教育の必要性を訴えた。
横嶋剛日本女子体育大学体育学部スポーツ科学科教授は、学校における性教育の考え方・進め方について、学習指導要領に基づく制度的枠組みを中心に講演した。
文部科学省では「性教育」ではなく「性に関する指導」という用語を用い、発育・発達や疾病予防など、健康教育の一環として位置付け、その指導は、保健体育科を中心に、特別活動や総合的な学習の時間、日常的な個別指導を通じて体系的に行われていると説明。小学校では体の発育・発達、中学校では思春期の心身の変化や性感染症予防、高等学校では性感染症予防と思春期から結婚生活までを含む生涯の健康が扱われているとした。
一方で、授業時間には限りがあることから、知識の伝達だけでなく、課題を考え判断し、表現する力を育てることが現行の学習指導要領の重要点になっていると説明。また、学習指導要領において特定の学習内容を取り扱わない旨を規定している、いわゆる「はどめ規定」についても触れ、その趣旨は発展的内容を禁じるものではなく、あくまでも学校の裁量と責任の下で指導が可能なものであると解説した。
その他、出席者に対しては、「外部講師として学校と連携する際には、指導内容や発達段階を理解し、学校側と十分に協議をして欲しい」とした。
田中彰子こども家庭庁成育局母子保健課長は、令和5年3月に成育医療等基本方針にプレコンセプションケア推進を初めて明記した後、「プレコンセプションケアのあり方に関する検討会」を設けて議論を重ね、妊娠・出産に関する正しい知識や相談先が十分に知られていない現状を踏まえ、性や健康に関する正しい情報の普及と情報提供、相談支援体制の充実、専門的医療機関の整備を柱とする「プレコンセプションケア推進5か年計画」を昨年5月に策定したことを報告。引き続きプレコンサポーターの養成、自治体や専門医療機関による相談体制の構築を進めており、「プレコンセプションケアの認知度8割、プレコンサポーター5万人、専門相談医療機関数200以上」を目指しているとした。
また、今後は、医療者向けマニュアルやeラーニングによるプレコンサポーター養成講座、若者向けWEBサイトによる情報発信、自治体への財政支援等を通じて、地域や医療機関、学校と連携した普及を進めていく考えを示した。
その後に行われた討議では演者と参加者との間で、「プレコンセプションケアの対象年齢や支援体制」「学校教育における性に関する指導の課題」などについて、活発な討議が行われ、講習会は終了となった。



