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令和5年(2023年)8月5日(土) / 南から北から / 日医ニュース

沈没

 2021年10月に小児科を開業し、1年と少し経ちました。勤務医時代はまとまった休みには海外旅行に行っていましたが、ここ3年程飛行機にも乗れない生活が続いています。また自由に世界中を旅できる日が来ることを祈って、過去の旅を思い出してみようと思います。
 29歳で医学部に再入学するまでは、日雇い労働や工場労働でお金を貯め、バックパッカーとして、世界中を旅していました。一部の勤勉な者を除いて、長期旅行者はおおむね怠惰です。真面目に観光をするのは最初の数カ月で、観光どころか移動さえも面倒臭くなってきます。ビザの期限があるので仕方なく移動するか、たまたま出会った旅人の移動にコバンザメのように付いていくことで何とか移動します。
 アジア横断の際は、日本を出て、とりあえずの目的地トルコのイスタンブールに到着したのは約8カ月後でした(それでもかなり早いと褒められました......)。そこから、ヨーロッパへ行くか、アフリカへ下るかとなるわけですが、その前にワナがあります。それが"沈没"です。
 世界には長期滞在者が多い街がありますが、そこに必ずあるのが沈没宿と呼ばれる異常に居心地の良い宿です。疲れた旅人がその魔力に抗うことは困難です。当時、イスタンブールには2軒の日本人沈没宿があり、自分の滞在していた宿は1泊5ユーロ。キッチンやインターネット環境はもちろん、スラムダンクなどの漫画や日本からの短期旅行者が置いていく日本食材なども常備。宿泊メンバーが入れ替わっているうちは良いのですが、固定メンバーが増えていくと徐々に堕落していきます。
 そこでの1日は......昼頃に起床。共有スペースで漫画を読みながら、他の人の目覚めを待つ。人が集まってくるとシェア飯と言われる夕食のメニューを決定。10人前後が参加し、買い出しと調理、みんなで夕食、その後は夜更けまで酒を飲んで寝るという、「海外にいる意味ねえ」の日々が始まります(女性の旅人が多い宿だったので沈没宿としてはかなり健全です)。
 このままではダメだとみんな分かっているので、1日1回は何かをする(例:観光、手紙を出す、ビザの申請)ようにしています。しかし、徐々に酒を買いにスーパーに行ってきたからOKとか、窓を開けてイスタンブールの空気を吸ったからノルマ達成など自分を甘やかし始めます。自分は2カ月程で抜け出し、何とか南に向かいました。その先のエジプトカイロに更に恐ろしい沈没宿が待っていることも知らずに......。
 ということで、コロナが収束し、自由に世界を行き来できる日が戻ってくることを、心から願っています。

大分県 大分県医師会会報 第821号より

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