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令和4年(2022年)5月5日(木) / 南から北から / 日医ニュース

「優しい目」―困ったタヌキは目で分かる―

 だいぶ前に、子どもの教育雑誌に載っていた言葉に最近再会した。それは、人とのより良いコミュニケーションのための秘訣についての言葉だ。
 子どもとの会話は「大きな耳、小さな口、優しい目で」というものである。誰でも認めてもらいたい、関心を持ってもらいたい、話を聞いてもらいたい、それを実践するための秘訣である。雑誌のコメント欄に、とある母親からのメッセージがあった。
 「今までの私は、子どもの話をろくに聞こうともせず、厳しい目で睨みつけ、ただガミガミまくし立てていました。これからは、口だけで子どもを動かそうとすることは、できる限りしないようにしたいと思います。マスクでもするか、口にチャックを付けるか、ガムテープを貼るか......(笑)」。最後のくだりに目が留まった。このところマスクという文字に敏感になっているということもあるが、マスクをすることが、「小さな口」になる方法でもあるのだと気付かされたからだ。
 マスク装着を余儀なくされる日々が続いて、当初私は声が小さいので、いつもの倍以上の力で声を出し続けなければならないことや、いつも酸素不足のような苦しさに耐えなければならないこと、聞き取りづらい声の患者さんに、「エッ? エッ?」を乱発することなど、マイナス部分が多いように思っていたが、この頃、口以外の部分で何かカバーできているような気がしてきていた時だったので、「耳・口・目」の秘訣はすーっと腑(ふ)に落ちたのだろう。
 細かい事を言えば、耳・口・目以外にも五感を総動員して、相手の状況や気持ちを分かろうとし、こちらの思いを伝えようとしているのだろうが、情報や感情などのインプットとアウトプットの双方で、雄弁であり情報量が多いのが「目」だと思う。「優しい目」「優しいまなざし」の人の目にたたえられた和やかな光は、人に安心感を与え、慰めたり励ましたり、元気にする力がある。
 「目は口ほどに物を言う」「目は心の鏡」と言われるように、目ほど変化しつつ複雑な心の色合いを映し出すものは無い。その人の本心が映し出されるので、口元が常に隠れている現在の状況下においては、目と目元もよく観察する事が重要になってくるし、こちらのメッセージを伝える手段として磨きを掛けていくことも意識したい。
 この頃、元気に診察室に入ってくる90歳以上の患者さんの目がキラキラ奇麗に輝いていることに気付いた。「なかなか順番(おむかえ)が来なくてみんなに迷惑を掛けてるなあ」と優しく健やかなまなざしで言う。一方、今年の早々からいろいろな面でストレスや不安を抱えている人々の目が暗く、力が無いように感じているのは私ばかりではないと思う。警戒心や怯えも目にとても出やすいと聞いた。それを、少しでも和らげてあげられるように「耳・口・目」の秘訣を実践したい。
 「困ったタヌキは目で分かる」と困った時によく口にする先輩がいた。今になってようやく意味が分かって良かった。

秋田県 秋田医報 NO.1584より

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