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令和3年(2021年)9月5日(日) / 南から北から / 日医ニュース

学割の往復切符

 学生時代には「学割」発行が年に数回あり、それを利用して登山やスキーを楽しむことができた。
 本科2年の夏、高校の同級生で工学部の市原君と北アルプス連峰の槍ケ岳から穂高岳への「馬の背」と呼ばれる尾根道を縦走する登山をした。幸い好天が続いて快調に登り、尾根歩きを楽しんだ。この尾根は岐阜県と長野県の県境で、「落ちたっ!」となると下までごろんごろんとなりかねない両側急斜面の尾根道である。
 好天続きの山歩きを楽しんでいたところ、突然の天候悪化で猛烈な風雨。とても下山できない。2日間山小屋に閉じ込められたが往復切符の期限がある。当時の汽車賃は学生にとって大金と言ってよい。ついに最後の日の早朝に山小屋を出て必死に下山し上高地まで歩き、やっとの思いでバスに乗れた。松本で中央線に乗ってやれやれと思ったら、市原君が「おい、あれを見ろ」。何と雲一つない青空の中に穂高連峰が威容を誇っているではないか。「やられた」
 後日この市原君と会津磐梯(ばんだい)山に登ろうとしたら突然の大雨に降られて諦めて下山し、麓(ふもと)の藁(わら)ぶき屋根の温泉旅館にたどり着いたが、滑ったり転んだりで全身泥だらけ。「お客さん、荷物下して裏の川に服着たままで飛び込んで洗ってきてください」言われるままに靴も履いたまま川に飛び込んですっかり泥を洗い流して、やっと客として扱ってもらったこともあった。お互いにどっちが雨男かと言い合った。
 学生時代でなければできないことであった。思い出してみたらもう半世紀も前のことだ。まだ仕事を続けられていることは幸福なことである。

(一部省略)

東京都 目黒区医師会報 第250号より

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