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令和4年(2022年)10月5日(水) / 南から北から / 日医ニュース

バーバリーのコート

 私はどちらかと言うと愛国主義者である。特に日本の産業、経済成長を応援したい気持ちが強く、いわゆる耐久消費財はほとんど日本製を選ぶようにしている。実際、私の愛車はトヨタ、腕時計はカシオ製、自宅の大型家電もほとんどが国内メーカーのものである。処方箋(せん)を切る時も、同じ薬効、同じ薬価であれば内資を応援したいと言っては、せっかく面談に来てくれた外資系のMRさんを泣かせている。
 そんな私が愛用する秋冬用のコートは、英国紳士のブランド、バーバリーである。裏地を見せない限りはそれと分からない、嫌みのないやや控えめなデザインが気に入っている。
 今年5月に母方の祖父を亡くした。
 享年89歳、医学的にはもう十分すぎるほど天寿を全うしたと言えるが、自分の身内となるとそう簡単に割り切れるものではない。ここ数年で認知症が進んで高齢者施設に入居していたが、体は比較的丈夫な方で、自力で歩くし、食欲は衰えず、年齢に似合わぬ恰幅(かっぷく)の良さであった。
 勤め時代の習慣が抜けないのか、プライベートで出掛ける時も常に背広を着て、秋~冬はその上にバーバリーのコート、といういでたちであった。
 日頃の買い物から遠距離ドライブ、3世代での家族旅行まで、恐らく退職後のセカンドライフを最も長く見守ってきた祖父の愛用品であったため、当初はそのコートを旅の道具に持たせてあげる手はずであった。しかし、それがバーバリーの品物と気付いた葬儀屋さんが「すごく良いものだから、もったいないよ。形見に取っておいてあげたら?」と提案して、いったんは棺(ひつぎ)に納めたコートを一人孫の私に手渡してくれた。
 旅立ちの間際になって、仏さんから御召物を横取りしたかのような、若干の居心地の悪さはあったが、形見の品を大事に使ってあげることも立派な供養になると言われ、着合わせてみるとぴったりであった。祖父が30年近くも前に仕立てた時は、まさかこのような形で孫の手に渡ろうとは思いもしなかったであろう。
 全体にやや色あせたカーキ色、全て形の違う裏ボタン、年季は入っているが、決してみすぼらしさは感じさせない。安価なものを短いスパンで買い替えるのではなく、多少値は張っても、本当に良い品物を長く大事に使うことは、昭和初期に生まれた世代に共通する生き様であろう。最近はやりのSustainable Development Goals(SDGs)にも通ずる考え方であると思う。
 祖父の衣類には例外なく染みついていたポマードの臭気はもう消えてしまったが、これを着て出歩くと、幼い頃、祖父の腕に抱かれて眺めた道北の町の景色を、まるで昨日のことのように懐かしく思い出すのである。

北海道 北海道医報 第1239号より

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