中学生の時に顧問の先生のお誘いで柔道を始めました。学生時代の成績は市でベスト4、県でベスト8にどうにか残れる程度の凡庸な成績でした。
大学の卒業旅行でテニス部の友人にフロリダ、タンパにホームステイ形式でテニスコーチの自宅に宿泊する旅に誘われました。コーチ宅のすぐ近くにある南フロリダ大学には柔道部があり、活発に活動していると聞いて興味をそそられ、何やら楽しそうだ、と私も同行を決めました。約2週間の旅程で、友人は朝から晩までテニスのレッスンに明け暮れ、私は朝からビーチを散歩、午後から南フロリダ大学柔道部の稽古に参加する生活が始まりました。
大学の練習には柔道部員20人程度が参加していましたが、全員が学生というわけではなく、他に中年から壮年の方も見られ、地域の柔道好きな人々がそこに集まって稽古をしているようでした。そこに、「日本で柔道をやっているタケシイマムラです」と普通にあいさつをして一柔道愛好家として練習に加わったつもりでしたが、予想外に反響があり、「講道館」を誇るあの日本から柔道の選手がやってきた!ということで初日から部員達に大変な歓待を受けました。
以後毎日ほぼ全員と乱取りをするのですが、中には筋骨隆々の大男もいて、ケガをさせられそうな不安を感じました。しかし組んでみると思いの外優しい方で、投げることこそできませんでしたが、重心が高いのもあり、意外に地味な足技に掛かってくれ、大げさに飛ばされて場を盛り上げてくれました。寝技の技術については、これまでさほど重視してこなかったようで、基本的な技でも、紹介してやってみせると、すごいすごいと大変喜んでもらえました。数日後には練習に、物珍しさからか部員の家族まで見学に集まってくるようになりました。
また、そこの柔道部員達には日本への憧れと尊敬を感じました。もともと彼らには、練習の始めと終わりに座礼をするという習慣が無かったようですが、私が座礼をするのを見て、見よう見まねで座礼を始めました。ただ、あいさつの時にはきちんとお互いに目を合わせて、というこだわりもあったようでした。そこで、折衷案なのか、正座をして、互いに顔を上げて相手の目をジーッと凝視したまま深々とお辞儀をするという不思議な座礼をするようになっておりました。また、練習中の補強運動で腕立て伏せなども行うのですが、初心者は英語でその回数を数え、ベテランは得意げに日本語で数えておりました。
1週間程が過ぎた時に、たまたまその道場で昇段審査が行われました。その際には40名程が集まる中、参加者に書状を渡す役をお願いされました。中には代表格と思われる70代くらいのかっぷくの良い白髪交じりの男性がおられました。その方がみんなの前で私に声を掛け、「私はかつて講道館の合宿に参加したことがあります。その時に出会った日本の柔道家達の近況を知りたい」とさまざまな選手の名前を挙げて私に尋ねられました。しかし申し訳ないことにその方々を全く存じ上げず、とは言え、たくさんの人の目もあり、あまり落胆させたくなかったので、思わず「はい、○○先生でしたら今や日本を代表する指導者のひとりです」などとそれらしく話を合わせてしまいました。すると本人からも、やりとりを見守る周囲の人々からも大変喜ばれ、ちょっと後ろめたい複雑な心境でした。
また、審査後には参加者全員の前でスピーチを頼まれました。その際に、またかっぷくの良い白髪混じり氏から、ぜひ日本語で話すように、と請われ、「地球の反対側まで来て、よもやこれほど熱心に柔道に取り組む人々を目にするとは、まさに嘉納治五郎先生の自他共栄、精力善用の精神がここに」などと日本語で2、3分間程度のあいさつをしました。おそらく誰も意味を理解できなかったであろうと思ったのですが、ベテランらしき方々は時折深くうなずきながらとても熱心に私の話を聞いてくださり、初心者風の若者達はベテラン達のその姿を尊敬のまなざしで見ておりました。私が話し終わると、初心者達は、ベテラン達の前に集まり、あの日本人は今何を言ったのかと口々に尋ねていました。それに対してベテラン達は各々が見事な創造力で、さまざまな話をして聞かせていました。
こうして私はすっかりそこのクラブになじむことができ、以後毎日のようにそこのクラブの柔道選手からディナーに誘って頂き、日本への帰国の時には送別会まで開いて頂きました。その旅は、ほんのちょっと寝技が得意な程度の平凡な柔道選手が海外で大歓待を受け、すっかり気を良くしたとても幸福な成功体験となりました。
以来、勤務医生活をしながら、ネットで検索して、柔道が普及してはいるものの、レベルの高過ぎない適度な規模の柔道クラブを探すようになりました。そうして上司や同僚に頼み込み、やや強引に確保した夏休み期間をフルに活用してはオーストラリア(ブリスベン、ケアンズ)、フィリピン(マニラの大学2校)、マルタ(石造りの道場)、アイルランド(ダブリン)などたくさんの柔道クラブを訪れました。飛行機のチケット代さえ払えば、あとは宿泊、食事、観光まで柔道クラブの皆様が面倒を見てくださり、しかもやたらと感謝してもらえるという一般的なツアー旅行では絶対に味わえないような現地の柔道選手達との濃厚な交流のある旅行ができました。
これが、万一自分が柔道以外のスポーツを選択していたとしたら、決してこんな旅に出掛けることはなかったでしょうし、勤務先病院の同僚や先輩方の優しさ(諦め?)とご理解がなければ、このような体験はやはりできなかったと思います。今では日々のroutineに忙殺され、irregularに神経をすり減らして、容易には1泊の旅行の時間すらも確保できない日々を送っております。
それでも、とても苦しい時に、ふとあの頃の旅の思い出がよみがえって心を癒してくれることがあります。自分が人一倍恵まれた柔道人生を送ることができていることについて皆様に深く感謝しております。



