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令和5年(2023年)10月20日(金) / 南から北から / 日医ニュース

悪夢

 理系の医学部を卒業したが、私は根っからの文系だ。父は高校の国語教師で、「大人になったら本を読む時間は無いから、今読んでおけ」が口癖だった。その教えどおり子どもの頃から浴びるように本を読み、脳みそは文系に磨かれていった。
 試練は高校2年生で訪れた。理系と文系に分かれた高校2年の春、最初の数学の試験。あまりの難しさに泣きながら試験勉強し、結果全く解けず白紙解答だった。心配した数学教師に呼び出され、それから2年間毎日問題を解いて提出した。一浪を経てようやく医学部に合格し医者になったが、しかし試練はそこで終わらない。
 社会人になり、数学ⅢAから解放されたはずの私に悪夢が訪れた。時々、思い出したように数学の問題を解く夢を見るのだ。正確には、問題が解けなくてどうしよう、どうしようと追い詰められて、そこで目が覚める。ひどい悪夢だった。忙しい時やストレスの掛かっている時に見るかと言えばそうでもなく、思い出したように訪れる。夢から覚めた時、もう数学は解かなくていいんだと心の底から安堵(あんど)する。
 そんな悪夢のことを、ある日同僚の精神科医に話した。「緑川先生は数学が苦手なわけじゃないのに、苦手意識があるんですね」。何を言うか、数学は苦手なのだ。その時はそう思ったが、その一言以来数学の悪夢を見なくなった。恐るべし精神科医、知らぬうちに治療されてしまったのだ。
 同僚に感謝するとともに、残りの人生は数学から離れて暮らせるよう祈るばかりである。

東京都 港区医師会報 NO.154より

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