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令和3年(2021年)8月20日(金) / 南から北から / 日医ニュース

テレビでの再会

 私には最近までずっと心の片隅に気になる男性がいました。その人とは1987年、初めて海外旅行した時、スペインのバルセロナで私が参加したツアーの案内をしてくださった人でした。すらりとした30代くらいの日本人の青年で、スペインの有名な建築家であるガウディの研究をするため日本からやって来たと言っていました。
 バルセロナにはガウディの建築物が多くあり、1882年より建築が始まりまだ建設中のサグラダファミリアや、曲線的なタイルのべンチが印象的なグエル公園などが有名です。正直、私はガウディについて何の予備知識もないままツアーに参加したのでしたが、その人の熱い語りと目の輝きに思わず引き込まれました。その人について知り得たことは、田中さんという名前で、出身は北海道の稚内(わっかない)、スペイン人の奥さんがいることぐらいでした。
 その後はもちろんその人に会うこともありませんでしたが、日本での全ての生活を投げうってスペインにまでやって来たその青年のことが、なぜか忘れられませんでした。
 時は過ぎて25年後の大みそか、海外で活躍中の日本人を訪ねていく特別番組がテレビでありました。その中で、バルセロナでガウディの研究に一生を捧げている日本人が紹介されていました。もしやと思って見ていたら、自転車にのって登場した男性はまさしくあの時の青年でした。頭も白髪混じりでおなかも出ておじさんになっていましたが、きらきらした目の輝きは以前のままでした。何と年齢も私と同じでした。長年の努力が認められて、ガウディの第一研究者の後継者として正式に認定されたとのことでした。まさかこういう形で再会できるとは思いませんでしたが、心のモヤモヤが晴れて本当にうれしく思いました。
 ガウディ研究家―田中裕也。田中さんは大学時代にサグラダファミリアを見てガウディの建築に衝撃を受け、26歳で何のつてもないまま単身バルセロナに渡ったそうです。スペインに着いた途端、日本で貯めたお金を全て盗まれるという悲劇が起きました。しかしこの事件で彼は、この街に何かの因果関係があるのだろうと思い、数十倍の価値のものを取り戻してみせる、とそれまでになかった執念が燃え上がったそうです。
 ガウディは設計図や図面を残していないため、最初はガウディの建造物の階段を巻き尺で測ることから始めたそうです。これらの実測値を基に図面化をしていくという、とてつもなく緻密(ちみつ)で時間の掛かる仕事を行い、それらの業績が認められました。
 夢を諦めないでやり続けることが彼のキーワードだそうです。同じ年に生まれ、同じ時代を生き、そして人生でたった1日だけお会いした人に、なぜか勇気をもらいました。
 33年前、初めて見たサグラダファミリアはまだ建設途中で、当時、完成までにはあと200年くらい掛かると言われていましたが、最近ではそのスピードも速まり、2026年に完成する予定だそうです。そこまで生きているかは分かりませんが、もし機会があればもう一度バルセロナを訪れ、完成間近な姿を見たいと思う今日この頃です。

(一部省略)

長崎県 長崎市医師会報 第642号より

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