医師のみなさまへ

2005年12月1日

平成16・17年度 医療環境変革期における勤務医の役割(平成17年12月 )

平成17年12月

日本医師会勤務医委員会

平成16年3月

日本医師会
会長 植 松 治 雄 殿

勤務医委員会
委員長 池 田 俊 彦

勤務医委員会答申

勤務医委員会は、平成16年7月23日の第1回委員会において、貴職から「医療環境変革期における勤務医の役割」との諮問を受けました。

これを受けて、委員会では2年間にわたり鋭意検討を続けてまいりました。

勤務医委員会 委員
委員長 池田 俊彦 福岡県医師会副会長・福岡市民病院名誉院長
副委員長 渡辺 憲 鳥取県医師会常任理事・明和会渡辺病院院長
委員 阿部 昌洋 新潟県医師会理事・新潟県立吉田病院院長
今山 裕康 沖縄県医師会理事・緑水会宜野湾記念病院理事長
岩平 佳子 ブレストサージャリークリニック院長
武井 秀憲 静岡県医師会理事・三島社会保険病院副院長
千野 直一 前東京都医師会理事・慶應義塾大学名誉教授
東 義人 京都府医師会理事・医仁会武田総合病院副院長
樋口 紘 岩手県医師会常任理事・岩手県立中央病院院長
藤田 敬之助 大阪府医師会理事・大阪市立総合医療センター副院長
三浦 修 山口県医師会専務理事・防府消化器病センター防府胃腸病院院長
柳内 統 北海道医師会常任理事・旭川赤十字病院耳鼻咽喉科第一部長

(五十音順)

目 次
はじめに

高齢者は激増し、若年人口は減少するという人口構造の大きな変化の中で、医療はますます高度化、複雑化、専門分化し、国民の意識の変化とあいまって、医療需要、医師需要は増大している。医師の高齢化、女性医師の問題も含め、医師不足、医師の偏在は、いつでも、どこでも、という医療のあるべき姿にほど遠く、高度化した医療に伴うリスクが増大する中、多くの医師は長時間労働、過重労働を強いられ、必ずしも医療の安全を担保できる状況にはない。

こういった状況を背景に、医師の育成を含め、医療提供体制、医療制度は大きく改革されなければならず、今回、「医療環境変革期における勤務医の役割」という諮問をなげかけられた意義は大きく、きわめて重い。

勤務医は、厳しい医療環境の中においても、医師としての役割を十分に果たすと共に、医療改革を正しく進めるための重要な役割をも担わなければならないことは当然である。

真の医療改革は、市場原理主義者や財政至上主義者による国民不在の改革であってはならず、我々こそが旗手となって行う、国民のための改革でなければならない。

もちろん、より良い改革のためには、制度や中身だけでなく、それに関わる者の意識改革が重要である。我々医師や医師会の意識改革こそ、まず第一に求められているのかも知れない。

勤務医委員会では、この2年間、勤務医がいかなる役割を果たすべきか真剣に議論を重ねてきた。

各委員の間に、微妙に価値観を異にする点もあり、また短い答申書の中では、十分に意をつくせていない部分もあると思うが、基本に流れている真摯な思いをご理解賜れば幸甚である。

I.医療環境変革の流れ

(1) 医療環境の変革

現在、医療界は、戦後60年を経過してかつてない大きな変革の圧力にさらされている。国民皆保険制度を堅持しつつ、公平で良質な医療を提供しようという理念とは裏腹に、厳しい経済情勢から、医療資源である診療報酬も数年来据え置かれ、さらに、公的医療保険の守備範囲を縮小しようという動きが各所に見え隠れしている。医療提供側にとっても医療を受ける国民にとっても、より良い国民医療を維持し発展させるための方策について、ともに真摯に考え提言していかなければならない緊迫した局面にさしかかっている。

最近の医療訴訟の増加は、国民の医療に対する信頼が揺らいできていることを如実に現しており、医療安全体制の確立、医療倫理の高揚、医師会としての自浄作用の活性化等の地道かつ着実な取り組みが求められている。

(2) 医療提供体制の変革

医療の現場においては、医師の地域ならびに診療科による偏在が顕著となっており、勤務医の過重労働の問題が医師の健康のみならず医療安全を脅かすという大きな課題を提起している。加えて、平成16年度からスタートした新医師臨床研修制度に伴う医局制度変革への鳴動、地域病院からの医局員の引き揚げ、研修医が選択する研修先の大都市集中傾向などの諸問題も事態を一層複雑にしている。

医療提供体制も、地域の医療機関における機能分化の中で、急速に進歩する医療技術に対応するハードウェア・ソフトウェアの整備のみならず、周産期医療・小児科を含む救急医療の偏在のない体制整備、高齢者医療・介護保険との連携、病診連携による在宅医療の推進、感染症医療ならびに精神保健医療の推進などあらゆる方向で変革が進められ、質的向上が求められている。さらに、厳しい経済財政の影響は、公的医療機関の経営効率化への圧力にもなっており、統廃合を含めた公的病院の運営の見直し、再編成がすでに始まっており、地域全体の医療提供体制の変化に拍車をかける結果となっている。

医療提供者側としても、医療のIT化推進による医療システムの精緻・効率化、セカンドオピニオンを含めた患者への診療情報提供の推進、治療成績を含めた医療機関の情報開示、患者への接遇の推進など、医療サービス改善へ向けた課題は多々残されている。また、本年度施行された個人情報保護法への厳密な対応も、患者との信頼関係確立にきわめて重要な意味を持つと推察される。

(3)患者意識の変化

国民の医療に対する要求水準は日増しに高まっており、インターネットの普及等により、患者側も医療情報を豊富に得ることができるようになってきた。これら患者側の意識変化の中で、Evidence Based Medicine(EBM)ならびにインフォームド・コンセントのより一層の推進が求められ、医師―患者間において深いレベルの治療に関する協働が必要となって来よう。

(4)勤務医としての役割

このように医療環境変革の流れは、医療というサービスを受ける国民のニーズの変化に由来するもの、経済財政的な要因からシステムに求められた改革に由来するもの、ならびにより良き医療をめざす医療提供者側の内発的変革の動機に由来するものという大きな3つの側面を持っている。これらへの適切な対応は、新しい時代の医療を作り上げていくうえできわめて重要で、変革の時代である今こそ、医療現場を担う医師全体が意識を高め、力を合わせ主体的に動いていくことが求められている。以上の流れの中で、勤務医は医師会の一員としていかに対処し、行動すべきであろうか。

II.望ましい医療環境の変革と勤務医の役割
1.医師の資質の向上(臨床研修、生涯教育)

(1)早くも忘れられたか新医師臨床研修制度の大義

もう一度新制度の理念を振り返ってみると、

  • 1)
    患者を全人的に診ることのできる基本的総合診療能力(知識・技術・態度)をプライマリケア中心に幅広く修得すること
  • 2)
    研修医の身分の安定と指導体制の充実
  • 3)
    医師としての人格の涵養
  • 4)
    内科、外科のほか救急、小児、産科、精神、地域保健・医療

の理解と実践および医療安全対策を身につけるなどである。

忘れてならないのは旧来の研修制度(努力目標)が育てた医師像に対して国民が「no」と言った結果、医師法第16条の2(必修義務)と定められたものであり、厚生労働省は5年後に見直すともした。

にもかかわらず、平成17年5月20日、全国80の国公私立大学と附属病院で構成する「全国医学部長病院長会議」は新制度の廃止を視野に抜本的見直し提言を行った。これは早くも新制度の大義を忘れた時代錯誤論と言えないだろうか。

(2) 研修医の「流れ」の現実は何を物語るか

大学病院対臨床研修病院の研修医数の割合は平成15年度の約70対30に対し、16年度(新研修初年度)は約59対41となり、17年度は約49対51と逆転した。これは何を物語るのか。厚生労働省がまとめたアンケート調査結果によると臨床研修体制について満足している研修医は臨床研修病院で54.5%、大学病院で34.7%、満足していない研修医は臨床研修病院で23.8%、大学病院で43.4%であった。大学病院で満足していない上位4項目は、待遇・処遇が悪い(22.2%)、症例の経験が不十分(19.7%)、診療科間の連携が悪い(14.9%)、指導医から十分に教えてもらえない(12.3%)などであり、こういった事実を大学病院は直視すべきである。

(3) 医師養成と医師育成の機能分担

機能分担は難しくない。卒前教育は国家試験合格も含めて大学でしっかり叩き込む。

臨床研修はあらゆる疾患が雑多な臨床研修病院でできるだけ多くの症例のシャワーを浴びさせる。

臨床研修後の高度専門医技術修得は症例の多い臨床研修病院でも可能であるが、高度専門医療、特殊疾患や研究は大学の役割である。

大学は本来の機能を再認識し、自信を持ってその魅力を磨くことである。大学での修練終了後は、臨床研修病院等が就職の受け皿となり、その後の生涯教育は専門学会と医師会が受け持つことができれば理想である。

(4) 国民のための医師の資質向上

20世紀から21世紀へかけて、社会のあらゆるパラダイムが激しくシフトしてきた。例えば産業界での粗製濫造とも言えた製品中心が高品質の市場中心へ変わり、現在は高満足の消費者中心に変わったのはなぜか。それは産業界が顧客(国民)のニーズに対して素早く対応してきたからである。

一方、医療界はどうか。ヒポクラテスの時代から続いてきたパターナリズムが医師中心の医療を容認し、一方、患者はおまかせ医療を受け入れてきた。明治時代まで権利という日本語がなかったように"患者の命は医者のもの"として、医師は疾患中心、臓器中心のcureに走り、それが専門医制度による臓器だけ診て人間を診ない偏った医師を生んだ。しかるに、21世紀は患者の自己決定権を尊重するインフォームド・コンセントへと情報の積極的公開とともに、患者の権利尊重が急速に広がり、"患者の命は患者自身のもの"としてcureからcareへの流れもできた。そういった変革の流れの中にあっても、医療界は社会のパラダイムシフトに追いつけないまま、医師集団が狭い特権意識の世界を築いてきたことを反省しなければならない。

(5) 指導医のあり方と勤務医の役割

指導医の立場としては、医療界だけの医師教育でなく、社会から認知される医師教育へと大きくスタンスを変えなければ、いつまでも国民に信頼される医師を育てることはできないであろう。

  • 1)
    大学の自己改革
    確かに現在は研究要員がいない、地域病院を守れないなど問題もあるが、今までの大学医局が1人の教授のもと、診療も研究も教育もすべてを担うのは、もともと物理的にも、予算的にも、人員的にも不可能なことで、大学はそれを放置してきた文部科学省の犠牲者とも言える。
    一方、大学は画一的な医学博士をつくることの可否を自ら問い、さらに真の研究とは、真の技術修得とは、真の全人的医師養成とは、真の医学教育とは、労働環境や待遇を含めた真の医局制度とは何かなど、すべてを根本から見直し、大学自身の構造改革を迅速に進めなければ、生き残りは難しいであろう。
    そして自己改革がなされたとき、はじめて臨床研修を終えた研修医が大学へ戻ると確信する。
  • 2)
    日本医師会の役割
    日本医師会は生涯教育システムと自浄作用活性化推進等により、医師の資質向上へ取り組んでいるところである。今後は、従来の大学医局では十分でなかった全人的医療に関して、日本医師会は地域保健・医療・福祉分野などで積極的に関与していく必要がある。自浄作用では同業者への厳しい対応も国民にわかるようにしていかなければならない。
    また、大学の医師不足による地域医療の確保にはその地域全体を一つの医療機関とした考え方で、医師会の地域医療連携システムを生かして地域医療を守っていきたい。
  • 3)
    勤務医の役割
    大学病院対臨床研修病院の研修医数は、今後さらに臨床研修病院の割合が多くなるだろう。従って、臨床研修病院の勤務医(指導医)の責務はますます重くなる。
    「JAPAN MEDICINE」(2004.11.10)の938臨床研修施設へのアンケートによれば指導医の87%が業務量の増大を、68%が指導業務に負担を感じていると回答した。一方、75%が臨床研修は大学病院より市中病院が適していると回答した。また、67%が必修化により研修医の学習意欲が高まったと実感し、87%が指導医の仕事にやりがいを感じていると回答した。すなわち、勤務医(指導医)は過重な負担と激務の中、ボランティア精神で「これからの日本の医師」を育てていくことに燃えている。このような医師がいる限り、これからの日本の医療は安心であろう。国と地方自治体はこのような指導医を評価する制度をしっかり構築しなければならない。
2.医療提供体制の整備

(1) 構造、プロセスの改善

  • 1)
    マンパワーの充実
    医療制度改革の中で、医療提供体制の整備・改革は、医療保険制度改革と並んで重要課題に位置づけられる。まず、マンパワーの充実をいかに図るかということである。現在の医療保険制度の中で、各医療機関が必要かつ十分な数の医師、医療スタッフを確保することは困難であるが、患者のために真に安全で良質な医療、患者からも満足を得られる医療を提供するためには、限られた数の中で、できるだけ優秀な人材を集めることが望まれる。それぞれの医療機関では、医療環境が大きく変わりつつある現在、医療機関としての基本的な理念を提示しながら、環境の変化に応じた独自の方策を立てている。この組織としての理念と方向性を、全医療スタッフや勤務医に理解してもらうことが大きな課題である。組織として一貫性のある理念を掲げることで、第三者評価も高まり、自ずと優秀な医師、医療スタッフを集めることが可能となる。
    大学医局制度も、大きな変革期を迎えており、市中の病院や診療所も、勤務医の確保という点からすると、少なからず大きな影響を受けることとなった。優秀な人材は、当然どこの施設からも望まれることであるが、医療機関は受け身でいるばかりでなく、積極的に情報を発信しながら、優秀な勤務医を確保し、さらに育成していく姿勢が求められる。
    また、新医師臨床研修制度が始まり、大学や基幹病院などは、研修医の指導あるいは人員の不足のため、関連病院などから派遣医師を引き揚げている科もあり、地域別あるいは診療科別の医師偏在にますます拍車がかかる状況もみられる。
    このような不安定で、先行き不透明な状況の中で、勤務医としての役割は、医師としての倫理観を基盤に、常に患者と同じ目線に立ち、患者あるいは家族とのコミュニケーションを上手に図りながら、EBMとガイドラインに基づいた、良質で安全な医療を提供する努力を続けていく必要がある。自ら求めるものと、所属する医療機関あるいは周囲のスタッフから求められるものとの調和を図りながら、最終的には、患者のための医療ということの原則を反芻しつつ、勤務医として、医師としての生きがいを保ち続ける必要がある。
  • 2)
    医療設備の充実
    医療設備の充実についてであるが、これには種々の医療機器と電子カルテを代表とするIT関連設備などが挙げられる。これからの勤務医にとっては、常に柔軟性を持って対応していきながら、新しい医療機器の知識や扱いに精通する必要がある。勤務医の役割は、こういった新しい医療設備の導入時あるいは、更新時に際しても、常に新しい情報を入手しつつ、勤務医としての意識と意見を持ち、計画に積極的に参画し、普及させていく必要があり、それが結局は安全で良質かつ効率的な医療の提供に結びついていく。
    また、必要な機器が、過不足なく利用できるシステムの構築も必要であり、医療機器の中央管理あるいは、共同利用なども有益な方法と言える。
    電子カルテについては、その特徴を正しく理解し、医療の安全と効率化に寄与でき、患者の利便性を最大限に高める運用を考慮する必要がある。あくまでも、ツールとして日常の診療、診断、情報提供などに役立てるべきであり、パソコン画面ばかりを見て、あるいはキーボード操作に気をとられて、患者の目を正視できないような診療態度があってはならない。また、常にセキュリティの確保を意識し、個人情報保護についての配慮も必要である。
  • 3)
    医療提供のプロセス
    医療提供のプロセスについては、各医療機関としての特徴と役割を十分に考え、その中で勤務医として最大限何ができるかを考えていかなければならない。院内においては、診療科の枠を超え、医師、看護師などコ・メディカルが協力しあって、チームとして患者のための真の医療をめざすことが重要である。
    また、地域においては、病院と診療所とが、あるいは病院相互が機能分担を行い、それぞれの特徴を生かすことで、地域全体としての医療を完結することが理想である。そのための病診連携あるいは病病連携の手段として、将来的には、カルテの共有化、画像の共有化などは、大きな要素となり得ることであろう。
    そういった中で、勤務医の役割は、積極的に他の医療職、あるいは他の医師との連携を図り、情報開示・情報交換を行いつつ、患者が、地域でそれぞれにふさわしい医療を受けることができるかどうかを常に考え、患者にとっての最善の医療に向けて行動することである。
3.より良き医療環境の構築をめざして

医療費抑制からスタートした近年の日本の医療制度改革は、株式会社の医療参入問題、混合診療解禁など国民皆保険制度の根幹を破壊しかねない動きに波及してきた。一方、医療の質の担保、救急医療など医療現場に課せられた課題は増加の一途をたどり、勤務医の過酷な労働状況には改善の兆しがみられない。これらを念頭に、勤務医にとっても働きがいがあり地域社会にも貢献できる医療環境を築いていくための方向性を模索してみたい。

  • 1)
    医師供給体制の柔軟な運営
    前述のとおり勤務医の過酷な労働環境はすでに限界を超えており、病院の中堅医師が次々に病院を離れ開業し、残った勤務医にさらに負担がかかるという事例が全国あちこちでみられるような危機的状況に陥っている。これらの状況を改善するには、地域医療の現場で働く医師の全体数を一定数増やすことは必須である。
    従来の医師の需給見通しは、常に医師数の将来の過剰を予測してきた。しかし、これまでに述べた最近の医療供給体制の大きな変化により、急ぎ軌道修正すべき局面にさしかかっていると思われる。また、昭和20年代に免許を取得し地域医療を支えてきた医師が引退の時期を迎えており、地域によっては医療過疎にますます拍車がかかると予想される。これらの解決のため、大学医学部の定員増も一時的には必要と思われる。すなわち、診療科、救急を含めた診療機能別の地域医療提供体制を精密に検討し、不足の大きい地域の大学医学部定員の調整を数年(5~10年)ごとに行ってはどうかと考える。
    その他、医学部の定員内におけるいわゆる「地域枠」、従来行われている都道府県医師会ドクターバンクの全国ネット化、女性医師の職場復帰への支援システムなども整備・活用が求められる。
    従来、功罪両面あろうが地域における医師の人事の多くを大学医局が担ってきた。近年は、いろいろな曲折を経て、医師派遣を大学全体として委員会組織を通じて行うところが増えつつある。昨年度からスタートした新医師臨床研修制度は、これらに根幹から変化をもたらしつつある。医師供給体制は、医育機関である大学と地域の医療機関の双方が緊密に協力しながら対応すべき喫緊の課題である。
  • 2)
    医療過疎分野における評価の重点化
    僻地医療、周産期・小児救急医療等、医療部門のマンパワーが不足している分野の質的ならびに量的充実を図るために、まず、診療報酬上の優遇が必要である。加えて、医療政策において、公・私の別なくこれらの機能を担う医療機関への自治体からの補助金の拡大ならびに税制上の優遇を図るべきである。さらに、若い医師に対して、これらの職務に一定期間従事したことを自治体等が認定し、大学病院、公的病院等の役職に就く際の大きな評価のポイントとするような制度も、これらの医療分野へ希望する医師を増やしていくために有用であろう。
  • 3)
    地域におけるより良き医療連携
    地域における病診連携などの医療連携の重要性が言われるようになって久しい。一方で、「癌拠点病院」など疾患ごとにセンター化する動きもみられる。後者は、地域における医療資源の円滑かつ効率的な利用に有用であるのみならず、勤務医にとっても業務の集約化によって負担の軽減につながる可能性も期待される。しかし、特殊な疾患を除いて、センター病院にすべての患者を集めることは、患者にとってその医療機関が必ずしもアクセスが良いとは限らず、また、地域の他の医療機関の役割を極端に狭め経営を困難にしてしまう等の問題点が一方で指摘される。
    真の医療連携は、疾病別のセンター化ではなく、プライマリケアから初期診断、精密検査、確定診断、専門治療、リハビリテーションなどあらゆる疾患において機能ごとの連携が図れるシステムであると考える。病院と診療所の連携のみならず、地域の病院も自院機能を常に見直しながら地域の医療ニーズに柔軟に合わせ病院間の連携を深めていくべきであろう。各病院は他病院との連携のもと、地域における役割分担を踏まえた特徴づくりを工夫する必要性がある。この過程で、勤務医の業務の効率化を図ることが可能と思われ、また、専門分野によっては診療所医師に病院医療へ参画を求め、救急をはじめとした地域医療の一部を協働で行うシステムづくりも勤務医の過重労働を解決する一助となり得よう。勤務医が地域における医療連携の要の位置を占め、高いレベルで活動を維持することが、勤務医のモチベーションのみならず国民の医療への信頼を高めるうえできわめて重要なポイントと考える。
  • 4)
    予防医学の観点から地域保健活動等への積極的参画を
    勤務医は、病院内の業務に明け暮れ、地域へ広く目を向けることは従来少なかったと思われる。高齢化社会にあって、生活習慣病、循環器疾患、呼吸器疾患、脳血管疾患、癌、感染症、認知症、メンタルヘルスなど地域における疾病予防ならびに保健活動の要請は昨今急速に広がりつつある。学校保健ならびに産業保健活動も同様で、耳鼻科、眼科、産婦人科等を含め幅広い専門領域における積極的な関与が求められている。勤務医が医師会活動等を通してこれらの分野に役割を果たしていくことが求められる中、病院内における日常業務とは別個に地域全体に視野を広げてゆくことは、勤務医自身の精神的充実が得られるとともに、医師会自体の推進力にもつながっていくものと期待される。
4.医療の質の向上

(1) 医療安全

  • 1)
    医療安全対策の流れ
    今、医療において求められているものの一つに医療の安全を含めた質の高い医療の提供がある。しかし、いまだに医療事故の報道が相次ぐ状況で、医療の安全性、医療に対する信頼が損なわれている。医療事故のない安全な医療の提供こそが良質な医療と言える。
    医療安全の確保を目的に、厚生労働省は「医療安全推進総合対策」(平成14年)、「厚生労働大臣医療事故対策緊急アピール」(平成15年)、特定機能病院の医療事故再発防止事業(平成16年)などを行っている。日本医師会では「医の倫理綱領」、「医師の職業倫理指針」を策定し会員に配布、医療安全推進者養成講座の開催、医療事故防止研修会を計画し、医療の安全確保に努めている。
    全国各地の病院では、1.医療事故防止マニュアル作成など院内の医療安全システムの改善、2.薬剤、医療器材の安全チェック体制やケアレスミスの防止、3.新人医師、看護師のガイダンス、リスクマネージャーの養成など医療安全のための職員研修などに取り組んでいる。
    医師個人特に勤務医は、1.インフォームド・コンセントをきちんとやる、2.医師、看護師、患者の十分な連携、意思の疎通を図る、3.事故を隠さない、速やかに上司、管理者に報告、連絡、相談をする、4.その時点での臨床医としての医療水準に適った医療を提供する、5.診療録の正確な記載をする、といった医療安全への取り組みが強く求められる。
  • 2)
    医療安全対策の問題点
    医療安全の確保、医療事故防止に対する組織としての対応、個人の対応について述べたが、いくつかの問題点について考えてみたい。
    医療安全マニュアルの整備、簡素化と緊急時に直ちに対応できる簡素化されたマニュアルの準備、確認が必要である。つくってあればいいというマニュアルではなく、一定期間ごとの見直し、再確認が必要である。
    専任リスクマネージャーの配置、ME機器整備担当者の配置、バーコードによる患者照合などは医療安全推進のためきわめて重要であり、相当の投資が必要である。医療安全推進には経済的裏付けが必要なことを医療従事者のみならず、政府、一般国民も認識しなければならない。
    医療行政も医療安全面にはコストがかかることを認識し、診療報酬上の改善を図るべきであり、日本医師会も国に対し、医療安全のための投資を強く要求していくべきである。
  • 3)
    勤務医と医療安全
    わが国においては、医師をはじめとする医療従事者が諸外国に比べてきわめて手薄であり、医療事故のリスクの増大など安全管理上問題である。また、勤務医は忙しすぎてインフォームド・コンセントのために十分な時間がとれず、患者は十分な満足を得られていない。忙しすぎることが医療過誤につながることは事実であろう。勤務医を増やし、医師の地域偏在、診療科偏在をなくし、勤務医の過重労働の改善を図ることが医療安全にとっての急務である。
    医療事故には避けることのできない不可抗力の事故がある。この事故に会った患者、医療従事者は不幸である。患者はもちろんであるが医療従事者も含めた救済制度が必要である。交通事故の場合は自賠責保険、労働災害には労災保険がある。医療事故の場合も労災保険のようなものが是非必要である。

(2) 守秘義務と情報開示

  • 1)
    医療における情報の意義
    守秘義務は医師および医療機関に課せられた世界共通のルールで、ヒポクラテスの時代から存在し、さらに平成17年4月に施行された個人情報保護法により医療上知り得た個人情報の取り扱いは一層厳しいものになった。一方、この義務により患者の秘密が守られるということが担保され、そこではじめて医療提供側と患者の信頼関係が築かれる。
    ところで、医療技術の高度化、およびチーム医療への転換により、患者一人に関与する人間も雪だるま式に増えた。それにより、医療施設における情報は飛躍的に増加し、医療提供側の共有化すべき情報も膨大なものとなった。そこでは患者の情報にアクセス可能な人間が増える一方である。アクセスする人間が増えれば情報漏洩の危険が増加するのは明白であり、これを防止するのが我々の役目である。
    昨今はインフォームド・コンセントが浸透し、患者の自己決定権が尊重され始めたが、患者には自己決定するための十分かつ正確な情報が提供される必要があり、しかもその情報は社会的、医学的に客観性および一貫性があることが求められる。このような情報が、十分に蓄積されていない現状にあることも、実態として認識しておかなければならない。
    一方、従来の施設内完結型医療から地域完結型医療へ移行し、病診連携、病病連携といった医療機関同士の連携が急速に整備されている。これに伴い、患者の医療情報を地域内で共有化しようとする試みも行われている。この際、守秘義務の目的と情報共有化の目的は相反する可能性がある。情報共有に際して、患者に十分説明したうえで、どの情報を共有化するかを患者と一緒に決めておく必要がある。
    このようにインフォームド・コンセント、チーム医療、地域完結型医療、ならびに医療情報の開示、共有化が必要であるが、一方、守秘義務、個人情報保護は患者との信頼関係構築の根幹をなすものであり、患者のQOLを守るために不可欠である。常に個人の医療情報であることを意識した取り扱いが求められる。
    一方で、医療情報を共有化することは他の医療機関の医師と自分が担当した患者の診療の結果、診療方針を開示することになり、治療法について議論することになる。このことは知識と臨床技能を絶えず最新のものにする責務がある医師にとって非常に有効な手段であり、医療の質を担保するものと考える。
    IT技術革新は従来の情報のあり方を大きく変化させ、大量のデジタル情報を蓄積し、ICチップ等に入れて携帯したり、瞬時に転送することが可能な時代となった。そうなると医療提供者側だけの責任でセキュリティを確保することは困難で、患者を教育し患者と共に守秘義務を全うすることを考えなければならない。
  • 2)
    医療機関内での情報の共有化
    患者情報の共有化において重要なことは、共有する皆が患者の臨床像を正しく理解していることである。そのためには、主観的情報をできるだけ排除し、可能な限り客観性のある情報にすることが大切である。主観的な情報を残す場合は、その評価基準を明確にしておく必要がある。
    情報の共有化を目的に電子カルテが普及することは間違いないが、情報管理には細心の注意が必要で、コンピュータ技術が進歩したと言っても電子媒体で記録されたものは目に見えないので漏洩したことにさえ気付かないこともある。情報漏洩には細心の注意を払わなければならないが、IT技術に負うところが多く、医師個人で行うことは困難で、施設内で運用規程を定め順守することと専門の技術者を配置することを考慮する必要がある。
  • 3)
    患者との情報の共有化と情報開示
    情報開示の目的は「信頼の構築」である。医療提供者側と患者との間に十分な信頼関係がないとき、両者の間に不信、疑念が生じ、情報開示でかえって問題が起こることがある。一方で、情報開示すれば信頼関係が構築されることもある。
    ところで、カルテは患者のものという議論がある。医師と患者の関係は医療提供側と被提供側という関係ではなく、医師と患者は協働して診療を行うのが本来の姿であり、カルテはその過程を医療提供者側が代表して記載するものと考える。しかし、カルテには主治医や看護師の主観的記載もあるので、患者に開示する場合、医師と患者、看護師と患者の信頼関係を築いておくことが重要となる。反対に、患者が記載内容に納得しない場合、信頼関係が一気に損なわれることになるので記載については十分な配慮が必要である。
    また、信頼関係が損なわれた場合、当事者間で修復を試みることも大切であるが、そのことに時間をかけることで診療機会が喪失する危険もあるので、速やかに解決するような第三者機関又は機構の創設を期待する。
  • 4)
    地域完結型医療としての情報共有化
    地域完結型医療が整備されつつある中で、地域の中で情報を共有化することは、医療の効率化にとって大変有効と考える。地域の医療機関をネットでつなぎ、患者情報を共有しようという考えがあるが、患者を診療していない医療機関が、自由に情報にアクセスできる可能性があり、個人情報保護の観点から非常に問題がある。ここでは、患者と情報が分離しないようにすることが大切で、例えば患者が情報を携帯する方法や、患者認証もしくは了解がなければアクセスできないなどの方法が考えられる。
    地域の中あるいは病病連携、病診連携の中で、情報を共有化することを考えたときにはじめて医療および記録の標準化の問題が出てくる。ここでは標準化のために個別化が無視されないように常に監視しておく必要がある。
III.医師会の変革と勤務医
  • 1)
    医師会における勤務医比率の増加と勤務医の意識
    近年、医師免許取得者の日本医師会への加入者の減少傾向が続いている。言うまでもなく、日本医師会はわが国のすべての医師を代表する立場にあり、国民へより良い医療が提供されるよう提言を行い、また、厚生労働省等の行政機関とも連携を図っている。わが国の医師の総数は約27万人であり、そのうち日本医師会員は16万人余りで組織率は約6割にとどまっている。この数字は、日本医師会が名実ともすべての医師を代表する団体と国民からみなされるためにはやや物足りない。
    大学病院における勤務医の状況を鑑みると、大半の大学において大学医師会が組織され、都道府県医師会傘下の地区医師会に位置づけられている中で、会員数増加を図る目的等もあり、会費は他の一般地区医師会に比べ低額に定められている。さらに、大学病院で働く勤務医は自動的に大学医師会員となり、医師会費は給与から自動的に引き落とされていることが多く、自らが医師会員であることの自覚に欠ける傾向がしばしば指摘されている。さらに、当該勤務医が一般病院へ移った場合、地区医師会費が大学医師会費に比べ割高となること、勤務医が医師会員であることのメリットが明確でないことなどから、勤務医が積極的に医師会へ入会しようという動きにつながりにくい。
    一方、民間病院などでは病院が勤務医のために地区医師会、都道府県医師会、日本医師会の会費を負担するところも少なくないが、勤務医が医師会活動へ積極的に参画しているとは言い難い。また、新たに開業する診療所の若手医師も、すべてが医師会へ入会するわけではなく、さらに、医師会の持つ社会的使命を十分に理解しているか疑問が残る。
    都道府県医師会において、勤務医の全会員に占める割合は、50%を超えている。今後も、医師会の組織率を高めてゆく過程で、勤務医比率がさらに高まるのは必至である。勤務医がいかに主体的に医師会活動に参画し、活動の推進力となっていくかが、医師会にとっても喫緊の課題と言えよう。
  • 2)
    勤務医と開業医との協働
    医師会はややもすると開業医の利益擁護団体と誤解されてきた。医業経営の安定は地域医療にとって重要な要素であり、日本医師会は全医療機関の代表として診療報酬の改定のたびに強い主張を行ってきた。その他、国民のための医療政策の提言を幅広く行っているが、常にマスコミの報道は医師会へ好意的ではなく、さらに、同じ医師会員である勤務医もこれら一連の課題への関心がきわめて低いまま今日に至っている。
    現在の大きな医療変革のうねりの中で、勤務医ならびに開業医の立場の違いを越えての協働は、今後、医師会の目的達成能力を高めていくうえで、きわめて重要である。昨年、国民医療推進協議会を中心に全国各地で展開された混合診療解禁に反対する署名活動を含めた国民運動、ならびに本年の患者負担増等に反対する一連の国民運動は、住民へ医師会の主張を直接語りかけたのみならず、一部の大学病院を除いて、勤務医が少なからず関心を持ち、医師会全体として協働できた一例であろう。
  • 3)
    勤務医が医師会において主体的役割を果たすために
    医師会の全会員数の約半数を勤務医が占めていることに比し、役員ならびに代議員における勤務医の比率が低いことは事実である。これは、勤務医自身にも問題があり、病院における勤務の多忙さも手伝って、地域医療全体に目を向け医療政策を提言することへの意識が希薄であったことは否めない。今後、医師会の旗印のもと、全会員をまとめていくためにも、少なくとも代議員は勤務医の比率に応じた数に近づけることが望ましく、また、医師会役員についても、勤務医で意欲があり会務を積極的に担える人材を少しずつ育成することが重要で、代議員、各種委員会委員の活動状況を踏まえながら、勤務医における適任者を徐々に役員として登用していくべきであろう。勤務医のこれら医師会会務への主体的参画を通して医師会自体の変革が得られるであろうし、医師会が地域医療を守る公益法人として広く国民から再認識されることにも役立つものと考えられる。
  • 4)
    医師会の自浄作用と勤務医
    医療事故が連日のように報道され、国民の医療への信頼は明らかに揺らいでいる。これに対して、日本医師会において、今年度、初めて医療事故を繰り返す会員(リピーター医師)に対し、医療安全についての研修会が行われた。しかし、これのみでは会員の医療安全ならびに医療倫理の確立に対する対策は十分とは言い難い。
    医療機関において、医療安全の確保は喫緊の課題であるが、医療事故が起こってから対応するのではなく、医療事故が起こる可能性のある事象(インシデント)を収集分析し、医療事故を未然に防止するシステムを絶えず構築し続ける作業が不可欠である。同様に、地域において、医療機関における医療安全ならびに医療倫理上のインシデントを医師会で検討し、医療機関に助言できる言わば「ピア・レビュー(同僚審査)」のシステムが構築できないものであろうか。昨今、行政において「医療安全相談窓口」が設置され、医療機関に対する苦情等を受け付けるようになっており、また、医師会においても苦情処理の窓口が設けられている。これらに寄せられた医療機関に対する様々な意見・苦情を当該医療機関と一緒になって解決し改善をめざすことは、地域における医師会への信頼を高めることに役立ち、医療事故が発生し医事紛争が起きてから対応することよりはるかに重要である。この際、専門性と中立性を保ちながら助言にあたる審査・指導委員として勤務医が大きな役割を果たし得ると考える。保険診療のレセプト審査において、多くの勤務医が責務を果たしているが、同様に医師会の会員同士の自浄作用活性化の要として、勤務医が今後幅広く活躍することを期待したい。
    一方、医の倫理に反する行為に対しては、従来から医師会内に設置されている裁定委員会の一層の厳格な運用が求められる。以上のような専門性ならびに倫理性を担保する地道な取り組みを通して、医師会の公益法人としての地域からの信頼も高まり、勤務医、開業医の垣根を越えた医師会への真の帰属意識も醸成されると考えられる。
IV.勤務医の意識改革

病院に勤務する医師の組織における役割として、1)病院の診療の担い手としての役割、2)チーム医療の統括者としての役割、3)後輩医師(研修医師を含め)の指導者としての役割、4)医局のローテーション人事であればその一員としての役割などがある。個々の役割の中で、勤務医はどう意識改革すべきか。

  • (1)
    病院の診療の担い手として

    勤務医は当然ながら病院内の診療の一定部分(いわゆる専門領域)を担当し、日々これにあたるわけであるが、昨今の問題として自己の専門領域を超えての対応が困難となってきていることがあげられる。その原因としては個々の医師が患者を総合的に診療する能力が低下してきている側面と、専門細分化した医療の内容が高度化してきている側面との両者が考えられる。この欠点を補うべく、新医師臨床研修制度での教育方針の中には、全人的、総合的診療能力の獲得をめざすという方針がある。従って、勤務医は自身のおかれた医療環境の中で、可能な限り自己の専門領域や守備範囲の拡大を図る努力が必要とされている。それでも不足する部分は院内全体のみならず、近隣の医療機関との連携(病診、病病連携)を円滑にする必要がある。すなわち診療の担い手として院内の分担のみならず、院外の医療機関との連携や機能分担をも視野に入れる必要がある。この点においては地域医師会の役割も重要である。勤務医は医師会に所属し、その中での協調によって地域医療を支えるという考えに至る必要がある。
  • (2)
    チーム医療の統括者として

    患者中心の医療を実践するためにはチーム医療が必須である。医師以外の各専門職の職能を尊重した機能分担と協力が前提となる。対象となる一人の患者を中心として、統一のとれた一貫性のある診療を行うためには、何よりも医師のリーダーシップが必要である。医師が他職種を独善的な指示によって動かすのではなく、協力して活動できるような環境を設定していくのも医師の大切な役割である。ともすれば、一方的な指示・命令に終始しがちな医師の元では、患者にとっての安全な医療を損なう危険もあり得ることを、すべての勤務医は意識しなければならない。チーム医療の尊重が意識改革の一つの要件とも言える。
  • (3)
    後輩医師の指導者として

    勤務医はその従事した年月に応じて、多くは部下としての後輩医師の指導を行わなければならない。従来の専門分野教育においては、指導教育は将来の共同チームの一員の育成という側面から、あまり大きな負担感はなかった。ところが、新医師臨床研修制度のもとでは、従来とは比べものにならない位、教育指導の責務を負わなければならない立場の医師が増えた。スーパーローテーションの制度の中では、自分の診療科の医師を直接育成できるという達成感に乏しく、勤務医には負担感がより増大している。そして日本医師会でも行っている「指導医のための教育ワークショップ」等を通じ、専門領域とは異なる新たな研鑚も積む必要がある。勤務医は日常の診療活動に、従来とは性質を異にする新たなる教育活動が加わったと認識しなければならない。
  • (4)
    医局のローテーション人事としての勤務

    最近の風潮として、医局のローテーション人事としての勤務(特に地方であれば)を拒否する場合がある。ましてや自分の意にそぐわなければ、たとえ研修途中の身であっても別の勤務を申し出ることもある。人事としての大局的な見地(例えば地域医療における存在価値、医局全体における意義)からの判断よりは、個人の自由意志が尊重されるあまり、病院にとっては、勤務医の確保そのものが不確実な時代となってきた。常勤医師の欠員による診療機能の低下をきたすことを、勤務医側の責任としてはどう考えていくべきか。特に医局人事制度の減衰がみられる今日から将来にわたっての課題とすべきである。

上記の(1)~(4)の役割の目標実現に対して、勤務医の不足がますます個人の負担を増し、勤務医の環境を悪化させている。このままでは勤務医の疲弊感は増大し、医療の安全も損ないかねない。今こそ勤務医がその仕事にやりがいと誇りを持てるような環境をつくらなければならない。病院の機能分化や職能による仕事の分担もその一つであろうが、何よりの解決策は医療に関わるマンパワー(医師数)の充実にあると考えられる。価値観が多様化し、医師の職業意識においても、公よりも私が尊重されかねない時代風潮である。そのような中、マンパワーを充実し、結果として医師のワークシェアリングを発展させて、勤務医の仕事に十分な価値と日々の充実感が見出せるようにしなければならない。医師数の充実によるワークシェアリングをしてこそ、勤務医として、やりがいのある医療が行えると意識すべきである。求められる役割の負担が増える中、勤務医としての立場にとどまることの価値が評価されなければならない。

V.勤務医と医政活動
  • (1)
    医政活動とは

    ここで述べる「医政」という概念は、基本的には文字どおり「医療政策」であるが、その実現のために、国政や地方行政に直結する「選挙活動」はもとより、日頃の公的な委員会や地域行事への参加・協力、患者団体や一般市民対象の講演会や健診事業への役割分担など、医師会が取り組む様々な機会を利用して、広く行政や国民と触れ合う機会を持ち、現状の諸問題を訴え、解決への理解を得ていく地道な作業をも意味し、その活動を広い意味で「医政活動」と称する。
  • (2)
    医政活動の重要さ

    医療事故と安全対策、医師の地域偏在や診療科偏在、勤務医の過重労働、卒後教育のあり方、診療報酬制度と医業収入など、勤務医を取り巻く問題は多岐にわたり、それぞれが大きな問題である。さらに、新しい薬剤や医療技術の保険導入に関する様々な制約と、それに対する混合診療導入の動きなど、勤務医の日常診療の中で検討すべき課題は多い。これらは以前より内在していたものであるが、常に問題は先送りされてきた感がある。しかしながら、今日、その多くの課題がもはや放置できない状況となり、これまでのように、国や地方行政、あるいは大学や医師会の開業医に、その事態収拾を任せているだけでは、何事も解決しないと危惧される。
    今こそ、勤務医はこういった問題点をいかに解決するか、主体的に考え行動するときが来たと言えよう。医政活動にしっかり目を向け、国民に訴え、医師会を通じて国や地方の行政機関に働きかけ、勤務医一人ひとりが自ら汗を流すことによって、問題を解決させる努力をしなければならない。
  • (3)
    医政活動の現状

    1)戦力外の勤務医会員
    これまで、医政活動に求められる勤務医の役割は明らかに小さく、そのように評価されてきた。平成17年秋の混合診療全面解禁阻止の署名活動における日本医師会の方針からも窺えるように、勤務医は戦力外の取り扱いであった。しかしながら、もはや人数のうえで50%を超えた勤務医の存在価値をいつまでも過小評価された状況のままでは、医政活動も尻すぼみになりかねない。

    2)医師会と国政選挙
    国会に医師会の代表を送り出すことは、医政活動の重要な要素の一つであろう。その基本となる選挙活動は、これまで主として開業医に任されてきた。しかしながら、選挙に不慣れなうえに、診療に多忙な会員のほとんどにとって、この活動は常に選挙直前の一夜漬け的なものであったと言えよう。また、ここでも勤務医の活動ははじめからあまり期待されず、その結果、例えば、最近の参議院選挙における医師会推薦候補者の得票数は、会員数の割には、乏しいものになったと言わざるを得ない。
  • (4)
    勤務医の果たす役割・・・医政活動への提言

    主として開業医による従来型の医政活動の手法には限界があり、これからは勤務医も積極的に参加する新しい医政活動の態勢が必要と思われる。また、医政活動は、選挙に限らず、日常の診療や、医師会が分担している診療外の公的な役割などを通じて行えるものであり、その日常の触れ合いの中で、国民や行政に対して、現状の問題点について理解を得て、解決に向かっていく姿勢が重要である。
    そこで、医政活動の第一歩は、勤務医自身が保健・医療・福祉や診療報酬制度、日常の診療を取り巻く諸問題(以下、「諸問題」と言う)に関心を持つことであり、それには、まず日本医師会と勤務医会員との間のコミュニケーションを図り、次いで、会員と医療従事者や患者、地域住民との間のコミュニケーションを図ることである。

    医政活動に対して日本医師会をはじめとする全国の医師会、ならびに勤務医が果たすべき役割について、次のとおり提言する。
    1)日本医師会・都道府県医師会・郡市区医師会(以下、「医師会」と言う)は、医師会主催・共催の学術講演会、あるいは各専門医団体主催の学会の一部の時間を割いて、諸問題に関する医政ミニ講座(5~10分)を設ける。
    2)医師会は、勤務医のほとんどが得意としている、何らかのインターネット通信を利用して、諸問題に関する医政ミニ通信を配信する。
    3)医師会は、様々な医政活動を、勤務医に対しても遠慮なく役割分担させる。
    4)医師会は医療従事者や患者向けの、諸問題に関する簡潔明解なパンフレットを作成し、会員の日常の医政活動をサポートする。
    5)勤務医は日常会話の中に、諸問題に関する話題を提供し、家族や医療従事者に関心を持たせる。
    6)勤務医は診療の場において、時には諸問題に関する話題を提供し、担当患者に関心を持たせる。
    7)勤務医は、健診事業や各種委員会活動、医政活動など、与えられた役割に積極的に参加・協力し、また、病院長や上司は、その活動への参加をサポートする。
    8)勤務医は、様々な医政活動を通じて、開業医と志を一つにし、医師会の存在意義を高める。
おわりに

改めて現行の医療における勤務医の役割を考えると、主に病院診療の担い手としての役割に加え、新医師臨床研修制度の発足により従来の大学病院並みの教育の重責が増えた。

こういった状況の中で、医療安全も考えなければならないし、患者や他の医療職を含めた医療情報交換(情報の共有化と開示、守秘義務)などなど、勤務医の仕事は枚挙に暇がない。この過酷な労働環境に対し、勤務医が医師としての役割を十分果たし、医療変革を正しく行うための役割を果たせるように、破綻の道を歩まぬように、耐えるだけではなく、より一層のやる気を持って仕事ができるようにすることも日本医師会の役割ではないだろうか。

しかし、現実には勤務医の医師会離れが甚だしい。これは入会金や会費の高さに匹敵するだけの魅力がなかなか伝わらないことに起因する。医師の声に即した変革、目に見える改革、医師会にもそういった大きな変化が求められる時代が来ている。

この答申が単なる委員の「ガス抜き」に終わらないように、これをもって勤務医の労働環境の改善、医療の安全に向けての創意工夫、診療報酬上の改善を図るなど何らかの改善が得られることを望む。これこそが日本の医療の向上、ひいては国民全体の幸せにつながるものと確信している。

さらに申し上げれば、勤務医を勤務医問題に限って議論させるのではなく、医師会のかかえる多くの問題の検討にも、勤務医の意見が反映させられる仕組みについてもご高配賜れば幸いである。