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令和7年(2025年)10月5日(日) / 南から北から / 日医ニュース

踏切を探して

 「えきのそばに、はたらきもののふみきりくんがおりました。」
 これは息子がお気に入りの絵本の一文である。3歳の息子は踏切が大好きだ。電車でもない、車でもない、ただそこに佇(たたず)んでいる踏切。車の運転中に、踏切を見付けた息子の歓声が、後方席から聞こえてくる。そして、踏切を渡るよう運転手の私に指示を出してくる。急いでいる時は理由を見付けて踏切を渡らないが、気が向いたら遠回りをして踏切を渡ってあげることにしている。大抵、踏切は鳴っていないのだが、幸運な時は線路を渡る寸前に警報が鳴り出し、遮断機が下りてくる。その瞬間、息子はとてもうれしそうにする。私は自分の役割を果たしたことにほっとするのだった。
 自分が息子なら、地味な踏切よりもスピードの出る特急列車や色のきれいな観光列車に興味が向くと思うのだが、なぜ踏切が好きなのかよく分からない。粘土で真っ先に作るのも踏切、色鉛筆で描くのも踏切、折り紙で作るのも踏切。果ては、食事中にお箸やフォークを遮断機にして「カンカンカン」と踏切ごっこをする始末。
 こんな特殊な趣向の息子は少数派だと思っていたが、実はそうでもないことがだんだん分かってきた。冒頭の絵本「ふみきりくん」は、その界隈(かいわい)では有名な絵本らしい。累計で20万部以上発行され、ベストセラーにもなったそうだ。他にも踏切が主役の絵本は書店で散見され、幼児向け雑誌コーナーには、踏切が付録の雑誌がたまに置いてあったりする。踏切が好きなのは息子だけではなかった。
 ある雑誌の付録の踏切は、踏切の製造会社が監修した、かなりリアルなものだった。遮断機は手動だが、ボタンを押すと音と光が鳴るように作られている。鞄(かばん)にぶら下げられるように紐(ひも)も付いている。いつでも踏切と一緒にいられるというわけだ。雑誌の中身はどうか。踏切の秘密、そして数々の電車と一緒に映る踏切達。電車は主役ではない、あくまでも電車と一緒にいる踏切がメインなのだ。海のそばの踏切、森の中の踏切、遮断機が無い踏切、新幹線が通る踏切......これらを飽きもせず眺める息子。こんな雑誌を作った人達に、「ありがとう」と、そっと感謝の気持ちを送る。
 息子はいつまで踏切が好きなのだろう。大きくなったら、こんなこともあったよと話してあげたい。

愛媛県 松山市医師会報 第362号より

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