令和7年(2025年)12月5日(金) / 日医ニュース
財政審の議論や資料を強く批判し、医療機関の窮状の改善に向け、補助金と共に純粋な財源の上乗せによる診療報酬の大幅なプラス改定の実現を求める
松本会長
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| 松本吉郎会長は11月6、12日と2週にわたって記者会見を行い、財務省財政制度等審議会財政制度分科会(以下、財政審)で行われている「社会保障」等に関する議論や資料について「恣意(しい)的で憤りを感じる」と強く批判。改めて、補助金と純粋な財源の上乗せによる診療報酬の大幅なプラス改定が必要であることを訴えた。 |
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6日
松本会長は診療報酬について、本来は社会保障審議会で議論された、あるべき医療の姿を念頭に、中医協において診療側・支払側・公益委員の三者で検討すべきものであるとした上で、「財政審が財政的観点のみから個別の診療報酬まであげつらうことは越権行為と言わざるを得ず、看過できない」と強く批判した。
更に、「財政審の資料は、社会保障の給付と負担を一体的に捉えない、著しく偏った内容になっている」と指摘。保険料は全て国民の健康と生活を支える医療・介護サービスとして還元されているとした上で、「現役世代にとっての社会保障のメリットと言うと、まず子育て支援の充実が言及されがちだが、離れて暮らす親への仕送りや医療・介護を心配することなく、能力と適性に応じた場所で活躍できることこそが、子どもの有無に限らず現役世代のメリットである」と提唱した。
また、「健康保険料は給与全体の数%であり、可処分所得の向上はその数%分を削減して行うのではなく、あくまで賃上げで目指すべき」と主張。実際に「骨太の方針2025」で示された2025年春季労使交渉の平均賃上げ率5・26%は、協会けんぽの労使折半保険料率5%を上回っていると説明した。
社会保障給付費の増加を抑えることは受けられる医療が制限される事態を招く
その上で松本会長は、財政審の議論には、看過できない事実誤認が多数含まれると指摘し、「総論」及び各論の「医療」に関する部分でそれぞれ5点の誤りを挙げた。
「総論」の(1)「現役世代が負担する社会保険料負担」に関しては、協会けんぽの保険料率が2012年度以降、過去の推計値よりも低い10・0%のまま推移しているとして、国民に過度な不安をあおるべきではないと批判。
(2)「医療・介護に係る保険給付費等の伸びと現役世代の保険料負担」については、「2022年から2024年の直近3年間で見れば、雇用者報酬の伸び3・0%は保険給付費等の伸び2・1%を上回っている」と反論し、適切なデータを基に議論するよう求めた。
(3)「経済・物価動向等への対応と現役世代の保険料負担」では、現役世代の可処分所得を増やすために社会保障給付を削減すべきとする主張は、医療・介護分野で働く現役世代については可処分所得増どころか額面の報酬も上がらず、取り残されても構わないと主張しているようなものであると強く批判。「社会保障給付費の増加を財政制度改革等により無理やり抑えることは、国民への社会保障給付を大幅にカットすることと同義であり、医療保険制度の根幹を揺るがし、受けられる医療が制限される事態を招く」と抗議した。
(4)「マクロの家計可処分所得の変動要因」では、「年金などの現金給付のみが考慮されており、医療や介護のサービス給付が考慮されていない点でミスリードと言わざるを得ない」と指摘。医療や介護の現物給付を含めれば可処分所得が増加していることを、財務省は無視しているとした。
(5)「勤労者世帯の税・社会保険料負担の推移」に関しては、社会保険料負担率の伸びが強調されているが、社会保障給付費はそれを上回るペースで増加しており、直近10年間の保険料負担の伸びは極めて緩やかである点を強調した。
その上で松本会長は、医療機関の半数が赤字という危機的状況において、医療・介護従事者が離職せず働き続けられる、かつ医療・介護サービスを提供する基盤を将来にわたって維持できるような十分な経済対策と共に、2026年度診療報酬改定では、改定2年目以降も予想される賃金・物価上昇に確実かつ機動的に対応できるよう、医療の高度化や高齢化等に対応した通常の改定である政策的改定とは別に、賃金・物価の毎年の上昇を視野に入れた改定を求めた。
2026年度改定はインフレ下での「今後の道しるべ」となる重要な改定
各論の「医療」の部分に関しては、(1)「2026年度診療報酬改定の全体像①」について、「今改定はインフレ下での『今後の道しるべ』となる極めて重要な改定であり、財務省によるデフレ下における10数年間の"適正化"名目による誤った医療費抑制策を踏襲してはならない」として、高齢化による増加分に、経済・物価動向等に対応する増加分を確実に加算することを求めた。
(2)「2026年度診療報酬改定の全体像③」に対しては、診療所の経営状況に関して、現在の無床診療所の経常利益率の中央値は2・5%、最頻値は0・0~1・0%であり、同様の形態である専門サービス業の14%弱と比較して著しく低いことを説明し、「地域医療を守る診療所については、頻繁な入退場は望ましいことではなく、一定の利益率がないと、安定的に存在していくことは不可能」と強調。無床診療所の利益率は、決算月が直近になるほど利益率が低くなっており、2025年度は更に悪化していることが予想されるとし、「診療所の適正化」と称することを行うための恣意的な資料であると強く非難した。
(3)「全人的なケアの実現に向けた『かかりつけ医機能の評価』の再構築(総論①)」に関しては、かかりつけ医機能等について、現在が「過渡期」と表現されているが、法改正も施行され、現在の制度に基づき地域を面で支えるものであることから、この方向性に沿って「完成形」として近付けていくべきと主張。1人の医師だけを登録するという、いわゆる「登録制」については、患者の医療へのアクセス権、医師を選ぶ権利を阻害する提案であり、国民・患者側からすれば、財務省が主張する「登録制」で自分の行ける医療機関が限定され、かかりつけ医を固定されるような提案は、決して望んでいないと述べ、地域で面としてのかかりつけ医機能をしっかりと果たしていくべきとした。
(4)「受診時定額自己負担の導入」では、「医療が必要な患者に、これ以上必要な受診をためらわせるようなことがあってはならない」と述べ、国民皆保険制度の下で培われた早期発見・早期治療の体制が必要であるとの考えを示した。
(5)「薬剤自己負担の在り方の見直し」については、OTC類似薬の議論を含め、これまで記者会見等で述べてきたとおりであるとして、「国民の安全性や公平性を損なわないよう、慎重な議論が必要」という従来の見解を改めて強調した。
最後に、松本会長は11月4日の国会で高市早苗内閣総理大臣が、経営難が深刻化する医療機関への支援は急を要するとして、「診療報酬改定の時期を待たず、経営の改善や職員の方々の処遇改善につながる補助金を措置し、効果を前倒しする」と答弁したことにも触れ、「これ以上、適正化等の名目で医療費を削減すれば、国民の医療へのアクセスが保障できないため、前例のない大規模で抜本的な対応、純粋な財源の上乗せによる診療報酬の大幅なプラス改定が必要である」と訴えた。
12日
松本会長はまず、11日に行われた財政審での議論の内容を受けて、「今回の財政審の資料は『診療所の適正化』と称することを行うためのストーリーに基づく資料と議論であり、医療界の中での分断を招こうとしているが、病院、診療所共に、医療機関は地域を一体となって支えており、両方とも地域にとって必要不可欠なものである」と強調した。
また、11日に開催したシンポジウム「社会保障のアップデート」の中で、有識者から「不適切なデータや評価は、最前線で闘う現場の士気を下げ、社会的共通資本である医療・介護・福祉を脆弱(ぜいじゃく)化させ、社会を分断させる恐れがある」との指摘がなされていたことを紹介。財政審が「高齢者と若者」「病気の方と健康な方」「病院と診療所」など、さまざまな二項対立で分断をあおっていることが社会の不安定につながっているとして、「社会格差と健康格差を生まない社会にしていかなければならない」との考えを示した。
更に資料の内容については、多くは今春の財政審の「春の建議」の焼き直しであり、特に「2.医療・介護の理想像」などは春から多少変更はあるものの、関係者の同意も無い財務省の勝手な理想像が示されているに過ぎず、「あきれ果て、理解に苦しんでいる」と述べ、例えば「長期処方の普及が質の高い医療とは到底思えない」と批判した。
加えて、松本会長は、国民皆保険制度について「平成16年の大臣合意により、『必要かつ適切な医療は基本的に保険診療により確保する』とされており、これが『公的保険の考え方』である」と説明した上で、財務省等を中心に「大きなリスクは共助中心、小さなリスクは自助中心」という「民間保険の考え方」も一部に見受けられることは残念だとし、「医療は『現金給付』ではなく『現物給付』であり、公的皆保険制度として必要かつ適切な医療は保険診療により確保すべきである」と主張した。
その上で松本会長は、財政審の「医療」に関する資料について、主に(1)病院・診療所の収益に対する費用構造、(2)「2024年度赤字診療所(医療法人立)の分析」及び「(参考)医療法人の法人設立時期に基づく経常利益率の分析」、(3)医療提供の効率化等―の3点について反論した。
診療所の院長給与は中央値と最頻値を重視すべき
(1)では、診療所の院長給与について、実態を正確に把握するためには、平均値ではなく中央値と最頻値を重視すべきであると指摘。加えて、院長は診療だけでなく経営上の全責任を負い、経営が困窮した場合には、連帯保証人として個人財産を投入してでも返済に対応する責任がある他、特に小規模の医療機関では、院長は診療のみならず、医療安全の確保、人材の確保、人事・労務、福利厚生、広報、設備の修繕・更新に至るまで、院内のあらゆることに対応しているとし、「財務省が示したデータは、医療機関が不眠不休で立ち向かった新型コロナウイルス感染症関連の『今は無き』補助金が含まれるなど、現在の苦しい医療機関経営の実態を全く示しておらず、恣意的にイメージを先行させようという意図がうかがわれる」と抗議した。
また、個人診療所の院長の個人収益について、その中から所得税の支払い、借入の返済、建物や医療機器等の固定資産の更新等を行う必要があるため、医療法人の院長の給与と同列に比較することは全く不適切であるとし、「一般に、個人のまま経営している診療所は医療法人よりも零細であり、このような資料の出し方は著しく誤解を招くもの」と非難した。
更に、現在の無床診療所の経常利益率の中央値は2・5%、最頻値は0・0~1・0%であることにも改めて触れ、「地域医療を守る診療所の廃業・倒産が頻回に起こることは望ましくなく、一定の利益率がないと安定的に存在していくことが不可能になる」と説明した。
(2)では、無床診療所を経営する医療法人の収支において、設立後の年数が長いほど経常利益が減少し、事業収益と事業費用も同時に減少していることに関して、財政審が「法人登記が古い医療法人ほど経常利益率が低くなるのは、設置者である医師が内部留保を給与の形で取り崩しているからである」と断定していることに対しては、「実際には設立後年数が長くなるほど事業費用は減少しているが、むしろ、それ以上に事業収益が減少していることが経常利益の悪化を招いている」と反論。
また、医療法人は剰余金の配当が禁止されていることから、当期純利益がプラスであれば利益剰余金が積み上がっていくことは必然とした上で、利益剰余金は、医療法人の設立以降、毎年の税引き後の利益または損失を積み上げた結果の金額で、「現預金」としてそのまま残っているとは限らないと指摘。多くの医療機関は、税引き後の利益を建物や医療機器等の設備投資など、医療に再投資したり、過去の設備投資で借り入れた借金の返済に充てており、現預金が一部残っていたとしても、将来の建て替えや医療機器等の更新に備える財源として確保しなければならないと強調した。
(3)では、「財政審が財政的観点のみから、個別の人員配置まであげつらうことは越権行為と言わざるを得ず、見過ごすことはできない」と改めて強く非難する一方、「医療・介護分野における人材紹介について、人材紹介会社を経由した雇用の都度、発生する手数料が医療機関にとって大きな負担となっている件についてだけは、珍しく財政審と考え方の方向性は一致している」と述べた。
診療所だけを深堀りし、財源を捻出することは容認できない
最後に松本会長は、診療所の利益率は、決算月が直近になるほど利益率が低くなっており、2025年度は更に悪化していることに改めて触れ、「診療所だけを深堀りして財源を捻出するようなことは到底容認できない」と主張した。
また、今回の財政審の議論は「診療所の適正化」と称することを行うための恣意的な資料となっており、医療機関経営の経常利益率は中央値2・5%、最頻値0・0~1・0%と、病院だけでなく診療所も非常に厳しい状況で、例えば、売上が1億円だと利益は250万円、1・5億円だと375万円と決して高くなく、更にその中で高額な医療機器等の設備投資等も行っていることを再度強調するとともに、診療所で使用する医療機器でも1000万円を超える機器は多くあり、耐用年数も決まっているため、買い替えや高額な修繕費等も必要になると説明。「このままでは閉院する医療機関が増え、地域医療の崩壊を招く」と警鐘を鳴らし、財源を純粋に上乗せする対応が必須だとして、次期改定までの2年間をしっかりと見た改定水準を求めた。
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| 定例記者会見の資料は日本医師会ホームページに掲載されていますのでご活用願います。 https://www.med.or.jp/nichiionline/press/ ![]() |




