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令和4年(2022年)1月5日(水) / 南から北から / 日医ニュース

~わが家の受験生~この時期に塾をやめるなんての巻

 「今の塾やめるね。塾長に言ってきた」。夜9時のバスで帰宅し、遅い晩ご飯を食べながら宣言する次女。彼女は当時遠隔システムのオンラインで東京の先生と学ぶ塾生であった。「だってさー、今日さー、新しい先生が物理の授業で登場したのだけど、分からない問題を聞いたら画面から消えて戻ってこなかったの」
 退塾の一番の理由は、先生の授業放棄よりも、4月からいよいよ高校3年生になり、せっかくやる気スイッチがオンになったのに、大人は簡単にその気持ちをぶち壊す行動を取ること、だそうだ。「お母さん、塾に文句言わないでよ。クレーマーの親の子どもと思われるのは面倒くさいからさ」。案外、子どもというのは冷静に親を分析しているようだ。
 結局、退塾に関して家族協議の結果、以下のように決めた。
 (1)この塾を選択したのは娘なので、自分の責任で塾長とよく話し合い、手続きを済ませること
 (2)次の塾が決まらない場合は、放課後に学校の先生を頼りに頑張ること
 数回の塾長との面談では、もっと良い先生を付けるとか、今の成績で目指している大学進学はかなり無理とか、散々退塾を止められたようであるが、本人の意思は固く、届けを記載するところまでこぎつけた。退塾理由は「この塾に居ても無意味だからです」とシンプル。
 数日後、塾長から娘に連絡が入り、その退塾理由だと僕の立場が微妙になるので他の理由に書き換えて欲しいとのことであった。「塾長も大手の塾の社員だからなー。サラリーマンもつらいね」「じゃあ経済的理由のためで良いかな?」。これも非現実的と親の都合で却下。最終的には学校の課外授業と自力で頑張りたいという内容にし、約2週間経過した後、手続きは完了した。
 しかし数週間後、今度はその塾の会社の社長からぜひ娘と面談したいとの連絡が入った。社長の意図は分からないが、退塾した生徒と話したいなんて、と親も興味があり、大学受験の面接の練習も兼ねて話してみたらと勧め、リモートで直接面談することになった。
 その夜、社長は娘に「僕が君だったらこんな塾やめるよ」と今回の授業放棄に関しての謝罪をし、そして自分がなぜ大学卒業後、自力でこの塾を開いたのか、自分の理想の塾像について夢を語った。また娘の目指す学科について、彼女のやりたい仕事がどのくらい魅力的でこれからの社会で重要なことであるかを話してくれ、エールを送ってくれ、再びやる気スイッチがオンになったそうだ。面談の後彼女は「結局さー、社長の思いや考えが全国の部下にうまく伝わっていないってことみたいだったよ」とクールに語っていた。
 受験生としてスタートが出遅れはしたけれど、本人の考えや気持ちを一番に考え行動させたことは無駄な時間ではなかったかも知れない。今回の一連の手続きや面談など、親が関われば一気に解決した可能性もあるが、自分の考えを述べる、相手に伝える、伝わる話の仕方は、社会に出ればいくらでも通らなければならない必要な道。ひょんなことから会社の社長との出会いもあったし、娘の受験生活での思い出の1つになるはず。私自身クレーマーの親と認定されずに済んだことには心からほっとしている。そしてこの退塾問題で親子の会話が増えたという付加価値を得たことも喜ばしい事実だった。
 最後に、画面から消えた先生は解雇されず再度研修中だそうである。

(一部省略)

福島県 福島県医師会報 第83巻第8号より

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