夕食時、8歳の長男が「医者になりたい」と言い出した。こたつを挟んで向かい合った私が、多分、鳩に豆鉄砲を食らった顔をして彼の言葉を聞き返したのは、総合病院時代から多忙でほとんど家にいなかった私の職業に憧れを抱いてくれているなど夢にも思わなかったからだ。彼は更に、「僕、父さんと一緒に仕事がしたい」と言い出した。見ていないようで、私の背中を見てくれていたのかもしれない。
父親冥利(みょうり)に尽きる言葉に思わず口の端が緩んだ。「長男、この前欲しいって言ってたポケモンカード買ってあげようか」と聞くと、「それよりさ、一緒に働いたらいくらくれるの?」と聞いてきた。黙って聞いていた妻が吹き出した。「そうやなあ、長男が医者になってどれくらいの仕事ができるか見てから決めようか」と答えると、「僕ね、月曜日と木曜日は公文があるからね」と言う。
「あっ、水曜日はスイミング行かんなんし」「うん」
「金曜日はサッカーあるし土曜日はピアノあるから」「うん」
「日曜日はゆっくり休みたいよね」「うん」
「だから働くなら火曜日かな」「週一か」「うん。お互い無理せんとこうよ」
「長男が働かない他の日はどうしたらいい?」「それは父さんが働いてよ。僕は結構忙しいから」
長男はそう言って味噌汁を一気にかきこんだ。
それを見ていた5歳の次男が、「父さんだって忙しいよね。父さんの帰りが遅いのは家族のために働いとるからやよ」と言った。
開業して半年、総合病院時代よりは時間ができたが、家にいても何か気忙しく子どもの話に上の空だったこともあった。慣れない業務に追われて子どもの寝顔を見るためだけに帰る日もあった。だからこそ、次男の言葉に目頭が熱くなった。次男に、「将来はお父さんみたいにお医者さんになるか?」と聞くと、「忙しいの嫌やからいい」と一蹴された。



