私の娘が3年間通った幼稚園を卒園した。テレビの中では卒業・卒園のシーンを見ることはあるが、実体験としては、自分の大学卒業以来20年ぶりである。
しかも今回は人生で初めての親の立場としての参加であるため、当日をどういう感情で迎えるのか想像もできなかった。もちろん3年間での娘の成長を思うと感慨深くもなるし、幼稚園の先生方にも感謝の気持ちでいっぱいになる。ただそれだけではない、思いもよらない未知の感覚にとらわれるのではないかというスリル感いっぱいで当日を迎えた。
当日まずチェックするのはビデオカメラの動作確認。わが家では行事といえば主にスマホが活躍するため、ビデオカメラの立ち位置はプロ野球で言うところの大リーグ通算〇本塁打の期待の外国人助っ人状態である。使い方が分からなければ宝の持ち腐れなのである。娘の大切な人生の1ページなだけに何とかビデオカメラに記録を残したいと思い、取り扱い説明書を念入りにチェックした結果、無事に記録を残すことができた。
卒園式の内容としては、子ども達が当日まで何回も練習してきたであろう入退場の様子、卒園証書の受け取り、歌と見事な完成度でその光景はやはり涙を誘うものであった。それに加えて、年長クラスを担当された先生方の言葉を聞くと、1年間どんな気持ちで子ども達を見守ってきたかが手に取るように伝わってきた。中には子ども達への教育方法に葛藤しながらの1年であったとの話もあり、日々子どもの成長を見守る仕事の偉大さを感じさせられた。
式の後には園庭で各々の最後の時間を過ごす。仲の良い友達やお世話になった先生を見付けては「写真撮って!」とせがんでくる姿や、園庭の遊具などで友達と全力で遊んでいる娘を見ると、つくづくと成長を感じさせられた。ただ、卒園式が終わった後に娘に感想を聞くと、一番に返ってくる言葉が「楽しかった!」の一言であった。どうやら練習してきたことが自分の思いどおりであったようで、ものすごく満足気な顔で私に感想を伝えてきた。親としてはわが子の成長をまざまざと見せつけられ、涙ながらにビデオカメラを構えていたが、まだまだそこはけなげな子どもの姿であった。
話は変わるが、3月は診療の中でもいろいろな別れがある。関わりを持たせてもらった患者さんの転居によるお別れ、また今年はスタッフとのお別れも多かった。別れというと寂しい気持ちにもなるが、中には喜ばしい別れもある。小学生の頃から見てきた子達が大学に合格したことや就職が決まったことを聞くと、うれしい気持ちになる。特に、不登校で悩んでいた子達の進学が決まったと聞けた時には、一緒に悩んできた分、自分のことのようにうれしくなってしまう。昨今の社会事情を考えると、自分が学生の時に比べ、いろいろと大変であろうと思うが、全力で頑張ってもらいたいと思う。
私自身40代半ばであるが、今までの人生の中でいろいろな別れを経験してきた。振り返って思い返した時、今の自分にとって大切な別れの記憶は鮮明に残っているものである。もちろん、別れには再会もつきものであるし、出会いがなければ別れも存在しないわけではあるが、別れの瞬間というものは特に感情を揺さぶられる場面ではないかと思う。今回、卒園という別れを経験した娘も、これから先の人生でさまざまな別れを経験すると思うが、別れによって彩られていく娘の人生を楽しみに思う今日この頃である。



