医師のみなさまへ

2002年2月1日

平成12・13年度 勤務医委員会答申 21世紀における勤務医のあり方

平成14年2月

日本医師会勤務医委員会

平成14年2月

日本医師会長
坪 井 栄 孝 殿

勤務医委員会
委員長 池 田 俊 彦

勤務医委員会答申

勤務医委員会は、平成12年6月23日の第1回委員会において、貴職から「21世紀における勤務医のあり方」との諮問を受けました。これを受けて、委員会では2年間にわたり鋭意検討を続けてまいりました。ここに委員会の見解を答申に取りまとめましたので、報告いたします。

勤務医委員会 委員名簿
委 員 長 池田 俊彦 福岡県医師会理事・福岡市民病院名誉院長
副委員長 谷口  繁 岩手県医師会勤務医部会長・岩手県赤十字血液センター所長
藤井 康宏 山口県医師会長・厚生連長門総合病院院長
委  員 伊賀 六一 財団法人日本医療機能評価機構専務理事
伊藤 正一 新潟県医師会理事・新潟県立がんセンター新潟病院院長
梅園  明 栃木県医師会副会長・栃木県済生会宇都宮病院名誉院長
斉藤 義昭 山梨県東八代郡医師会理事・医療法人桃花会一宮温泉病院院長
佐野 文男 北海道医師会副会長・札幌社会保険総合病院院長
中村  智 東京医科大学医師会長
濱田 和孝 大阪府医師会監事・財団法人聖バルナバ病院院長
宮西 永樹 三重県医師会理事・山田赤十字病院第一内科部長・救急部長
山本 泰次 広島県医師会常任理事・広島県立広島病院副院長
渡辺  憲 鳥取県医師会理事・医療法人明和会渡辺病院院長

(五十音順)

目 次
はじめに

21世紀といっても100年の幅があり、21世紀のどのあたりに焦点をおいて「21世紀における勤務医のあり方」を考えるかということが、まずもって議論となった。

結局、わが国の社会保障のあり方を問う画期的な政策提言である「2015年医療のグランドデザイン」、「医療構造改革構想」がターゲットとし、その実現が図られるであろう2015年から、わが国における高齢化がピークに達するといわれている2025年ぐらいのところを視野に入れながら、その頃、わが国の医療環境はどのようになっているのだろうか、どんな改革が行われ、推移しているのだろうか、を推測し、その時代に対応する勤務医のあり方を論じることにした。

しかし、現時点で、すでに不透明な部分が多く、なかなか改革の行方を見定めることが出来ず、ある部分では、現在にスタンスをおいて少し先を見たものや、予測というよりは、こうあるべきだ、こうありたいというような希求に終わっている部分も多い。

記述や視点がやや一貫性に欠けるが、議論の中心を貫いているものは、医療の本質的理念であり、常に国民のための、質の高い医療の確保であることだけは間違いない。

今日、医師と患者の関係が問い直されている。患者中心の医療こそ、21世紀の医療の原点である。そのためには、情報の開示、共有による医療の透明性の確保、EBMに基づく、科学的で安全な医療の提供の実現が重要である。

さらに、それを支えるプロフェッションとしての自覚と責任、そして高い倫理観が求められよう。

また、これからの医療改革の道程の中で、勤務医は、変わるべきことを受け入れる冷静さも求められるが、変えてはならないものについては、断固として変えないという強い意志と実行力も必要であろう。

何よりも、高い志と、高い見識こそ肝要であろう。

Ⅰ.21世紀における医療環境の推移と変革
1.医療構造の変化と病院の役割の変化

医療構造改革の議論が沸騰している最中でもあり、全くその方向が見えず、どのような医療構造の変化が起こるのかを明示することは出来ないが、少なくとも、国民皆保険体制の維持や現物給付制度の確保は間違いないものと思われる。

診療報酬体系は、現行の出来高払い制から、包括性、予算制の方向で改革が進められるであろう。薬剤制度や医療用器材の価格システムにも改革が行われていくことだろう。

医療提供体制の構築の面では、営利企業の参入はないであろうが、病院の統廃合や民営化については、ある部分実施されているかも知れない。

いずれにしても、改革の目標は、医の理念にかなったものであるべきで、医療の質の向上であることには間違いない。そのための基本になるのが、患者の安全(*1)であり、EBM(*2)であり、競争原理(*3)である。

  • (*1) 
    患者の安全
    医療の質の根本は、安全な医療提供である。医療事故の真の要因は、医療専門職のヒューマンエラーにあるのではなく、院内のシステムエラーにあるという視点が重要である。今後、医療の安全確保のための院内インフラの整備に重点をおき、併せて安全情報の共有などに関する社会的インフラの整備が必要である。
  • (*2) 
    EBM
    EBM(evidence based medicine)は、多くの研究成果から科学的に検証された事実を基に、有用な治療法を確立していくもので、医療の質の向上にとって必須である。EBMのためのデータベースの集積には、患者のプライバシー保護のうえに、データの収集、蓄積、管理などの手順を透明性と科学的信頼性を確保できるシステムが重要である。
  • (*3) 
    競争原理
    従来、医療の分野では、提供される医療は基本的に均質であることが前提とされてきた。したがって、医療サービスの質を競うという概念は一般的ではなかった。その結果、医療の量はある程度満たされたものの、質の問題が指摘されるようになった。
    新世紀には競争による医療の質の向上を果たすべく、医療機関間の競争が重要になってくる。利潤を競っての市場原理ではなく、医療の持つ特性を踏まえたうえで、競争を通じて医療の質の向上を図り、患者が適切に選択できるシステムが構築されていよう。

その他、救急医療システムの再構築、すなわち、初期、二次、三次救急医療機関の役割分担を基本とし、地域で完結できる体制、特に、小児救急医療体制の整備が求められる。

一方、病院の役割の変化であるが、医療機関相互の機能分担が明確になり、機能連携による地域連携システムが、軌道に乗るだろう。

医療機関の第三者評価の充実と積極的な情報化により、患者の医療機関選択を支援するシステムの整備も進み、医療機関相互の競争により、医療の質の向上も図られ、これを支えるためのインフラとしてのIT化、情報化も大いに進んでいよう。

さらなる情報化を含め、インフォームド・コンセントなど、患者の意思決定を支援するシステムの確立も望まれている。

患者の安全対策や院内感染防止対策の強化もますます進み、医師を中心としたチーム医療が確立されていよう。

また、医療の質の向上と共に、病院経営の効率化も求められており、医師の意識改革を含め、効率的経営手法の導入も視野に入っているだろう。

2.医師の役割と医師の需給の変化

21世紀となり、急速な人口の少子高齢化を迎えて、わが国の疾病構造も急性疾患中心から、慢性型疾患が増加し、医療も、患者と共に長期にわたって行われるようになってきた。その結果、治療成績という医学的側面ばかりでなく、患者サイドに立った生活の質についての考慮も併せて行うことが必要になってきた。

さらに、前世紀末に行われた医療機能による医療施設の再編成の結果、医療施設はその特性にふさわしいスペシャリストを厳選して採用するようになった。医師は、そのパフォーマンスや専門性が問われ、優秀な技術と共に、チーム医療を担う協調性も求められるが、特に重視されるのは、医師としての態度や人間性である。

次に、医師の需給の問題である。厚生労働省は、現在、医師が充足しつつある状態であるが、将来、医師過剰の状態になることは間違いないと考えている。これを防ぐために、医学部定員の削減、医師国家試験の強化など、新規参入医師の規制のほか、医師の定年制や保険医の定年制なども話題として上がっているが、いずれも問題が多く、実現がなかなか難しい状況である。

しかし、過剰気味になりつつあるという危惧をよそに、医師の標準定数を満たしていない医療機関も多く、患者の待ち時間の長さ、診療時間の短さから、医師の過剰労働、異常ともいえる長時間労働など、医療現場では医師不足が感じられる状況が多い。

医師の大都市集中傾向を含めて、地域偏在が著しく、また、診療科の医師偏在も著しい。

医師の総数の問題と共に、医師の診療科別、地域別適正配分についても検討されるべきであり、その調整システムが求められる。

3.勤務医の役割と労働環境の変貌

(1) 勤務医の役割

医療が社会の中で効率的に効果を発揮するためには、診療所や病院がそれぞれの特性に応じた機能分化をして、役割分担を有効に行いながらお互いの連携を進める必要がある。病院内においても、多くの専門的な医療従事者がそれぞれの役割を持って患者に対応する組織的医療の形態をますます高めていくであろう。この中で勤務医は、専門職としての知識、技量を磨き、医師としての質を高め、専門的知識集団のまとめ役として、人間性を磨き他の医療関係職種と協調して、チームの一員としての役割を果たす必要がある。患者の権利意識が次第に高まってくる中で、患者だけでなく、医療に携わる多くの人々にも共感が得られるような倫理観を持ち、他者からの評価が得られる医師とならねばならない。

勤務医の専門分化が進むと、知識の偏りが著しくなり、ややもすれば総合性に欠けてくることが多い。機能分化が進む中にあっても、医学はヒトを癒す学問であることを忘れず、常に総合的診療能力の習得をおろそかにしてはならない。

現在の日本では、特殊な知識や技術を習得した医師は大学か大病院に所属していることが多く、その医師は自分の所属している施設でのみ診療が行える。医師の所属に関係なく、患者が希望すればその医師の知識や技術の恩恵を受けることが出来るような、自由度を持った勤務医の制度が存在しても良いように思われる。このような勤務医を認めることが、勤務医の生き甲斐に結びつき、自己研鑽に励みがつく。

(2) 勤務医の労働環境の変貌

勤務医がその役割を十分に果たすためには、現在の勤務医がおかれている労働環境の見直しと改善が必須のものである。そのためには、医療制度、医療体制を変貌させ、物的及び人的医療資源を有効に活用できるシステムの構築が望まれる。

21世紀においては、20世紀末に行われた患者収容施設の体系化のもとで、内部機能の整理が完了し、医療の効率的な運用がすでに進んでいると推察される。

以下、21世紀の近未来をシミュレーションしてみる。

病院の外来は特化縮小され、救急外来や特殊外来を除けば紹介患者に対応する専門外来のみとなり、患者はすべて予約制で診察を受ける。外来患者の診療録は、紹介医からの情報通信により来院前に整備され、患者の検査等は重複することなく効率的に初診時に計画され、治療方針は早期に決定される。

勤務医は、現在のように多くの一般外来患者の診療をすませた後に、入院患者を回診する必要がなくなっている。専門外来は週に一、二度となり、一人の患者に十分時間をかけて診察し、記録することが出来る。したがって、患者は疾患についての説明を十分受け、理解が深まっているので、検査や治療のための入院も円滑に行える。勤務医は入院患者のために、多くの時間を費やして、検査や治療に専念することが可能となっている。患者は退院した後、紹介元の医師に通院して、開業医と勤務医の連携により継続して医療を受けることが出来る。

過去に、30%を超える医師が週48時間以上を診療に費やしていたり、50%以上の医師が週休2日を取れなかったことなどは改善され、勤務医は学習や研修時間を持てるようになった。また、当直回数にも制限が設けられ、研修以外の義務的な当直は多くても週1回に規制された。これは医療制度が変更され、医師がある程度のゆとりを持って診療にあたることで、患者が安全と安心を得ることのできる医療供給体制が考慮された結果である。2020年には人口10万対医師数は300人を超えたが、医師が余裕と希望を持って働けるようになった。

21世紀の初めに、全国及び地域別の医療施設数、病床数、疾病統計などから、各疾患についての医療必要度指数を作成し、それを基にして対人口当たりの適正な医師数や診療科ごとの適正な必要医師数を算出して、各診療科別、地域別の医師の偏在を是正した結果が効を奏したものである。この際には、医師の労働時間は労働基準法に照らし合わせ換算した。また、臨床研修義務化制度が定着し、指導医は研修医を指導する職務と臨床や研究に従事する時間配分が妥当性があるとの認識から、研修医の教育にも力を入れている。これらの結果、優秀な臨床医が育てられ、医師の過重労働や健康管理不足による医療事故の発生件数も減少した。

20世紀末より増加してきた女性勤務医が、出産や育児のために一時的な休職を取ることへの対策として、各都道府県医師会にドクターバンクが設けられ、この運営には各大学も協力して、代替医師の確保が容易になってきている。また、一定数以上の病床数を持つ病院では、女性医療従事者のために保育施設を併設することへの一定の補助が得られるようになり、女性医師が働きやすい環境が次第に整いつつある。

Ⅱ.21世紀における勤務医のあり方
1.医師としてのあり方と勤務医に求められる役割

(1) 基礎的な臨床能力を身につけること

医学や診療技術の進歩は、医療の現場においても著しい細分化を招き、狭い分野別に深い専門性が要求される。それだけに、幅広い臨床能力を身につける必要がある。勤務医が専門性を優先するあまり、技術はもちろん心の面での基礎的臨床能力を取得することを軽視する傾向を助長してはならない。卒後の初期臨床研修の必修化が重視される所以である。臨床研修指定病院では研修期間中に修得すべき具体的な達成目標が示されるが、勤務医として少なくとも基礎的臨床能力を確実に身につけておくことは、患者の安全を確保するための基本である。病院として、当然、その指導体制を確立することが必要である。

(2) チーム医療を認識すること

医療の専門性と複雑化が進む中で疾病の診療過程に的確に対応するには、各種専門領域、各職域の機能連携をチーム医療システムとして確立することである。従来培われてきた医師としての特権意識から脱却して、チーム医療を認識した意識改革とリーダーシップが勤務医に強く要請される。急速に発展する情報機能を活用し、相互に価値観を共有できるチーム医療体制を充実することが大切である。

(3) 倫理性を確保すること

医師が関わる倫理上の問題には職業倫理と生命倫理の問題がある。職業倫理には①マナー、モラル、インフォームド・コンセントなど患者に対する姿勢、②診療録、処方箋等の的確な記録に対するプロフェッショナルな責任の自覚、③各職域と協調する姿勢、④感染予防、薬剤投与、手術など日常の診療に際しての倫理的な認識は診療に対する責任や危機管理と表裏一体をなす。また生命倫理の問題として終末期医療、医療と宗教などへの対応は日常の診療でも経験することである。医療の高度化と複雑性が進めば進むほど、臨床の場で、医療倫理の立場を踏まえて患者の権利と医師としての裁量権をどのように選択し患者の診療に活かすかが問われる問題である。

(4) 質と経済性を認識すること

組織医療の中枢的な役割を果たす勤務医が、質と経済性について認識し責任を果たすことは義務の一つである。診療材料への配慮、診療の効率性、高額機器の導入と効率的な活用など、質と経済性を念頭においた積極的な姿勢が期待される。

その他、勤務医は診療業務、臨床研究、スタッフの教育に努力するほか、医療連携を通じて、地域の医療の質を高めていくことが望まれる。もちろん、医師としての人間性を高めていくための精進は当然である。

2.勤務医の質の確保と評価

(1) 資質の確保

21世紀の医療を担う勤務医は、まず自らの資質を明確に把握することが求められる。医師の資質は患者の信頼を得るための要である。勤務医として自らの資質を把握し、自己評価し、常に向上を図ることは専門職に生きるうえで大切な課題である。①学歴、職歴、学会歴、業績、②診療上の特性(専門性、得意とする技術等)、③資格(認定医、専門医、学会での資格等)など専門職としての質を確認できる証を必要に応じて自ら提出できること。これらは医療の質の証としても重視されるEBMの基盤となる。病院が医師の採用に際し人事を大学に依存する受け身の体質から脱却し、質による選択を優先することが定着する必要があろう。

(2) 評価の視点

医療機能評価には病院医療機能評価、診療評価、医療の質を支える医療人個々の資質を評価する人事評価などがある。評価方法や評価基準の設定は評価の対象により、あるいは、医学・医療の発展過程に応じて異なる。21世紀の医療に期待される勤務医の資質を確保するには、評価にあたり、限られた専門的な視野からのみでなく、患者を総合的に把握できる幅広い視点が要請される。①基礎学力(鑑別診断、文献知識)、②情報収集能力(病歴所見等)、③診療録の記載の的確性、理解力、④診断と治療能力(問題点の把握、治療計画)、⑤患者ニーズの把握力(患者に対する感性)、⑥協調性(対人関係)、⑦積極性(責任感、カンファレンス等に対する姿勢)等を評価の視点に上げることが出来る。評価方法は自己評価と選択された複数の他者による第三者評価を合わせて行うことが基本である。医療の質が厳しく問われる時代にあって、将来に道を開くには勤務医の質の評価と質の確保は必須の課題である。

(3) 問題点と課題

将来の医師の勤務の形がどのようになるか予測できないが、少なくとも医師の採用に際しては、勤務医にとっても、また医師を採用する病院にとっても、その質を確保し維持するために医師の資質を明確にすることが重要な条件となる。

しかし、わが国の病院では勤務医を取り巻く環境にそれらを阻害する因子が多く存在する。①勤務医の人事が大学に大きく依存し、採用に際して質の選択が受動的であること、②医師の勤務体制が他の職域の労働環境と違って就業規則の適応が"あいまい"で資質の向上に割く余裕に乏しいこと、③昼夜を分かたない不測の診療要請に対し勤務医は限られた人数と限られた専門性による対応を余儀なくされ、質を含む人的資源の不足が診療責任を全うするのに極めて不安定な状況にあること、④資質のレベルに対応する経済的評価に欠けること。

これらの環境は、患者の安全性の確保やEBMの確立に影響することが極めて大きい。今、医師の過剰時代の到来が予想されているが、医療にはこれらの問題点も含め将来に向けて改善し開拓すべき多くの問題とそれに対応する多くの人材を必要とする。医学・医療はもちろん社会文化の急速かつ限りない発展に対して、新しい臨床分野を確立していくことは、医療の質の向上と人々の健康上の安全を確保するために必須の課題である。それを果たすために勤務医の役割が一層高まることは確実である。医療における質の評価システムの導入と質の確保を進めることは医療制度を世に問う基盤であり、同時に情報化が進む中で、これらの状況について常に社会の認識と理解を求める姿勢が必要である。

3.臨床研修システムの将来像

21世紀の近未来、2015年頃の勤務医の質、日本の医療の質を大きく左右するものは、医師の教育・研修制度であろう。欧米諸国と比べ、日本の医学生、若手医師の基本的臨床能力は全体として低く、その原因は教育研修制度の欠陥にあるといわれる。

現在の医師教育制度が改革され、やがて新時代の医師・勤務医が育ち、さらに次世代の医師を養成する指導医となることを考えると、15年後にとどまらず21世紀を通じて、医師・勤務医のあり方に大きく影響するのが、卒前医学部教育と卒後臨床研修の変革であることは明らかである。

幸い大学改革や教育・研修システム改革への取り組みは、かつてない規模と速さですでに始まっている。改善と実践を重ね、2015年頃には勤務医の質の向上につながる成果が出ていると思われる。

(1) 医学部入試制度

学士編入学枠が各大学医学部で一層拡大しつつあるが、行き着くところはメディカルスクール制である。グローバルスタンダードに立った検討が必要で、モチベーション、人間形成、成熟度などにおいて4年制大学卒業生への期待は大きく、将来的に医学教育の最重要課題となっていよう。入試選抜方法についても、入試センター試験、学力試験に加え、小論文や面接、推薦状などによる適性判断の比重が高まるであろう。

(2) 医学部(卒前)教育の改革

すべての学生が履修すべき必須の学習内容と学生が自主的に選択できる学習内容とに分けられる。前者のコア・カリキュラムの基本事項としては、医の倫理、患者の権利、インフォームド・コンセント、安全な医療への配慮、コミュニケーション能力、診療情報作成・管理、チーム医療についての学習が含まれ、これはこれまでの医学教育では十分実施されておらず、今日の医療現場と一般社会から最優先で求められている学習内容といえる。

縦割りのカリキュラムから統合・体系的なそれへ、記憶中心・講義主体の従来型の受動的学習から課題探求・少人数教育による問題解決・自己開発型チュートリアル学習、そして見学型模擬診療型実習カリキュラムから診療参加型臨床実習(クリニカル・クラークシップ)へと教育学習法が変わりつつある。

また、教育は教員個人対応から組織対応となり、教員教育業績評価システムの構築と自己評価・学生や同僚による評価がなされるであろう。

さらに臨床実習に入る前に、学生の知識・技能・態度を評価する全国大学共用の統一(資格)試験を行うことで、入試・卒試以外に医師としての適性が評価され、不合格の学生の取扱いも課題となる。この共用試験は、知識についてはCBT(コンピューターを活用してプール問題から無作為に設問を選択する試験)、技能・態度についてはOSCE(オスキー-客観的臨床能力試験)が行われる。実習病院は学外病院に限らず、国外の病院でも認められるようになるであろう。

(3) 医師国家試験と医師免許、生涯学習

出題内容、出題システム、合否基準などに改善が加わり、実技試験でOSCEの導入や受験回数の制限が行われるのではないだろうか。

医学の進歩はめざましく、免許取得時の知識は古くなる。生涯にわたる医師の質の最低保証は何かという議論が必要である。医師の質の維持・向上が十分でないとき、医師免許更新制度の検討が必要となろう。勤務医における生涯学習自己申告制度の見直しも進められなければならない。

(4) 卒後臨床研修必修化

2004年に始まるこの制度が、経済的な面を含めた研修医の身分保障とそれを指導する側の体制の整備を前提にして、研修プログラム・研修方法、研修施設整備、指導体制、到達度評価などにおいて手直しが繰り返され、順調な成果を挙げていくことを期待したい。

到達すべき目標は「初診患者の安全を守り適切に専門医に紹介する能力」とされる。

この制度は卒後研修の要であり、必修化の目的に添った医師、すなわち救急やプライマリ・ケア、幅広い臨床能力、チーム医療や患者対応の優れた医師が勤務医として病院医療に加わるようになってほしい。

研修医は特定の診療科、医局に属さず、各地域等におかれた卒後臨床研修センターが一元的に管理運営し、やがては大学の傘を出て学外研修病院を中心としたシステム・病院群へと移行させる可能性がある。研修施設として、救急医療と地域医療を組み込んだオープンな病院群が望まれる。診療所実習や福祉介護活動に参加することは、勤務医の医師会への認識を深めるのに大きな意義を持つ。研修医と研修施設とのマッチングについては、出身大学やその関連病院を除外することも含め、全国的なプログラム導入が必要である。

(5) 大学院、学位制度、臨床及び基礎医学研究

大学医学部は大学院重点化、大学院大学化を核として変貌するであろう。大学院は研究者の育成、高度先端医療、基礎・臨床医学の融合、国際競争力を持つ研究拠点を推進する。反面、学部教育の質的低下、基幹教育研究領域の衰退、地域医療機関の人材確保難を招きかねない。大学院化をしない大学では、地域医療への貢献、質の高い臨床医師の養成、地方大学や地域企業との連携などがなされる。良医の育成が主眼で、大学創立の趣旨により地域医療に関わる医師や産業医の育成が行われる。

臨床研修の普遍化で基礎医学の研究者・教育者の養成が手薄になる懸念がある。

学位は「大学評価・学位授与機構」により行われる。学位制度廃止にまで踏み込むことはなくとも、学位取得への意識は大きく変わっていくであろう。

将来、基礎医学や研究の道を志す人は、大学に残るだろう。研究に比べ、診療や教育は評価の対象になりにくく、教育は雑務、ボランティア活動というのは見直されるべきで、優れた教官や教育設備に膨大な教育投資が必要である。

(6) 大学病院・基幹病院での後期(専門)研修システム

大学附属病院の役割は、卒前・卒後教育を含む臨床教育、臨床研究、診療活動の3つのバランスである。専門教育のウエイトは大きい。懸案は採算性と教育研究機能の整合性である。特定機能病院として、外部機能評価は不可欠である。他の基幹病院との連携・機能分担、寄付獲得の努力、自由診療枠の拡大、企業との連携による共同研究などが将来的課題である。独立行政法人化の影響も無視できない。

基幹研修病院では若手を主とした専門医グループとベテランの総合医がオーバーラップしつつ役割分担をしていくであろう。優れた指導者の下にモチベーションの高い研修医が集まって、アクティブに動くシステムが、病院の生き残りを左右する。専門研修体制の整備が重要で、医師の腕が正当評価され、一生懸命にやることが報われる勤務環境が必要である。それが報酬、地位、評価に反映されることにより研修や研修指導の励みになる。その目標の一つは学会認定医、専門医資格である。勤務医にとって目標とするに足る権威と実益を持つことが望まれる。この際、病院は認定施設、教育病院として機能すべきである。

(7) 大学医局の果たす役割

無給に近い医局員、学位制度、お礼奉公あるいは関連病院人事・系列化などにおいての、教授を頂点とする医局講座制の弊害は解消に向かう。卒前教育、臨床研修、専門研修、臨床研究・学位授与、などすべて大学単位あるいは医局やその関連病院単位でなされていたのは時代遅れといえる。医局が医師甘やかしの温床になったり、何となく安心感を求めて入局する時代ではなくなった。淘汰の時代となり、ダメな医師は排除される。出身大学の異質性は病院のみでなく大学医局でも競争を生み、これを活性化させる。

以上のように、「社会に求められる質の高い医師をどう育てるか」「病院が望む勤務医をどう獲得するか」、そのカギは「医学部教育」「卒後臨床研修」「大学医局と病院の関係の近代化」「生涯学習」の制度変革と整備にかかっている。すでに着手あるいは方向性は出されており、21世紀近未来には、確実に成果が得られるであろう。

4.勤務医のキャリアパスシステムの構築

多くの医師が、これまで自分の臨床能力を適正に評価されたことがない。現在の医療界に医師の臨床能力を正当に評価するシステムがないからである。また、臨床実績を重視したキャリアパスが不明瞭で、これを確立することが仕事に対するインセンティブとなり、これを望んでいることが分かっている。

このことから、現在真摯に臨床に努力している苦労が、将来報いられるという期待信頼度が低く、大多数の勤務医に共通するある種の閉塞感が存在することが推定される。

現在、学位、学会認定医、専門医などの肩書や資格の機能は不明瞭であり、キャリアパスに対する影響力は不明確である。

一方で、大学教室における研究業績が唯一、明確な指標となって、現在も個人のキャリアパスに大きく影響している。

その典型が大学医学部の教授の選考基準であり、それは必ずしも臨床の実際に結びつかない内容であっても、いわゆる研究論文の数が最終決定の根拠になっており、臨床において、豊富な経験を積み、優れた臨床能力を持ち、それを後輩たちに伝えるノウハウを十分備えた人材であっても、研究論文が少なければ問題にならないと言う現実がある。

この研究業績が教育職の地位を上昇させ、さらに医療職の職位を約束する基準にすらなる現状であり、勤務医の臨床能力を適正に評価するシステムが存在せず、臨床能力を示す指標を持ってキャリアパスを構成することは不可能であり、このことが勤務医の閉塞感の根底にあると思われる。

地道な臨床行動がキャリアパスに反映されないと、良質な医療のために励む若い医師の意欲、モラルを低下させる恐れがある。

一方で、勤務医の労働市場の面を見ると、変わりつつあるとはいえ、現在は未だ病院の人事権が実質的に医師の養成の場である大学医局にあり、これによる病院、特に公的大病院の系列化、関連病院化による労働市場の閉鎖性に支配されており、病院は医師の確保を大学の医局からの派遣に頼り、これが医師の労働市場を狭くし、人材とポストとのミスマッチを生じ、勤務医に将来を展望しにくい感覚を持たせ、閉塞感の一因となっていると思われる。

また、この現象が医師の病院に対する帰属意識を希薄化し、病院の理念や基本方針を受け止めず、地域における役割の認識の乏しい医師を創出する原因ともなっている。

今後、医療費抑制を目指して診療報酬の包括、定額化を始めとして、医療の効率化が求められ、一方で、電子カルテなど医療情報の透明化、オープン化、さらに卒後臨床研修が必修化され、病院間の競争が激化する中で、各病院管理者はポストに適した臨床能力に優れた臨床医を関連大学医局の供給に限らず、広く求める需要が増大することが予想される。

これに応ずるには、研究業績も重要な一指標ではあるが、それのみに基づくキャリアパスでなく、個人の臨床の場での実績、臨床能力の評価をフォーマルに記録し、この情報を全国的に公開し、病院管理者はこれを基にして採用、昇格、などを行うキャリアパスシステムを構築することが重要である。

臨床能力の評価は診療プロセスとアウトカムの両側面から行われる必要があり、アウトカムには複雑な因子が関与し、その評価が容易でないことは当然であるが、重要な評価因子であることは否めない。

診療プロセスの中で、個々の医師の知識、技能、態度、判断力などを、診察、手術、カンファレンス、カルテの記載内容などから、ITを利用しての診療情報の透明化、などと共に相当程度、評価することは可能であると考える。特に電子カルテの普及や医療の標準化がこの評価の促進に役立つことが期待される。

このプロセスの評価に関しては、臨床の場を共にする指導的医師のほかに評価を行い得る者は存在しないであろう。今後は、医師同士が評価し合う、いわゆる「ピア・レビュー」の風土を醸成していくことが必要であろう。

医療の質の向上を目指して、勤務医に向上意欲のインセンティブを提供し、効率的な勤務医の市場のオープン化を図るため、個々の医師の臨床実績、臨床能力の評価をフォーマルなものとして文書化するシステムがオーソライズされる第三者機構を現存する病院機能評価機構と同じように、日本医師会が主体となって設立することが望ましいと考える。

5.勤務医の医師会活動と勤務医部会のあり方

21世紀は、病院中心の医療から在宅医療にシフトし、一次予防への積極的関与による疾病予防とともに、在宅での終末期医療の充実が求められている。

(1) 地域医療における勤務医

医師会にとって、勤務医と開業医は車の両輪であり、両者の関係は対峠・要求から連帯・共生の時代に入った。

日医会員の50%を占める勤務医は、組織化することにより団結し、医師会に対する認識もメリット論に終始することなく、医師会活動を通して共通の土俵の中で、21世紀の医療を一緒になって考え、国民の医療を守るという医師会本来の目的のために結集し、全医師の英知と努力で良質の医療を提供すべく医療改革を推進した。勤務医・開業医の接点を広げていくことは、国民医療への貢献に連がり、その接点が地域医療であり、医師会活動の原点である。

地域医療活動において勤務医に求められるものは、①チーム医療により診療の計画化とスタッフの組織化の強化を図り、オーダーメイド医療、再生医療、遺伝子医療を始めとする高度の専門的医療を地域に提供すること、②地域の健康づくり、保健活動に積極的に参加することにより、疾病予防の推進を図り、在宅での終末期医療では中心的役割を果たし、地域医療に貢献することである。

地域医療における病院は、機能分担、病床の機能区分が進み、外来機能の特化縮小、入院機能強化、紹介率向上、在院日数短縮が求められ、これらに対する唯一の解決策が病診連携である。地域に根づき、地域医療に貢献しない病院、病診連携を推進しない病院は地域に存続する価値はないし、現実に消滅するだろう。

病診連携の最終的な形態は病院のオープン化である。現時点で病診連携を推進するためには、地域連携室を設置し、患者紹介、逆紹介、情報提供の窓口とし、さらに、開放病床を持ったことにより医療施設、医療機器等の共同利用が可能となり、24時間体制のかかりつけ医の後方支援病院としての役割を果たし、生涯教育の体験学習の場として役立っている。

(2) 勤務医の活動の場

以下、21世紀の近未来をシミュレーションしてみる。

2010年には医師30万人、開業医の世代交代の進行、病院医師の構造的減少により診療所医師は増加した。病院は完全にオープン化し、開業形態は多様化した。かかりつけ医には24時間対応が求められ、グループ診療、グループ開業が行われている。特殊診療科(麻酔科等)では在宅専門医による開業が通常となっている。

勤務医は勤務形態も多様となり、臨床以外の分野でも幅広く活動し、特に海外にも活動の場が広がり、ボランティア活動(1~2年)後、復職が保証され、海外で活動している医師も多い。

かつて、勤務医の医師会入会・異動の壁となっていた諸問題もおよそ解決し、医師会の組織率は90%を超えた。役員、代議員の多くは勤務医である。

勤務医を組織化し、情報提供し、医療政治意識の向上を図る目的で勤務医部会が設立されたが、前世紀では、都道府県医師会においては、部会設立28医師会、設立予定なし18医師会、部会の代わりに勤務委員会設置15医師会であった。当時、「別に勤務医だけの新しい組織をつくる」という意見もあったが、勤務医の医政に対する関心が高まるにつれ、弱小組織では、何の活動も出来ないことが分かり、すべての都道府県に勤務医部会が設立されている。

大学医師会も積極的に日本医師会組織に取り込まれ、すべての都道府県、大学に設置されている。勤務医の95%が学会に所属し、専門志向が強く、かつては、卒後研修の80%が大学で行っており、大学からの医師派遣とからんで、帰属意識は大学にあり、勤務している病院には乏しかった。勤務医部会設立による勤務医としての義務・権利意識の高まり、医政への関心により、帰属意識は一変し医師会に移行した。

医師会の中で、勤務医は開業医とよく共生できており、医師会の意思決定にも関与するようになっているし、医師会活動にも積極的に参加するようになった。

勤務医部会設立の初期の目的は達成され、その役割を終えつつあり、2020年頃から少しずつ勤務医部会は減りつつある。

Ⅲ.勤務医の生き甲斐と使命、信頼の確立
1.医師のアイデンティティーと信頼の確立

(1) 勤務医における医の倫理

  • 1)

    今なぜ医の倫理か

    医師の倫理の規範として、古くからは「ヒポクラテスの誓い」があり、日本医師会においても、平成12年4月に「医の倫理綱領」が採択されている。今なぜまた「医の倫理」が問い直されているかを鑑みるに、二つの点が考えられる。

    第一に資本主義経済下においては「お金」こそがすべてであるという風潮がある。医師もまた、医師である以前に一人間であり物質的欲求に左右されやすい側面をもちあわせている。しかし医療を実践するにあたっては前記する倫理規範のごとく、社会性、公共性を認識し、人類愛を基に、医療が必要なすべての人に役立つように、高い倫理観を持ち続けることが大切である。第二に、昨今の医療技術の進歩は、移植医療や生殖医療、再生医療、遺伝子治療など、「神の領域」を侵しつつある。この技術の実践にあたっては、医師だけでなく、他の領域の人々の参加も必要ではあるが、まず医師として、現代医療技術が真の意味で人類に有益であるかを判断しなければならないと考える。

  • 2)

    医師自らによる自浄作用

    医の倫理に関連して、日本医師会では「会員の倫理向上委員会」、「生命倫理懇談会」等があり、活動しているが、現在の国民世論に対して、十分とはいえないと思われる。具体的には日本医師会に倫理問題を扱う委員会を設け、そこで医の倫理に関係する情報の収集、分析、審議を行い、判断、裁定のうえ、これに対する罰則規定(内容ついては議論のあるところだが)の実施というプロセスが必要と思われる。医師の医師による自浄作用が、医師及び国民のためにも必要と思われる。またさらにつけ加えるならば、マスコミ等を通じて国民に対する広報活動も必要と考える。

(2) 医療機関のアイデンティティー

わが国の医療機関は原則的にはアイデンティティー(個性、独自性、主体性)を際立たせず、「金太郎飴」のごとく、どこを切っても同じように、全国津々浦々、均質で良質な医療を提供しようと努力し続けている。しかし現代のように価値観の多様化した日本社会の中で、これを維持し続けるのは困難になってきている。医療機関のアイデンティティーを考えるに、どうしても現行の医療法、医師法に抵触する部分もあるが、敢えて未来思考という立場で提言する。

アイデンティティーをとりあげるにいろいろな切り口が想定されるが、まず開院時間からすると、年中無休24時間受け入れ可能な病院とか、夜間日祭日専門病院、普通の病院に比して、開院時間を前後にスライドさせている病院等々考えられる。

これらをうまく組み合わせていけば、救急医療にも対応できる。季節限定病院、例えば冬のスキー場地域と夏のシーサイド・リゾート地域、避暑避寒地域などに可能性がある(西欧諸国のように1ヶ月単位の長期休暇に対応して)。

また、特定集団を対象とした医療機関、例えば外国人専門病院(外国語対応可能で、状況により外国人医師の治療も認める)、企業や職域の系列病院など特定会員を対象とした病院も考えられる。

臓器別専門病院としてはすでに多く存在するが、水平横断的には、東洋医学や温泉療法病院や動物(癒し犬など)を治療に活用する病院などある。循環器病院・脳神経外科病院などはすでに存在しているが、疾病をさらに絞り込み、慢性関節リウマチ、パーキンソン病等難病の単独専門病院などが考えられる。

病診連携を発展させ、紹介型病院、開放型病院、契約医師の治療参加が出来る病院、患者さんの指名医師(院内外)の治療参加も認める病院等が考えられる。

これらの提案はすでに現実化されている部分もあり、また法的に逸脱しているものもあるが、医療を国民のニーズに合わせて変革することは必要であり、「正しい規制緩和」に向けて、提言し続けるべきである。

2.勤務医の生き甲斐と使命

(1) 勤務医の将来への選択

勤務医には、従来、一定期間の病院勤務後、開業する道が広く開かれていた。しかし、今日、医師数の増加、地域医療提供体制の変化等により、地域差もあろうが、開業の道が徐々に狭まりつつあり、また、一方では、開業を志向しない勤務医も増加してきている。勤務医が一個人としての生涯設計を考えるにあたって、仕事における充実、自己実現のみならず、家庭を大切にし、趣味を持ち、生活を楽しむことを目標とすることも、当然のことである。これらの生きる価値を日々見出しつつ、人生の幅を広げながら、病院勤務を終え、定年後のボランティアを含めた社会活動の継続を目指せるような過ごし方も、現役時代から心がけてゆく必要がある。

しかし、現実には、勤務医は、自ら勤務する医療現場で、必ずしも十分に生き甲斐を感じているとは言い難く、いわゆる"3K"に似通った長時間の重労働にて疲労し、無力感・閉塞感を感じながら職務にあたってきた側面も否めない。一方、開業医も、「一国一城の主」として自らの医療の形を自由に実現できていた時代から、「プライマリ・ケア」「病診連携」など地域における役割分担の中で役割の変化が求められており、その医療における守備範囲も徐々に狭まり固定化しつつあるのが現状であろう。勤務医、開業医とも、個々の価値観に沿って地域医療を展開する中、相互の信頼関係と尊敬を醸成できるよう医師会の場を大いに利用すべきであり、また、これらの活動を通じて、勤務医と開業医との差異が着実に縮まりつつあることに気づくことも可能となろう。さらに、これら活動の中で、勤務医が、地域の開業医との連携を身近に感じながら、病院というチーム医療の現場にありながら、地域のニーズに幅広く目を向け、自らの役割、使命を再認識することにつながると期待される。

勤務医は、大学を含めていくつかの医療機関を異動しながら診療経験を積んでゆくことが通例である。これらに際して、所属医師会の変更が容易に行えるように配慮することはもちろん、地域医療の情報を勤務医へ有効に提供することも医師会の重要な役割であろう。一方、研修医、若い勤務医にとっても、自らの将来の勤務先について不安を抱くものも少なくないと考えられる。彼らにとって、地域の病院・医療機関の情報が的確に提供されることとともに、各医療機関の医療水準の向上を医師会としても熱意を持ってサポートし続けることが、勤務医全体にとって、将来への選択を容易にすることにつながるのではなかろうか。また、卒後の研修は、大学病院及び研修指定病院のみならず、一定期間の研修終了後は、地域の幅広い医療機関で臨床経験を積めるよう、勤務医の希望と地域の医療機関のニーズをマッチさせることも重要で、従来の医局制度とは別個の情報提供システムも今後の医師会の課題であろう。

(2) 勤務医の診療環境とその課題

病院における勤務医を取り巻く医療環境は、近年、大きく変化しつつある。最近、次々に明らかにされている医療事故の問題は、患者の医療への不信感をつのらせ、医師が「聖職者」ではなく、極言すれば、「間違いをおかし得る一人の技術者」として見なされるようになってきた。以上を背景として、医療機関におけるシステム化された医療安全対策とともに、各医師が、患者への十分な診療情報の提供、診療内容の開示を行いながら、患者参加の医療を推進することが、今まさに強く求められている。以上のプロセスを通して、十分な時間をかけて説明を行い、患者に病状と治療方法についての理解と同意を得ながら、医師-患者の信頼関係を醸成してゆくことが重要である。また、このためには、比較的余裕を持った診療時間が確保されなければならない。すなわち、医療機関としても、必要な医療分野における適切な人員配置を図るとともに、各勤務医の診療時間、業務内容について評価とともに調整を行い、院内における医師間の役割分担と円滑な連携を常に図っていく必要がある。また、勤務医も院内での役割分担を認識し、院内カンファレンス・病診連携・症例検討会等を通して、診療水準の向上に常に努力を払うとともに、医師間相互の信頼を深め、さらに、地域との関係性を常に視野におくことで、勤務医の自己の業務への充実感・達成感を高めてゆくことも出来よう。

(3) 医師会活動への主体的な参画を

勤務医も、地域の医療ニーズに適した医療体制づくりについて積極的に提言し、病院の質的向上への推進力となるべきである。また、勤務医会員は、多くの都道府県医師会においてすでに過半数に達しているが、従来、医師会活動への参画は消極的で、「サイレント・マジョリティ」の観が否めなかった。勤務医の自己実現・達成感をさらに高めていくためには、医政活動を含め、医師会の多様な業務に積極的に参画していくことも重要で、また、医師会としてもこれらの動きを歓迎し、促進していく方策を講じるべきであろう。以上のように、若い勤務医の夢が広がるよう、医師会の構造にも変革が必要な時期にさしかかっているといえよう。

おわりに

21世紀の勤務医像を語るには、現時点では、あまりにも不透明な部分が多く、論議の焦点を定めることが困難であったが、しかし、終始当委員会の議論の根底にあったのは、国民のための医療の質を確保することであり、そのための勤務医のあり方であった。そこで論議の中心となったことは、評価と情報開示、勤務医の労働環境と今後の展望、社会変革に対する勤務医の意識改革であった。

まず、評価と情報開示については、医療機関の医療内容、システムはもちろん、そこに勤務する医師個人も医療的、人間的評価を受けること、しかもその評価機構として、医師会も加わった公平な第三者機構を設置することである。さらにはここでの評価結果をも含め、地域住民の医療受診の選択に必要な情報をすべて開示し、医療に対する信頼感と安心感をそれぞれの地域で熟成していくことが今後の課題となる。

確かに、今、勤務医は、厳しい労働環境にあり、このため、ときに無力感、閉塞感を持つが、医師の適正数、適正配置をも含めた医療資源全体の組み立てを見直すことにより、労働環境の改善を図り、さらには、学位、学会認定医、専門医と様々な肩書や資格を整理し、社会的認知のうえ、それぞれに機能を持たせ、それに応じた勤務環境が整備されれば、これを目標として、勤務医も将来への展望を持つことが可能である。

さらに、これから先端医療から福祉へと勤務医の担う業務は多岐にわたり、かつ複雑化する。そこで勤務医も自分自身の資質を十分に把握し、自立し、自分の進むべき道を定めるべきであり、これを可能にするためには、医学教育、卒後教育の変革と充実が求められ、この作業過程には地域医療を熟知している医師会が加わるべきである。

すでに、今、医療担当者すべてが連帯の時代に入っている。勤務医も自身のアイデンティティーを保持し、地域医療の中でそれぞれが接点を持ち、連携すること、それを組織化することも医師会の役割である。

いずれにしても、これからわが国はすべての分野で大きく変貌する。医療の分野も例外ではない。勤務医の意識もこれに適応、順応していくためには大きく変わることが必要となる。

そして、今世紀、勤務医が医療のあらゆる分野で歴史的役割を演ずることになるであろう。