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令和8年(2026年)6月5日(金) / 南から北から / 日医ニュース

矩(かね)を求めて

 還暦が見えてきたというのに、胸を張って言える趣味がない。「自然に出会いたかったなあ」と思いながらも、2年前に腹をくくって趣味を"導入"した。
 選んだのはDIY。理由は単純で、家族に「お父さん、意外とやるじゃん」と思われたかったからだ。そんな軽い動機だったのに、雨の降らない週末は庭で木材と向き合い、人生初の「夢中」を味わっている。
 最初の目的は、食器棚の滑りの悪い引き出しを作り直すことだった。ところが動画で見た「片胴付き追い入れ接ぎ」という、初心者にはほぼわなのような加工に心を撃ち抜かれ、気付けば毎週末、木を見ると箱を作りたくなる奇妙な生き物になっていた。
 しかし引き出しは1ミリずれると入らない。なぜずれるのか。初心者には「当たり前」が分からない。板が直角ではない、反っている、工具が微妙に曲がっている、市販の直角定規が89・9度しかないなど、原因が多すぎて笑えてくる。
 「矩」という直角を表す漢字があることも初めて知った。しかも「おきて、きまり」の意味まである。深い。大事なところで矩が出ていないと、人生もずれる。
 「治具(じぐ)」という言葉も覚えた。加工物や工具を正確に誘導する補助器具で、必要に応じて自作する。気付くと直角(矩出し)のための治具ばかり作って、肝心の引き出しは一向にできていない。手段の目的化だ。家族はあきれているが、私自身も同じ顔をしている。だが、楽しい。
 思えば私は昔から要領が悪い。それでも放射線科医としてやってこられたのは、診断に必要な矩出しを諦めず続けてきたからかもしれない。時間は掛かったが、少しずつ「分からないことが分かる」ようになってきた。
 DIYで痛感したのは、初心者には「当たり前」が「当たり前ではない」ということ。がんと告げられ、PET/CTのために当院を訪れる患者も同じだ。私たちにとって自明なことが、患者には未知の連続である。だからこそ検査前の説明では「当たり前過ぎること」こそ丁寧に伝えるようになった。
 そして「慣れてるから引き出しを作ってあげる」と「画像診断をする」は私には同義だ。DIYでは「意外とやるじゃん」には程遠いが、先に覚えた画像診断でなら誰かの役に立てる。
 誰かの治具になれるように、私自身の矩出しを続けていきたい。

大分県 別府市医師会報 通巻第222号より

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