2019年5月1日
第2回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
一般の部【審査員特別賞】
「希望のバトン」
栗山 桂樹(36)長野県
私は28才で看護師となった。同期とは7才年上であり、男性。しかも前職は陸上自衛隊の戦車乗り。看護学校時代から異色の存在であった。
私が就職すると同時に一人の患者さんが入院してきた。新人研修の2週間を終え、曲がりなりにも看護師として働き始め、初日から私はその患者さん担当となった。(その患者さんは個人情報から仮にA氏としたい。)A氏は50代の男性、アルコール依存症で仙骨部に尾てい骨がのぞくほどの
A氏は家族とも没交渉らしく、面会者も全く居ない。約2週間、ただ褥瘡の処置とオムツ交換をされるだけの毎日で、入院当初の
状態自体それほど深刻でもなかったせいか、新人への洗礼なのか、私は毎日A氏を受け持つ
あるとき、たまたま祖父の実家の話をしたとき、珍しくA氏が話に反応してきた。A氏の実家と私の実家が近所であることが分かったのだ。知らず知らずの内に同じ山に登っていたり、同じ祭りに参加していたりしていた。その日から次第にA氏の口数が増えていった。自分の腰の褥瘡がどうなっているのかも分からず処置や洗浄の痛みに必死に耐えていたこと、以前は建設業をしていたが、今は生活保護を受けているので退院してからも不安なこと。そもそも退院する家がないこと。そしてA氏にも私と同年代の息子が居ること。「最初は、ベテランみたいな顔しながら仕事教わってる変なのが来たなって思ったよ。」と冗談(?)も言ってくれる様になった。その頃から私の看護への気持ちも変わってきた。A氏の不安を一々記憶し、洗浄の仕方を変えた。シャワーの様に洗浄用ボトルを工夫し、水温にもA氏の希望を取り入れた。褥瘡が良くなってきた頃を見計らってデジカメで自分の傷の様子もみてもらい、入院当初と比べたりもした。MSWや理学療法士から情報を教えてもらい、マッサージをしながらA氏に退院後の希望もそれとなく聞いてみた。そんな時期、一つの環境的変化があった。入院から半年
入院から約10ヶ月、A氏の褥瘡はほぼ完治し、車いすにも乗れる様になった。下肢のリハビリも本格的に始まり、初めて自力で車いすに乗り、約1年ぶりに入浴したA氏の顔を私は
「
と退院の際に頼み込まれたのだという。勤務の途中だったが涙を止められない私に師長は、
「きっと家族に一番近い存在になれていたんじゃないかな。」
と声をかけてくれた。A氏と過ごした約1年間は今も私の看護の原動力となっている。
受賞作品を読んで
「希望のバトン」は看護師と患者さんの関係、その成熟を描いている。男性の看護師ということもあって、表現にある距離感、客観性があり、そこから表現にたくまざるユーモアが生じる。作者の変わった経歴を、いつの間にか受け入れていく患者さんの態度も興味深く、まさに人生に希望を与えてくれる。看護という仕事だけではなく、家族の大切さを語っているのも、重要な視点であろう。そこにも自身の仕事に対する客観性が認められるのである。
(養老 孟司)