休みの日、うちの柴犬と一緒に過ごしていると、お昼頃にはいつも散歩に行きたがります。とても暑い日でも室内は暑くないので散歩に行きたがります。「外はすごく暑いよ」と言っても聞く耳を持たないので散歩に出掛けるのですが、しばらくして座り込んだかと思うと伏せをしてへばってしまいます。そうなると仕方がないので抱っこして家に戻ります。「やっぱり暑かったでしょ」。
こんな日は、ミミズがアスファルトの上をたくさん這(は)っています。暑い日にアスファルトの上に這い出れば、まず絶対に助からないでしょう。近くに日影があれば助かるかもしれませんが、アスファルトの上はもちろんのこと、日当たりを重視しているためか、公園の中でも日影が見つからないことはそれほど珍しくありません。土の中から這い出ればまず助からないにもかかわらず、ミミズがたくさん這っています。
どうしてなのだろうと思っていましたが、ある時ふと考えました。日なたの土の中にいたら地面の温度が高くなって、そこには居られなくなり逃げ出してきたのではないだろうかと。
だとすれば土の中にとどまっても助からず、アスファルトの上に這い出してきてもまず助からない。暑い日に日なたの土の中にいた、ただそのことがミミズの最期を決めたことになります。何もせずにいるか懸命の努力をするか、そのいずれであるかにかかわらず、ある状況にいたことが最期を決めるのです。人としてはなんともやり切れないことに思えます。
だけれども、土の中にいてもアスファルトの上に這い出しても、いずれにしても助からないことなどミミズに分かるはずはありません。ただ生存本能のままに地面が熱いから這い出し、出たところも熱いから這って最期の時まで這い続けているのでしょう。やり切れないと思っていたこの様子を、その時々に行うべきことを、ただひたすらに行い続けている。そう考え直してみると、ミミズは最期の最期まで全力で命を全うしているように思えてきました。
夕方近くになり外が少し涼しくなった頃、うちの柴犬ともう一度散歩に出掛けます。今この時になすべきことを、一心になし続けることの尊さをミミズに教えてもらった気になっている私の横で、干からびたミミズを見つけた犬は大喜びです。犬は干からびたミミズの匂いがたまらないようで、首筋にグリグリこすりつけます。「ああ、シャンプーをしてもらったばかりなのに」。
こうして暑い日の夕方、全力で命を全うして干からびたミミズに気を払いながら犬との散歩は続きます。おしまい。



