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令和8年(2026年)3月5日(木) / 南から北から / 日医ニュース

1枚の絵

 大学生の頃、1枚だけ自分の絵を売ったことがあります。
 小さい頃から絵が好きで近所の絵画教室に通っていました。大学生になってからは金沢大学の全学の美術部に所属して活動していました。
 その作品は夏の定期展覧会のために描いた風景画でした。作品名は「赤信号」、油彩画で大きさはM15号、猿丸神社の鎮守の森を背景に赤信号が真ん中に点灯している構図でした。たまたま車を運転中に神社前の信号に停車した時に、ふと目に留まった赤信号が印象に残り、描きました。深緑の中に赤信号が映えて我ながらうまくできた作品だったと思います。ちなみに額も自作でした。
 さて、私の祖父は小さな医院を経営していました。そして、私の作品を医院の待合室に飾っていました。猿丸神社の絵も展覧会の後、しばらく飾られていました。
 ある日、祖父の医院に懇意にしていた設計事務所の社長が診察に来ました。そして、私の絵を見て買いたいと言い出したそうです。何でも自分の事務所が神社の近くで、その絵のことが気に入ったということでした。当初は孫自慢をしたい祖父にお世辞でも言っているのかと思いましたが、思いの外本気でご所望の様子でした。
 プロでもないのに絵を売るというのも気が引けましたし、自分の作品は自分の分身のようなもので、手放すことに多少の抵抗がありました。とはいえ、自分の絵を買いたいという人がいるということに驚きと多少の満足感が入り混じった気分がしたのも事実です。結局、あまり強気の値段にするのは憚(はばか)られたので2万5千円で売りました。これが高いか安いかはよく分かりません。額縁は手作りの貧相なものだったので、額縁は先方で用意すると言われました(絵を買ったことがある方ならばご存じでしょうが、普通は額縁も含めて売買されるものです)。
 ヴァン・ゴッホは生前1枚しか絵が売れなかったと聞きます(これはどうやら真実ではなさそうですが......)。私もとりあえず1枚絵を売ったという事実は同じ(?)なので、もしかしたら私の死後に作品の評価が高くなるかも知れないと夢想していますが、どう考えてもそんな価値はありそうもないので、私の遺族はむしろ処分に困るかも知れません。
 なお、今はその設計事務所の所在が分からず、その絵がどうなったかは不明です。

石川県 金沢市医師会だより 第637号より

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